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本編 第一部
41. 出発
しおりを挟む「それではディル様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい、お父様」
旅立ちの朝、〈楽園〉の統括ベイジルがわざわざ門まで見送りに来てくれた。
僕がハグをしてあいさつすると、ベイジルもしっかり返してくれる。
「はあ、心配です。タルボや神官兵がいますから大丈夫かと思いますが……。タルボ、くれぐれも頼みましたよ」
実父であるベイジルに念押しされ、タルボは大きく頷く。
「もちろんです、統括。命にかえてもお守りする所存でございます」
「そんなに重い返事をされると、僕が困るんですが……」
過保護なベイジルとタルボにより、身を守るための魔導具をどっさり渡されているので、よほどのことがない限り、むしろ相手のほうが破滅すると思う。
僕はぼそぼそと呟きながらハグを解くと、なぜかタルボも腕を広げる。つい、その動きにつられて、僕はタルボともハグをかわす。
「ん? あれ? なんで僕はタルボともあいさつをしてるんでしょうか」
はてと首を傾げながらタルボから離れると、ベイジルが眉間を指で押さえていた。
「そういうところが心配なのです、ディル様!」
血を吐くように言って、ベイジルはそわそわし始める。
「や、やっぱり私も一緒に……」
「「駄目です!」」
タルボと誰かの声が重なった。ベイジルより少し若く見える男が、じろりとベイジルを見る。
「何度言えば分かるんですか、統括。仕事は山積みですよ! 〈楽園〉勤めの優秀な神官に任せますように」
「私の補佐官はなんてひどいんだ」
どうやら、彼はベイジルの補佐官らしい。
「統括、お忍びといえど、警備は万全ですからお気遣いなく。主治医としてレフ先生もご同行いただきますし、毎日報告を出しますから、ご安心を」
「分かったよ、タルボ。ディル様、くれぐれも一人にならないようにお気をつけください。タルボか、レフ殿。婚約者候補のどちらかでも構いませんから」
「ええ、どなたかと行動するとお約束します」
僕は、一団の傍に待機しているシオンとネルヴィスを見た。彼らはそれぞれお辞儀をする。
「そんなに心配されて、お体を悪くしないか気になります。良かったら、それぞれの領地にお手紙をくださいね」
僕がベイジルに声をかけると、ベイジルは胸を押さえた。
「うっ。本当にお優しくなられて……ありがとうございます。そうさせていただきます」
僕は微笑むと、婚約者候補二人のほうへ歩み寄る。
「お二方、お待たせいたしました」
ネルヴィスは私兵の騎士を伴っているようだ。灰色の制服に、軽鎧をつけている。一方、シオンの供は二人だ。こちらも軽鎧姿だが、ラフな装いに見える。
「シオン、そちらのお二人は?」
「第五騎士団の部下です。休みをとって、護衛として付き添ってくれることになりました。統括の許可は得てあります」
シオンは部下を紹介してくれた。
「熊のような男がベアズ、小柄なほうがリードです」
黒髪黒目の大男と、茶色い髪と目の青年が、その場に片膝をついて頭を下げる。
「ご尊顔を拝し、光栄でございます」
それぞれあいさつする様は武人ながら品があり、とても平民には見えない。
「貴族ですよね? 家名をお伺いしても」
「どうぞお構いなく。団長の補佐としてまいった次第で、あなた様に近づく下心はありませぬゆえ」
「右に同じく」
二人は個人で来たのだと主張し、明言を避けた。
(問題児が多い騎士団と聞いたけど、どう見ても立派な騎士ですよね)
シオンはうやうやしく頭を下げる。
「どうか二人の希望をお聞き入れください、ディル様」
「分かりました」
僕は頷き、この二人にだけ声をかけると不公平感が出るだろうと思い、周りを見回す。
「皆さん、旅の間、よろしくお願いします」
最初から溝を作ると、ぎすぎすした旅になるだろう。上に立つ者は、適度な距離をわきまえなければならない。ただ声をかけただけで、特別扱いされたと勘違いされることもある。その小さな不満が、やがて大きくふくれあがり、とんでもない事態を引き起こすことだってあった。
社交モードで微笑みかけ、僕は自分の馬車に向かう。白塗りの馬車は、銀細工で飾られている。どの辺がお忍びなのか不思議に思うほど、豪華な馬車だった。
御者が頭を垂れて扉を開け、タルボが僕に手を差し出す。それを支えに馬車に乗り込むと、タルボが続く。
神官兵が号令し、準備が済んだことを告げる。馬車がゆっくりと動き始めたので、僕は窓からベイジルのほうを見た。ベイジルが手を振ってくれたので、僕も振り返す。
そして、ふかふかの椅子に背を預けた。
「タルボ、アカシアは今、どこに?」
「えっ」
僕の問いに、タルボはあからさまに動揺した。
「あの子のディルレクシアの慕いぶりなら、僕を見送りに来るはずでしょう? お父様の心配ぶりは少し過剰では? 神官兵が信用ならないと公言するようなものです。そんな愚はおかさないでしょう。では、他に不安要素があるのでは?」
タルボははあとため息をつく。
「ディル様、ぼんやりなさっているわりに、ときどき鋭いですね」
茶化すようなことを言うタルボを、僕はじーっと見つめる。
「誤魔化されてはくれないようですね。旅の始めから不安がらせたくなくて、黙っていましたこと、ご容赦ください」
タルボは深々と頭を下げた。
「アカシア様は王宮に出向いておいでです」
「……なるほど。僕の結婚を嫌がっていたんですから、あの王子と手を組んで、何かしかけてくるかもしれないんですね」
僕はすっと眉を寄せる。
「僕はシオンを助けたいのに、シオンを追い込む理由になるかもしれない」
「フェルナンド卿とは思わないのですか?」
「貴族が王の配下でも、一枚岩ではありません。忠実な配下でも、フェルナンド家は富豪です。敵に回すには、王家には都合が悪い。――それに、王家はレイブン家を嫌っています。オメガのお願いを免罪符にして、機に乗じるでしょう」
レイブン領の気難しい人々を統治するのは、王家にとっては難しい。だが、〈楽園〉の後ろ盾を得られるなら、話は別だ。財力の助けを借りて、兵力でもって押さえつけようとするだろう。
「シオンは良い部下をお持ちのようですね。この事態を想定しているでしょうに、同行するとは。無事に旅を終えた暁には、あの方々に――いえ、皆に報酬を惜しまないでください」
「心得ましてございます」
レイブン領を出るまで、気を抜かないようにしなければ。
「危険だから帰りたいとは思わないのですか?」
「アカシアは僕を〈楽園〉にとどめたいのに、僕に危害を加えてどうするんですか。とはいえ、楽観視はしていませんけど。ここで逃げ帰ったら、彼らに負けを宣言することになります。誰がそんな真似をするものですか」
それならばいっそ堂々と帰ってきて、彼らの面目を丸つぶれにするべきだ。
「僕は距離をとりたいだけで、憎みたいわけではないのに。アカシアは子どもですね」
「温室育ちの十五歳ですからね……」
「傍仕えはどうしているんですか」
「おいさめすると、癇癪をおこされて、落雷と大雨が降るのですよ。困り果てております」
「困ったものですね」
天変地異までは、さすがにどうしようもない。
「僕も怒ったら、雷が落ちるんですか?」
「ええ。わざと怒らないでくださいよ」
「あんまり怒ったことはないので、大丈夫ですよ」
「いえ、ストレスをためられると困るので、たまには怒っていいですよ」
「どっちですか」
タルボも、僕には過保護だと思う。
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【感想のお返事について】
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大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
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