千里眼の魔法使い

夜乃すてら

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千里眼の魔法使い3 --死の風と喪失の小鳥--

3-7 最高の褒め言葉

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 それから十日程、平和に過ぎていった。
 あれから変わったことは二つある。
 一つは、中庭での青空教室の時には、弟子の師匠が誰かしら一人だけ、傍につくようになったことだ。
 会議で、外での授業はやめた方がいいのではという意見が当然のように出た。
 だが、弟子である子ども達に光を浴びさせたいという、親心のようなものが師匠達にあり、それならイスルの教え方を学びつつ、誰か一人だけ出して授業を見守ろうという方針になったのである。
 性格は様々であるが、魂の絆で結ばれた弟子に、師匠はおのずと慈愛を抱く。親がいない子どもならば、引き取って養子にする者もいるくらいだ。
 弟子にとってより良い環境をと望むのは、魔法使いなら当然だった。
 そして二つは、ラナが魔力制御に力を入れ始めたことだ。
 イスルはラナと向かい合って座り、ラナの両手を取って頷く。

「そうそう、良い調子だよ。魔力の波を、穏やかにする感じ」
「うーん、難しい……。あっ」

 ラナが眉を寄せて、つい肩に力が入った瞬間、ラナの魔力の奔流が手を通して弾きだされた。

「つっ」

 手の端が切れて、イスルが眉を寄せた。切り傷から薄らと血がにじむ。

「ごめんなさい、師匠っ」

 ラナが緑の目を潤ませて謝る。

「大丈夫?」

 今日も護衛についているサリタスが、心配そうに問う。イスルは頷いた。

「これくらいは大丈夫ですよ、すぐに魔法で癒しますので」
「そう?」

 心配そうにはするけれど、サリタスは無暗に騒がないでいてくれる。イスルはこの瞬間、毎回少し緊張する。
 ラナの成長のためには、イスルが少々体を張るのは必要なことだ。だが、失敗を悪いことだと決めつけて、イスルが怪我をするたびに怒ると、ラナが傷つくし萎縮してしまう。それではますます成長から遠のくのだ。
 だが意外にも、サリタスは見守る姿勢を貫いてくれていた。
 感謝を込めて、イスルはサリタスに会釈をすると、ラナと再び向き直る。

「ラナは魔力の量が多いから、穏やかにするのも難しいんだね。うーん、じゃあ、細かくして外に出すっていうのはどうかな?」
「よく分からない」

 イスルは、治療術で手の端の傷を治しながら、ええと、と例を思い浮かべる。

「石が当たると痛いけど、砂だとそうでもないだろ?」
「ああ、うん。そっか!」

 イスルの問いに、ラナはすぐに意味を掴んだようだった。
 とはいえ、まさかものの一時間で、魔力制御を身に着けるとは思わなかったが。

「ラナは天才だね」
「師匠の教え方が上手なんだよ」

 ラナの純粋な褒め言葉に、イスルは照れ笑いを浮かべる。イスルは初めて出会った時から、将来、ラナは大物になるだろうと思っているが、少し心配な面もある。

「平凡な僕が師匠でいいのかな……。千里眼しか教えられないかも」

 ラナとよく似た素質を持つ、エイダの協力を得た方が無難だろう。むしろ彼の方がラナの師匠に適任ではないだろうかというのが、イスルの目下の悩みである。

「何でそんなこと言うの? 私が悪いことした? 怪我させるから、嫌になった?」

 ラナはイスルの独り言がショックだったらしく、青ざめた顔で恐々と問う。

「そんなことないよ。ただ、優秀な先生の方が、君の為になるんじゃないかと思って……僕はあまり魔法について教えきれないと思うんだ、ラナ。勉強と薬草なら教えられるんだけど」
「師匠が苦手なことは、得意な人に訊きに行くから……。私は師匠の弟子がいい」
「分かった。じきに物足りなくなるだろうから、もっと勉強したくなったら、僕にちゃんと言うんだよ。先生を見つけてきてあげるからね」
「私、勉強は好きじゃないし、そんな日が来るか分からないけど……その時はそうする。ありがとう!」

