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本編
五章4 ※軽いR18表現あり
しおりを挟む※軽いR18表現あります。
未遂ですが、モブによるレイプ表現があるので、閲覧にはご注意ください。
結論から言えば、誕生日プレゼントは大成功だった。
「すごーい! 可愛い! 綺麗!」
パールは喜んで、家族に紙人形を見せてはしゃぐ。家族の人形も作っていたおかげで、シスカやバドにも大好評だった。
「これが僕で、こっちがバドだね。ふふ。パールに、ダイア、ジュエルもいるよ」
「ケースを家の形にするっていうのは、よく考えたもんだな、ダイア、ジュエル」
バドはダイアやジュエルが何か作っているのを知っていたのだろう。二人を褒めた。
「いや、アイデアはモリオンだよ」
「でも鋼木の端材で、こんな可愛いケースを作ったのは二人だよ。小さい家具まで作るなんて思わなかったな」
剛樹がジュエルにそう返すと、ジュエルとダイアは照れくさそうに目を細めた。
「家とペットを作ったのは俺で、ミニチュア家具はダイアだよ。ダイアは俺よりも手先が器用なんだ」
「へえ、そうなんだ。二人で人形の家とミニチュア家具セットを作って、町で売ってみたら? こういうのって、子どもだけじゃなくて、大人でも好きな人はいるからうけるかもよ」
剛樹の提案に、バドが豪快に笑って二人の肩を叩く。
「それはいい。家具作りの勉強にもなるし、やってみたらどうだ。収穫祭の市で、試しに少しだけ売ってみろ。売れた分はお前達の小遣いだ」
「やる!」
「がんばろう、エル兄!」
ジュエルとダイアは目を輝かせ、前のめりで頷いた。
「もうっ。今日は私の誕生日なんだよ。私を一番にしてくれなきゃ、やだ!」
新しい赤いワンピースを着て、花飾りをつけたパールがわがままを言い、家族はそろって頬をゆるめる。
パールをお姫様扱いしてちやほやしまくると、パールはにっこりした。自分で言い出すあたりが可愛い。剛樹もきゅんとして、これはシスカ達がパールに甘いはずだと納得した。
誕生日会で盛り上がりすぎて、塔に戻ってきた時には、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。
「今日はお邪魔させてくれてありがとう、エル」
「いや、こっちの台詞だよ。パール、めちゃくちゃ喜んでた。ありがとな。あいつ、途中で疲れて眠っちまったのに、紙人形は離さないんだもんな。それにしてもモリオンがあんな可愛い絵を描くなんて、意外だなあ」
「うん。俺、ああいう絵が得意なんだ」
子ども向けのテイストにしたが、コミックアートで描いた女の子の絵を描いたのだ。なじみがない画風のようだったが、パールは可愛いと喜んでくれた。あんなふうに絵を喜んでくれるとうれしい。
「それじゃあ、俺は帰るよ。しばらく王子様のお供で王宮に行くんだって? 気を付けてな」
「うん、ありがとう。バイバイ」
剛樹はジュエルに手を振って、ジュエルが薄闇の向こうに駆け去るのを見送る。
さて、呼び鈴を鳴らそうかと紐に手を伸ばすと、道の向こうから声がした。
「モリオン!」
「え?」
一瞬、ジュエルが戻ってきたのかと錯覚したが、声が違う。薄闇に目をこらすと、銀狼族の青年がこちらに駆け寄ってきた。黒みがかった銀毛で、ジュエルより少し背が高い。
「なあ、俺、お前に相談があってさ」
「君は……確かロスだっけ?」
前にジュエルと喧嘩していた少年だ。すぐに思い出した。
「相談って、何かあったの?」
彼はザザナ村の住人だし、わざわざこのタイミングで話しかけてきたのだから、深刻な内容かもしれない。剛樹は少し迷ったが、慎重に問い返す。
「ああ。実は俺、人族と一回やってみたくてさ」
「何を?」
どんな内容なのか検討もつかないのだが、ロスがにやにやしているので、なんとなく嫌な感じがした。
「困っているなら、ユーフェさんと一緒に聞くよ」
改めて紐に手を伸ばすと、その前に体が宙に浮いた。
「え!?」
ロスの肩に担がれていると気付いて、剛樹は目を丸くする。
「やるって言ったら、一つしかないだろ。セックスだよ。村の奴とは何人か試したけど、未婚の人族は町に行かないといないからさ。お前に話しかけたくても、ジュエルが傍でガードしてるだろ。しばらく観察してたら、ここが一番警戒が薄いって気付いたんだよな」
「え? 観察?」
まさかストーカーしていたのか?
