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本編 第二部(シオン・エンド編)
番外編 冬の日のぬくもり 2
しおりを挟むマリアンのアドバイスは、僕にはとても合っていた。
自分の部屋に一人でいて、シオンへの心配のあまり暗い気持ちになると、好きな詩を口ずさんで気持ちを切り替える。
その後、シオンと何をしようかと想像しては、口元をゆるめた。
ついつい、夫婦としての触れあいを思い浮かべてしまい赤面し、ぱたぱたと手を振って邪念を追い散らす。
「そうだ。シオンに着てもらう服でも考えようかな」
シオンはとても格好いいのに、いつも似たような黒衣ばかりだ。その姿も似合っているが、他の服も見てみたい。きっと魅力的だ。
あまりわがままを言うのは気が引けるが、手持ちの服をアレンジして、着てと頼むくらいなら、彼も怒りはしないだろう。
そういうわけで、さっそく内扉を開けて、シオンの部屋に入る。
シオンからは、城のどこでも自由に出入りしていいと言われている。特に、シオンの私室はいつでも歓迎だそうだ。そうは言っても、親しき仲には礼儀ありなので、いつもは遠慮しているのだが、彼の服飾品をチェックしなければいけないから今回は許してもらうことにした。
「どんな服があるのかなあ」
わくわくしながら、僕は彼のクローゼットを開けた。
「え……!」
なんということだろうか。僕が贈った服以外、黒一色である。下着や内着以外、どれもこれも黒い。
「黒がレイブン家の伝統色だからって、こんなに黒ばっかりなんて」
どうやらお下がりなのか、質の良い服だから目立たないだけで、古びたものが多かった。レイブン領の経済状況は改善しつつあるところで、彼らはまだ清貧に甘んじなければいけないのだろう。
(シオンのことだから、僕に援助なんて言い出せないだろうし……。折を見て、城内の者も含めて、何かしらプレゼントしようかな)
〈楽園〉からは、嫁いだ後も、それぞれのオメガへの予算が割り振られている。一度、タルボに見せてもらった金額は、高位貴族の領主レベルだった。宮殿や豪華な庭を造るみたいな無茶さえしなければ、社交に出るわけでもない立場には、使いきれない金額だ。
「ああ、でも、大事にしてるのが伝わってくる」
服を見れば、丁寧に補修された跡が見てとれた。ハンガーからマントを外し、やわらかな布地を撫でる。ふわりとシオンのにおいがした。
「シオン、まだ帰ってこないのかな……」
今回の旅は、一週間以上かかっているようで、まだ帰ってこない。恐らく、途中で吹雪に見舞われたせいだろうとマリアンが言っていた。そろそろ帰ってくるだろうが、できれば毎日会いたい僕としては、寂しさがこみ上げてくる。
気持ちが沈み、コーディネイトする気分ではなくなった。
僕はマントを抱え、自室に戻る。
「ちょっと昼寝でもしよう」
マントをシオンの代わりにして、僕はベッドに入った。
顔に影がさしたことで、僕は目が覚めた。
「う……ん?」
「ディル、起きました? 眠っていてもかわいらしいですね」
てっきり、魔導具の魔力が足りなくなり、照明が落ちたのかと思ったのに、シオンが僕を覗きこんでいて、光がさえぎられただけだった。
「シオン! お帰りなさい!」
待ちわびていたシオンがいたので、僕は起き上がって、彼の首に抱きついた。石鹸の香りがふわりとかすめる。指先に触れる銀髪はしっとりと濡れていた。
「帰宅したのなら、お迎えしたかったのに。お風呂まで済ませたんですか?」
「さすがに一週間も野宿生活だと、においがひどいものですから」
シオンは苦笑し、僕の頬に口づける。
「お気遣いはうれしいですが、無理しないでください。もしかして、体調が悪いのですか?」
「昼寝していただけですよ」
昼間からだらけていたばつの悪さで、僕は目をそらす。
「シオン達が大変なのに、のほほんとしていて申し訳ないです」
「また悪いくせが出てますよ、ディル」
叱るような口調のわりに、シオンは僕の頬に再びキスを落とした。甘やかす仕草に、僕の胸はときめく。
「この国では、伴侶に気楽で豊かな暮らしをさせるのが、男の甲斐性というものです。そもそも私達が努力して国を守るのは、領のためであり、そこで暮らす領民のためです。つまり、家族のためなんですよ。あなたが幸せそうにしていれば、私も幸せなんです」
「ありがとう。でもやっぱり、僕の幸せにはシオンがいないと……」
僕はシオンにすり寄ろうとして、はっと我に返る。
「帰ったばかりなら、お腹が空いているのでは? 一緒に食事しましょう」
「大丈夫ですよ、昼食はとっていますから。後で、夕食をご一緒したいです。それより」
シオンの目は、僕の傍らに落ちているマントに向いている。僕はあたふたし始めた。
「それ、私のマントでは?」
「あっ、しわになったかもしれません。ごめんなさい」
「それは構いません。どうしてマントと眠っておいでなんでしょうか……」
シオンのことだから推測できるだろうに、ちょっと意地悪だ。シオンはじーっと僕を見つめる。これは答えなくては、いつまでも追及されそうだ。
僕はおずおずと言い訳をする。
「だって……シオンがいなくて寂しくて。マントからあなたのにおいがしたものだから」
真っ赤になって、マントを抱きしめる。子どもみたいなことを言って、恥ずかしい。
「はあ、まさか自分のマントに嫉妬する日が来るとは」
シオンは眉を寄せ、僕の手からマントを取り上げると、ポイッと床に放り投げる。
「あっ」
「ディル、本物がここにいますよ。マントなんかより良いでしょう?」
むすっとしているシオンのほうが子どもっぽくて、僕は笑いをこぼす。
「あはは、そうですね」
シオンに抱き着いて、胸元にぎゅっとしがみつく。シオンも僕を腕の中に囲いこみ、ほうっと息を吐く。
「一週間も会えないのはつらいです。あなたが寒さで体を壊していないか、毎日心配していました」
シオンが気持ちをこぼしたので、僕はドキッとした。
「僕もシオンを心配していました。シオンもつらいんですね」
「当たり前でしょう! ただでさえ新婚なのに。許されるなら、私は一日だって離れたくありませんよ。しかし、この仕事は……」
暗い顔をするシオンに、今度は僕から口づけた。
「言わないでください。仕事と自分とどちらが大切かなんて、聞いたりしませんから」
「訊いてくださっても構いません。駄々をこねて、私を困らせてもいいんですよ。あなたは聞き分けが良すぎるので、ちょっと寂しいです」
「面白味がない?」
「いいえ、まさか! 寂しいだけです。妻のわがままを叶えたいと思って、おかしいですか。何かないんですか、私にして欲しいことは」
僕は笑みを浮かべて、ここぞとばかりに望みを口にする。
「僕がコーディネイトした服を着てほしいです!」
「……。いいですよ、いくらでも着せ替え人形になります」
気のせいか、シオンは一瞬たじろいだように見えたが、すぐに了承した。
「他には?」
「怪我をしないで、無事に帰ってきてくれたら、それでいいです」
「ええ、そうします。ここは……あなたの傍が、私の家ですから」
家。帰る場所。
マリアンの言葉が、僕の頭に浮かぶ。それが騎士達の命綱なのだ、と。
僕は目をうるませた。
「ありがとうございます、シオン。いつでも帰ってきてください」
これまで、家や家族との思い出はいつだって冷たいものだった。
でも、今は不思議と、その言葉に温かさを感じられる。
ここが、僕の家だ。
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