 なんとも素直な返事に、イスルはつい笑ってしまう。
 自己申告通り、ラナは勉強が好きではない。面白さが分からないのもあるのだろうが、そもそものところ、集中力が長続きしないのだ。
 それもあって、魔力の扱い方がどうしても雑になってしまう。
 だがさじ加減は、子どものうちに覚えておいた方が楽だから、イスルはラナに丁寧に付き合っている。

「約束してくれてありがとう、ラナ」

 イスルが礼を言った時、第三小隊の執務室にニコラがやって来た。

「ラナちゃん、お風呂に行く時間よ」
「ニコラお姉ちゃん!」

 ラナはパッと席を立つ。
 治療術が得意なニコラは、その気質が性格にもあらわれているようで、温和で優しい人柄をしている。ラナはニコラに気を許し始めていたが、十日前の件で、イスルの治療をしたニコラにすっかり心を開いたようだ。今では姉みたいに慕っている。
 ニコラは天涯孤独の身の上で、白の団の宿舎に住んでいるから、ラナの世話を見てくれていた。

「ニコラさん、ラナをよろしくお願いします」
「ええ、いいのよ。可愛い妹が出来たみたいで嬉しいわ」

 ふんわりと微笑むニコラに、ラナはご機嫌で笑みを返す。
 彼女達が去ると、外はすっかり夕焼け色に染まっていた。執務室にはイスルとサリタスだけになったので、イスルはサリタスに親しみを込めて呼ぶ。

「サリタス、今日もありがとうございました」
「どういたしまして」

 サリタスも仕事の態度を緩めて、イスルに笑いかける。

「ラナのことを理解してくれて嬉しいです。まだ魔力が不安定なので、見ていてはらはらするかもしれませんが、何も言わずにいてくれて感謝しています」
「そうだね、イスルが怪我をすると、本当は結構、胃が痛くなるんだけどね……。口出し厳禁って書いてあったから」
「え?」

 なんの話だろうと、イスルは青い目をきょとんとさせる。

「魔法使いについての取説、アレット伯爵に借りて勉強中だよ。でも分からないことがあったら訊いてもいいかな?」

 サリタスの問いに、イスルは驚いた。
 まさか魔法使いについて勉強してくれているとは思わなかったのだ。
 感動で胸が熱くなり、勢い込んで頷く。

「もちろんです! あの、特に……嫌なことがあったりしたら、教えてください。僕もちゃんと説明しますから」
「うん。そうだね、一つだけ」
「えっ」

 サリタスの言葉に、イスルは緊張する。

(嫌なこと、してしまってたのか。何だろう? 何かしたっけ?)

 自分で言い出したものの、どぎまぎしてしまう。行動を振り返るが、思い浮かばない。危機意識が低いとたまに注意されるが、それのことだろうか。

「たまには二人きりの時間を過ごしたいんだけど、いいかな?」
「そ、そうですね。すみません、弟子のことにかかりきりになってて……」
「ソネス侯爵の件もあるから、良いんだけどさ。あの件もどうにか片が付いたし……、近い内に俺はラナの護衛を解かれると思う。そうなると毎日は会えなくなってしまうから」

 なるほどとイスルは頷いた。
 ソネス侯爵が、罰金と自宅謹慎一週間になったという話は聞いている。
 ラナの暴走をイスルが抑えたのもあり、大した被害が出ていないことと、相手が大物貴族だったせいで、この程度の軽い処置になったそうだ。ソネス侯爵の遠縁だったために、白の団に入れるようにと圧力をかけられた門番は解雇されたので、扱いの差が可哀想だが、身分社会ではこんなものである。

 表だって出てきたのはソネス侯爵だけだが、他にも、親族を殺された貴族や平民の富裕層がいて、情報の開示を求めているということだ。しかし白の団の守りが強化されたので、敷地に入り込んでまでラナと接触しようとする輩は、もう出ないだろうと、上は判断している。

「そうなったら、俺に用がある時は、門番に伝書を渡しておいて。任務で外に出てる時でなければ、すぐに返事するから」
「は、はい。僕の方も伝書を……」
「ううん、会いたくなったら直接来るよ。アレット伯爵に白の団への出入り許可を頂いたから」

 なんというそつのない対応だ。
 エイダの許可があれば、確かに白の団への出入りは容易い。
 ただ、サリタスは近衛騎士だから、王族の傍近い部署にいる。イスルがサリタスを訪ねるのは今の身分では難しいので、逆は無理だ。