だが、それが自分のこととなると、どうも結びつかない。剛樹みたいな男を、銀狼族の男が付け狙う意味が分からないのだ。
「ちょ、ちょっと! 俺は男だよ! 君も男でしょ!」
「だから? 俺はどっちもいけるけど、男のほうが好きなんだよな」
「えっ」
そうだった。この世界では人間は花から生まれるので、恋愛にも結婚にも性別は障害にならないのだった。ユーフェに気を付けるように注意されていたのに、元の世界の常識のせいで、すっかり忘れていた。
ここに来て剛樹は焦り始め、足をばたつかせて暴れる。
「やめろ! 離せ!」
「大人しくしろっ」
足を振り回した拍子に、サンダルが片方どこかに飛んでいった。ユーフェに買ってもらったサンダルで、やわらかくなめしてあって履き心地が良いものだ。思わずそちらを気にした拍子に、ひざ裏を押さえられて動けなくなる。
ロスはそのまま鋼木の林に入っていき、急に剛樹を地面に下ろした。
「うっ、い、いたっ」
背中から地面に落ちて、一瞬、息が詰まる。咳き込んでいる間に、ロスは上からのしかかってきた。
「これだけで動けなくなるなんて、人族って本当にひ弱だよな。でも、あそこの具合は良いって噂だ」
「あ、あそこって……」
嫌な予感で、目の前がくらくらする。
「やめろ! 離せってば!」
剛樹がロスを押しのけようと腕を突っ張るが、ロスは剛樹の手を難なくつかみ、左手だけで剛樹の両手首を押さえつけた。剛樹はぞっとした。同じ十八と聞いていたが、ロスの力は大人のそれだ。
ロスは右手だけで剛樹の腰帯を解くと、それで剛樹の手首を縛ってしまう。
(ちょ、ちょっとこれは手慣れすぎじゃ……っ)
手際の良さに、焦りで冷や汗が出てきた。
「君が寝た人は、ちゃんと合意だったの……?」
それどころではないのに、妙に気になってしまい、剛樹は質問していた。ロスはにやりと笑う。
「同意の奴もいたが、うるさい奴には『村から追い出すぞ』と脅したよ。俺、村長の息子だぜ? 次の村長だ」
クズだ。とんでもないクズだった。
あの良い子なジュエルが、ロスのことになると、毛を逆立てて嫌うはずだ。
「ま、まさかジュエルのことも……?」
「あいつが俺に大人しくやられる玉かよ。誘ったらぶん殴られたし、ダイアに声をかけたら、どこからか現れて蹴ってきやがる。面倒くせえから、あいつらはどうでもいいや」
その答えに、剛樹はほっとした。そしてジュエルの良い兄貴ぶりに感動した。ロスとの喧嘩があのように荒れるはずである。
「おいおい、お前、他人を気にしてる場合かよ」
呆れたように呟き、ロスは剛樹のズボンを引き抜いた。
「ひっ」
冷たい空気が足に触れて、剛樹は身を固くする。
ロスの手が太ももをなで、ぞわっと総毛立った。嫌悪感で吐き気がする。
「や、やめて。やめて!」
制止するのが精いっぱい。なんとか後ろにずり下がろうとしたが、足を掴まれて引き戻された。
「綺麗なもんだな。へえ、人族ってのは柔らかいんだな。銀狼族の足は、筋肉質で硬いからなあ」
薄闇の中で、ロスの水色の目がらんらんと光っているように見える。剛樹の身は震えている。レイプされかかっていることも怖いが、噛みつかれたら死ぬだろう、それも恐怖だった。
そこで、急にうつぶせにひっくり返された。
「あっ」
「いきなり突っ込んだりはしねえって。解してやるから、安心しろ」
「嫌だ! やめてって、ひっ」
ロスが剛樹の履いていたトランクスに似たパンツに手をかけて、膝まで引き下ろした。
(ほ、本気だ。本気でするつもりなんだ……!)