「僕からも会いに行けたらいいんですけど……、僕は平民ですから、なかなか貴族のエリアには踏み込めませんね」
「案外、協力要請で呼ばれそうだけどね。イスルの千里眼はすごいから」
「その時は頑張りますね」

 イスルは気合を入れて首肯する。
 イスルの上司であるエイダと、サリタスの上司であるルドが友人同士なせいか、ルドはエイダに協力要請をすることが多い。そうなれば確かに会えるだろう。

「うん、それじゃあ、俺は報告に戻るよ。この後、何も無いなら食事に行かない?」
「ええ、大丈夫ですよ。今日は帰宅しますので」

 ラナの様子が落ち着いたので、三日前から、イスルは自宅通勤に戻っていた。ラナはニコラと同じく、成人して本人の希望が出ない限りは宿舎に住むことになっている。
 城下町に下りるよりずっと安全だから、保護された魔法使いは、宿舎に住んでいる者も多い。代わりに宮廷魔法使いとして三年の勤務をして、保護期間の経費を労役で返す決まりだ。それさえ済めば、どこに出て行っても問題無い。

「それなら六時に門で会おう」
「はい……んっ」

 急にサリタスに軽く口付けられて、身構えていなかったイスルは目を丸くした。
 悪戯が成功したみたいに、藍の目を輝かせてにこりと笑い、サリタスは手をひらつかせ、執務室を出て行った。

「ま、また後で……」

 閉まった扉に、イスルは赤い顔で声をかけた。


     *****


 サリタスは機嫌良く近衛騎士団の第二小隊の待機室に戻った。

「ふふ、デートの約束かな?」

 さくさくと報告書を仕上げていくサリタスの横から、レダが笑みを含んだ声で問う。

「ああ。食事に行く約束を取り付けたんだ。ソネス侯爵の件で、白の団はぴりぴりしてたから、イスルもなかなか時間があかなくてさ」
「いいなあ、私も食事に行きたいものだよ。ねえ、シディ」

 レダはちらりとシディを見たが、当のシディは辞書を引くのに夢中になって、上の空の返事をする。

「おう、行ってくればいいじゃん。今日の夜勤は俺だから、レダには用は無いだろ」
「……今度、二人で飲みに行かない?」
「行かない」

 ぼんやりしていても、シディの返事はきっぱりしていた。レダは顔に似合わない舌打ちをしている。
 こんな風に、あからさまに誘いをかけているレダを見るのは初めてで、サリタスには新鮮だ。この男、誘いは多くあっても、自分から誘うことはほとんどない。せいぜい仲間内の飲み会を企画する程度だ。
 レダは気を取り直し、サリタスに話しかけてくる。

「侯爵の件、片が付いて良かったよね。あんな小さなお嬢さんに詰め寄るなんて、可哀想な話だよ。――あれ、その本って何?」

 ぼやいたところで、レダはサリタスの執務机に目をとめた。サリタスは本を手に取る。

「ああ、アレット伯爵にお借りしたんだ。魔法使いの取説だよ」
「こんなのあるんだ?」
「ちゃんと理解しておきたいからさ」
「本気なんだねえ」

 感心した様子で、レダは頷く。
 すると、ロウェンが寄ってきた。

「なんていう本なんだ?」
「うわ、ロウェン、いたの?」

 サリタスは驚いて、本を取り落した。ロウェンは眉をひそめる。

「ひどいな。さっき戻ってきただろ」
「君は影が薄いからね」
「……本当にひどい」

 ロウェンは悲しげに眉を下げた。
 彼は図体が大きいくせに、おとなしいので、無言で傍に寄ってこられても気付かない時がある。一度、視界に入れば、どっしりした存在感はあるのだが……足音も静かなので困る。

「タイトルと著者をメモさせてくれ」
「構わないけど、魔法使いに興味があるの?」
「実は、一目惚れした人がいて、お近づきになりたいんだ」

 ロウェンは気まずげにしながらも、サリタスから本を受け取り、胸ポケットから取り出した手帳にさらさらと書き写す。
 レダが興味を込めて問う。

「へえ、どの人? 情報あげようか?」
「ニコラっていう治療系の魔法使いだけど……、レダの情報は高いからやめとく」

 思わぬところでニコラの名前が出て、サリタスは驚いた。

「ニコラさんのことを知ってるのか。ラナの世話をしてくれてる女性だよ、それにソネス侯爵の件で、怪我したイスルを治療してくれたんだ」
「そうなのか。前に手伝いで出向いた事件で、治療係で協力してくれたんだ。彼女と話せるなんていいなあ」