逃げようともがきながらも、頭の隅では、男相手だと理解して、やる気が失せないかと願っていた。そんな様子はまったくない。
後ろの穴に、ロスの指が触れる。
「話には聞いてたけど、人族のは小さすぎるな。指だと切れちまうか」
何かぶつぶつと言ったかと思うと、ぬめっとしたものが後ろに触れる。
「ひぃっ」
いったいなんだと、後ろに身をひねる。そして見えたものに、目の前がくらっときた。ロスの顔が尻の傍にある。つまり、なめているのだ!
「やめて、やめてっ」
縛られた手首を支えに、前へ逃げようとしても、足を押さえられていて動けない。涙でぐちゃぐちゃの顔で、剛樹は必死に叫ぶ。
「嫌だ! 誰か! ユーフェさん!」
「王族が、たかが使用人のために動くかよ」
ロスがせせら笑った時、剛樹の上から重みが消えた。
「ぐえっ」
遅れて、ロスのうめき声が聞こえる。
「貴様、モリオンに何をしている」
グルルルと低い獣のうなり声をこぼしながら、ユーフェが冷たい目をしてロスをにらんでいた。
*****
少し前のことである。
辺りが暗くなっても剛樹が戻らないので、ユーフェは門に様子見に来た。
「そろそろ帰る頃なのだがなあ」
誕生日パーティーだから遅くなるかもしれないとは聞いていたが、それにしては遅い。夕食は帰ってきてから食べると言っていたから、もう帰宅している頃だ。予定が変わったのだろうか。
「ん?」
門の前に出ると、剛樹のにおいがした。ついさっきまで、ここにいたような、そんな残り香だ。
「もしや忘れ物でもして、取りに戻ったのか?」
剛樹にはそそっかしいところがある。ありえない話ではない。
しかしなんだか気になって、少し先まで出てみることにした。門が見える範囲なら、開けっ放しで離れても平気だ。
銀狼族は夜目がきく。視界の端に、見慣れたサンダルを見つけ、ユーフェの毛はぶわっと逆立った。
「これは……確かにモリオンのものだ」
ユーフェが靴屋で選んだものだし、何より剛樹のにおいがする。残り香は林のほうに続いている。嫌な予感がして、においをたどった。
そして林に少し入ったところで、声がした。
「やめてっ」
悲鳴じみた声を聞いた瞬間、ユーフェはそちらに向けて駆け出していた。そして、ようやく見つけると、剛樹は見知らぬ銀狼族の男に押さえこまれ、泣きながら叫んだ。
「嫌だ! 誰か! ユーフェさん!」
「王族がたかが使用人のために動くかよ」
男がせせら笑うのを聞き、ユーフェの頭に血が上った。剛樹への仕打ちに夢中で、ユーフェがここまで近付いているのに気付いていないらしい。それを良いことにユーフェは大きく踏み込んで、その胴体を蹴り飛ばす。
「ぐえっ」
ユーフェのつま先は、男の腹をとらえていた。えぐりこむような蹴りにうめき、男が草むらに倒れて、げえげえと吐いている。
「貴様、モリオンに何をしている」
自分でも驚いた。こんな冷たい声を出せるとは知らなかった。男をさんざん殴ってやりたかったが、今のあの男には逃げ出す余裕もない。
それよりも剛樹だ。
「ユ、ユーフェ……さん」
涙に湿った声がユーフェを呼んだ。
その姿に、ユーフェの心臓が跳ねた。手首を帯で縛られ、うつぶせで尻だけを上げる体勢になっている。その尻から足がやけに生白く、薄闇にぼんやり浮かんで見えていた。銀狼族とは全く違う、ほとんど毛がなくつるりとした足だ。
ユーフェは思わずごくりと唾を飲んだ。
剛樹の裸なら、最初に会った時にも見た。泉の水で濡れていた剛樹をタオルで拭いて、着替えさせたのはユーフェだ。
あの時は何も感じなかったのに、今は妙に嫌らしく見える。
「ユーフェさん……?」
剛樹の震え声に、ユーフェはハッと我に返る。こちらを伺う剛樹の目に、かすかにおびえが浮かんでいた。
「あ、ああ、悪い。大丈夫か?」
ひとまず心臓に悪い部分からは視線をそらし、剛樹を助け起こして、手首の帯を解こうとする。だがあの男、よりによって固く結んだようで、ユーフェの不器用な指先ではとても解けない。
「駄目だな。後で、鋏で切ろう」
「そんな……」
「うっ」
剛樹は上衣の下には何も着ておらず――ユーフェも同じだ――胸元からへそまで見えている。上衣がなんとか肩に引っ掛かっているだけで、ほぼ裸だ。衣の間から、銀狼族に比べればずいぶんと可愛らしい性器がのぞいていて、何故だかユーフェの下半身が熱くなってしまう。
(駄目だ、何を興奮して……。モリオンは傷ついているのだぞ!)
自分を叱咤し、自分の帯を外して代用し、ついでに自分の上衣を脱いで剛樹にかけた。ズボンを履かせなおしてやりたいところだが、人族のズボンの紐は細すぎてユーフェには手に負えない。ズボンを拾い上げ、ユーフェの上衣で包んだ剛樹を抱え上げる。
「これを持っていろ」
「あ、俺のサンダル……」
「道端で拾ってな。おかしいと思ってにおいを追ったら、ここにいた」
「そ……うだったんだ」
涙のにじんだ声で呟いて、剛樹はユーフェの胸元にしがみつく。ショックが大きいみたいで、そのまま黙り込んで震えている。そんな様子を見ていると、改めて男に腹が立った。
「こやつは知り合いか?」
「村長の息子で、ロスっていう人……」
「そうか。においは覚えたから、もういい。ロス、この件、うやむやにはせぬからな。覚悟しておけ」
まだ動けないらしきロスだが、ビクリと体が震えた。
(せいぜい、この後のことにおびえておけ)
よく見ればまだ子どものようだが、これは犯罪だ。どうやら未遂のようだが、剛樹はおびえて、寒さに震える雛鳥みたいに硬直している。
塔に帰ると、まずは帯を外してから、風呂を沸かして湯を使うようにすすめた。
*****
剛樹が呆然としているうちに、いつの間にか塔に着いていて、湯を使うようにすすめられた。
未遂で済んだから良かったが、尻をなめられた感触が気持ち悪くて、湯で洗い流して何度も洗った。風呂だけで体力を消耗して、ふらふらしながら脱衣所でバスタオルを使っていたが、そういえば着替えがない。
風呂場の扉を少し開けて、顔だけ出してユーフェを呼ぶ。
「あの……」
「なんだ、怪我でもあるのか?」
顔に心配と書いたユーフェがすぐに駆け寄ってきた。詳しくは聞いてこないが、気をもんでいるのが丸分かりだ。
「着替えがなくて」
「ああ、そうだったな。ちょっと待っていろ」
ユーフェは足早に、研究室のほうに剛樹の着替えを取りに行ってくれた。
(王子様に着替えを取らせるって大丈夫なのかな……)
少し気にする余裕ができていた。風呂で体を洗えたので、気分がましになっていたせいだ。
着替えてから居間兼食堂のほうに出ると、暖炉では火が燃えている。
長椅子のほうに手招かれて、そちらに座ると、ユーフェが薬箱から軟膏を取り出した。
「手首がすれておる。本当に人族はやわだな。血がにじんで……あの者は処罰するから、安心しろ」
しかめ面でぶつぶつとつぶやいて、ユーフェは剛樹の手首に軟膏を塗る。帯で縛られた時に暴れていたせいか、ロスは力を込めて結んだみたいで、手首にはくっきりと痕がついて、血がにじんでいるところもあった。
「他は?」
「えっと、膝も」
地面にうつぶせにされた時に、必死に逃げようともがいていたから、小石で膝をすっていた。落ち着いてみると、切り傷がヒリヒリと痛む。剛樹がもたもたとズボンの裾を引き上げようとしていると、ユーフェが手早く裾を上げて、軟膏を塗ってしまった。反対の足も同じだ。