 ロウェンは心からうらやましそうに言う。
 白の団の敷地には許可がなければ入れないので、宮廷魔法使いに惚れたとして、相手が平民だとしても、高嶺の花になる場合が多い。これが貴族だったらまず会えない。
 ニコラは平民らしいから身分差はあるが、ロウェンは子爵家の四男で、家を継ぐわけでもないから、結婚は自由な身だ。

「なあ、恋人がいるかどうかだけでも探っておいてくれないか? 告白したいけど、迷惑になると困るから……」

 ロウェンのささやかな頼みに、サリタスは頷く。

「分かった、調べておくよ」
「ありがとう。今度、酒をおごるよ」
「いらないよ。俺が自宅療養してた時に迷惑かけたから」
「それはそれ、これはこれだよ」

 ロウェンはサリタスの肩を叩き、自分の机に戻っていった。

「サリタス、あの小鳥さんのことを本気みたいだけど、君は男爵位を継いでるから、子どもを作らないとまずいんじゃないの? 前に親戚ともめてたでしょう、あの人達がうるさいんじゃないかな。大丈夫?」

 レダの問いに、サリタスは苦笑する。

「本当に君のゴシップ収集力は怖いな……。あの親戚は父の弟一家だよ。妹一家もいるし、そちらの方が優秀だからね。なんならそこから養子でもとるから、女性と結婚しなくても構わないだろ」
「お前、そこまで考え済みなのかよ。こわっ、本気で外堀を埋めにかかってやがる」

 シディががばっと辞書から顔を上げ、青い顔でぶるぶると震えて言った。

「この国で同性婚が可能なら良かったんだけどね。イスルの居心地が悪いと困るなあ」
「その前に、ちゃんと口説き落とすのが先でしょう。まあ、頑張ってね。応援してるよ」

 レダは雑談をして気が済んだのか、にこにこと笑って言うと、自分の席に戻った。もう書類は作り終えていたらしく、束を小隊長ルドの机、提出用の箱に入れる。ルドは用事で不在だ。

「勤務時間が終わったから、私は先に失礼するよ。シディ、今度、飲みに行こうね」
「だから行かねえって言ってんだろ。しつこいぞ、レダ!」

 シディの苦情を、レダは華やかに笑って受け流し、するりと待機室を出て行った。

「ねえ、どうやってレダを射止めたんだ? シディ」
「俺も気になる」

 サリタスの問いに、ロウェンも乗っかる。シディは青筋を立てて怒る。

「知るかよ! なんか知らねえけど、気に入られたんだって。俺は女が好きだから、いくら仲間でも無理!」
「まあ……頑張って逃げてよ、シディ。たぶん無理だと思うけど。相手がレダだもんなあ」
「確かに。逃げ切ったと見せかけて、罠にはめているのがレダだよ。後から悠然とやって来て、気が済んだ? とか言うのが彼だ。策士だよな」

 ロウェンの言葉は的を射すぎていて、サリタスもシディと一緒に震えあがった。

「うわ、こわっ」
「ヤバすぎるだろ……。だが俺は逃げ切ってみせる!」

 サリタスとロウェンは顔を見合わせる。

「半年かな?」
「可哀想だから、一年にしておこう」
「お前ら本当に仲間か!? ひどすぎる!」

 シディがだんだんと拳で机を叩いて怒鳴った。



 仕事を済ませると、サリタスは馬を引き、急いで城門の方へ向かった。
 約束の六時まであと少しだ。
 暗い時間に、イスルを外で待たせたくない。
 速足で向かうと、前方で聞き覚えのある声が怒鳴っているのが聞こえてきた。

「おい、待て。その者を離さぬか!」
「いいえ、駄目です。アレット伯爵の命でも従えません。この男を王都の外に出すようにとの命を受けておりますので」
「何もこんな夜に連れていかずともいいだろう!」

 エイダが近衛騎士に槍を突きつけられるのを見て、騎士に連行されていた男が慌てたように言う。

「アレット様、やめて下さい、怪我をしてしまいます! 僕ならどこに行っても大丈夫ですから!」
「そんな訳があるか! この辺りは、エトウィンカ村のように平和ではないのだぞ!」