それからユーフェは少し迷ったように視線を揺らしてから、おずおずと口を開く。
「……後ろは?」
「な、なめられただけなので」
大丈夫、と言いたかったが、あの気持ち悪さを思い出して、目からボロッと涙が落ちた。ユーフェの毛がぶわっと逆立って、おろおろとし始める。
「悪かった! 怪我がないならいいのだ。銀狼族の手は人族より大きいし、爪が硬いだろう? 慣れぬと、同族同士でも怪我をさせるから……」
その辺は、ロスは手慣れていたので大丈夫だったのだろう。しかし、まさか自分がこんな目にあう日が来るなんてと、剛樹は衝撃を受けていた。膝を抱えてうつむいていると、何を思ったのか、突然、ユーフェが剛樹の頬をなめた。
「え?」
びっくりして目を丸くするが、ユーフェはお構いなしに、剛樹の顔をベロンとなめる。飼い犬が飼い主にじゃれつくか、親犬が子犬にするみたいな感じに近い。
「ぶっ。うわ、え? ふふっ、何!」
訳が分からないし、くすぐったいしで、剛樹はたまらず笑い出した。よけようとして長椅子に倒れても、ユーフェは頬をなめてくる。
「ちょっ、ユーフェさん! あははは、やめ……んぅっ」
首筋をなめられて、変な声が出た。剛樹が固まると、ユーフェも動きを止める。ばつが悪そうに眉が下がり、額に軽く口づけてから離れる。
「少しでいいから、何か食べてから、今日はもう休むがいい」
「は、はい」
剛樹は目を白黒させながら、台所に向かうユーフェの背を眺める。
彼なりの励ましだったのだろうか。気持ち悪さが薄れていた。
*****
ユーフェの逆鱗に触れたロスは、村長の嘆願のかいもなく、法にのっとって処罰をされることになった。村の裁判で、他にも被害者がいることが判明したのだ。そのうちのいくつかは村長が金を払って解決していたので、その分は示談成立でまとまったが、泣き寝入りしていた者は訴え出た。
村を追い出されるのではと怖くて言い出せなかったらしい。
尻を棒叩き十回の上で、町のほうの刑務所に入れられ、無償労働三年に決まったそうだ。一人息子を可愛がっていた村長は、息子のしたことを棚に上げて、被害者のことを恨みを込めてにらんでいたが、逆にユーフェににらみ返されて、すごすごと引き下がった。
「他の人達、村にいづらくならないかな?」
裁判が終わった後、剛樹はジュエルに会いに行って、村の様子を伺った。
「村長の権威が強くたって、あんまり横暴なら、村長を変更する裁判をするから大丈夫だよ。……って、父さんが言ってた」
「そっか」
「塔まで送っていったのに、あんなことになってごめんな」
ジュエルはすっかり落ち込んでいて、耳も尻尾も元気がなくしんなりしている。
「いや、相談したいって話しかけられて油断した俺も悪いから……。俺、まさか自分がそういう目にあうなんて思わなくてさ。人族の間だと、全然モテないから」
「モリオンは良い人族だ。気付いてないだけで、好かれてたかもしれないぞ」
「分からないけど……。エルは弟を守ってたんだろ? 俺を塔まで送ってくれてたのも、ロスを警戒してたからかな。ありがとう。エルは良いお兄さんだね」
「あいつのクズっぷりはよく知ってたからな。でも、村長夫人の座を狙って、体を許してる奴もいたから、俺達が騒ぐわけにもいかなくてさ。大人達もそこんとこを分かってるから、ロスに目を光らせてたけど、放ってたところもあるよ」
その放置がロスを付けあがらせたところもあり、村全体の責任でもあると考えているらしい。
「エルのせいじゃないから、気にしないで。ユーフェさんが助けてくれたから、未遂で終わったし……」