 サリタスは呆然と、その男を見つめた。どこからどう見ても、イスル・ブランカその人だった。

「イスル? これはいったいどういうことですか?」

 サリタスが駆け寄ると、近衛騎士団の第五小隊の面々は顔を見合わせる。

「第二小隊の……。実はこの者、死の風の生き残りだったようで。王の傍近くに置くなど不届き千万として、都からの追放令が下りました」
「は……? つ……いほうれい?」

 意味は分かる。分かるが、理解出来ない。

「イスル? ええと、追放って……嘘だよな?」
「サリタス……」

 イスルは青い目を歪め、ゆるゆるとうなだれた。

「……すみません」

 そして、申し訳なさそうに肩をすくめ、頭を下げる。
 近衛騎士達は、囚人護送用の馬車に、イスルを連れていく。

「アレット様、申し訳ありません! ラナと、子ども達をよろしくお願いします。ごめんなさい!」
「大丈夫だ、イスル。すぐに配下を追わせる。私の領で保護してやるから、妙な考えをするのではないぞ! よいな! とにかく安全な場所を探して、朝を待て!」

 エイダが焦った様子で指示を叫ぶが、イスルに聞こえているかは怪しい。
 護送馬車はすぐに城を出て行った。
 サリタスは追いかけようとして、第五小隊の面々に止められる。

「イスル! イスル、どうして……。何故、あんな罪人みたいに引っ立てるんだ? 追放? 訳が分からない」
「死の風の生き残りだからですよ、簡単でしょう」

 第五小隊の男が、馬鹿にするように言った。

「だが、陛下は差別を禁止しているだろう」
「そんなもの、ただの建前です。不安の芽は摘むのが当然。王家の皆様に何かあれば、この国は滅んでしまいます」
「しかし!」
わきまえなさい。あなたは近衛、王族を守る騎士です。不穏分子を払うのは当然のこと」

 言っていることは分かるのに、やはり理解出来ない。いや、頭が納得することを拒否している。
 呆然としているサリタスを、彼らは同情を込めて見た。

「可哀想に、あなたは何も知らなかったんですね」

 憐みの言葉に苛立つが、どうしていいか分からない。
 そんなサリタスの前で、第五小隊の彼らはエイダに敵意を向ける。

「アレット伯爵、あなたには陛下への重大な反意はんいがあるとみなして、拘束致します。弁解は陛下の御前でなさいませ」
「……良かろう。私も言いたいことがある、大人しくはしておらぬからな」

 エイダは頷いて、堂々と第五小隊とともに歩み去る。
 彼らを見送ったサリタスは、一人だけ城門の傍に残される形になった。
 だが、まだ衝撃で頭が混乱している。

「死の、風……。生き残り……。そうか、だから」

 気になっていたことが、次々に繋がっていく。
 イスルが村に戻れず、事情を話すと保護者であるエイダに迷惑をかけるようなこと。第三区画の広場で、死の風の生き残りと会った後、態度がおかしくなったこと。事情を話そうとしては、辛そうにしていたこと。
 全てがパズルのピースが埋まるように、合わさっていく。
 その時、ふわりとイスルの言葉が浮かび上がった。

 ――冬の夕暮れ時に、温かい家に入った時みたいな……そんな感じがします。

 何故、サリタスのことが好きなのかと訊いた時、イスルが言っていたことだ。
 彼の言う本当の意味を理解した瞬間、サリタスの目から涙が伝い落ちた。

「なんだそれ……最高の褒め言葉だったんじゃないか……」

 村を、家を、そして家族を亡くしたのだろうイスルが、サリタスの傍にいると居心地が良いのだと言う。
 温かい家のようだという言葉は、彼にとっては大きなことだったはずだ。

「イスル……」

 サリタスの胸の奥にあった火が、急激に燃え始めた。
 静かに灯っていた恋心に、完全に火が点いた瞬間である。

 ――彼だ。彼しかいない。

 恐らく今後、イスルと生涯を共にするだろうという確信が浮かんだ。
 それ以外、もう考えられない。
 サリタスは袖で涙を拭うと、ゆるりと顔を上げる。
 そして、これからすべきことをめまぐるしく考えながら、馬を引いて城に戻った。
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