「王子様、カンカンに怒ってたな。なあ、モリオンってもしかして王子様と結婚すんの?」
「へ?」
ジュエルに問われて、剛樹は目を丸くする。
「しないよ。だって、俺、男だし」
「うん。だから?」
「あ、そうだった。俺のいた所、ここからずっと遠くてさ。男女で結婚するのが普通だったんだ。同性婚はやっと認められ始めたくらいだったから、ここの常識になかなかなじめなくて」
「そんな所もあるんだ? それじゃあ、その同性への警戒心の薄さも分かるなあ。王都に行くなら気を付けろよ、都市のほうがいろんなのがいるからさ。まあ、王子様がいるから大丈夫じゃないかな。あの感じ、保護者っていうより、伴侶みたいだよ」
「伴侶……」
突拍子もない言葉に、剛樹は戸惑いを隠せない。
「えっと、顔をなめるのは、銀狼族ではどういう意味……?」
ユーフェは理由を話さなかったが、もしかしてあの夜のことは意味があったのだろうか。念のために確認すると、ジュエルは笑った。
「ははっ、王子様に顔をなめられたの? 完全に子ども扱いじゃないか! 赤ん坊にするんだよな」
「赤ちゃんに……」
ほっとしたような、がっかりしたような。不思議な気持ちで、剛樹は呟く。
「じゃあ、違うのかな。どっちにしろ、銀狼族は愛が重いし、嫉妬深いから。既婚者には近づきすぎないようにな。浮気だと勘違いされて殴られたら、お前、死にそうで怖いし」
「う、うん。そうだね。気を付ける」
想像しただけで、ふっとばされて撃沈する自分の姿が見え、剛樹は悪寒で震えた。
「それじゃあ、行くね。お土産、買ってくるよ」
「それなら日持ちする菓子がいい。獣人向けでな! そしたら家族皆で分け合えるから」
「うん、分かった。またね」
ジュエルに手を振り、剛樹は村の北門のほうへ向かう。すでに王宮からの近衛兵が来ており、牛がひく荷車に荷物を詰め込んで待機している。剛樹はユーフェと同じ牛車に乗る予定だ。
本当はとっくに旅立っている予定だったが、ユーフェが裁判を終えてからだと待たせていたのだ。牛車は黒に塗られ、銀糸で刺繍がほどこされた青い布で飾られている。その前で、ユーフェが落ち着きなく待っていた。
「ユーフェさん、お待たせしました」
「村の子らと、あいさつできたか?」
「はい」
「……大丈夫か?」
ユーフェは慎重に問いかける。
裁判は終わったが、剛樹の心に傷が残っていないか心配なのだろう。ユーフェ以外の銀狼族は警戒してしまうが、ユーフェの傍にいるなら平気だ。
「もう大丈夫です」
「そうか。では、行こうか」
「は……わあっ」
前触れもなく体が浮いたので、驚いた。牛車には前のほうに階段を置いて乗る仕組みのようだが、それも獣人向けだ。ユーフェが剛樹を抱えて、先に客車のほうに乗せた。
「あ、あの、俺、自分でできますから」
「気にするな。お前一人を抱えるくらい、なんともない」
「いや、そういう意味ではなくてですね」
出入り口の幕を押さえる近衛の銀狼族が、こちらをじろじろと見ている。視線が痛い。客車にはベンチとクッションが置かれており、刺繍のほどこされた美しいクッションの中で、ジンベエザメの枕が浮いていた。低反発の枕と別れがたくて持ってきてしまった。
「王子様に無礼なって言って、いじめられそうで怖いんです」
「私が後見人だから大丈夫だと言っているだろうが」
何度目かになるやりとりをするうちに、牛車が動きだした。
「俺、帰りたいです」
すでに塔が恋しい剛樹に、ユーフェは呆れをたっぷり込めて言う。
「まだ出発したばかりだろう。まったく、本当にお前は怖がりだなあ」
気が重くてしかたない。どんな場所なのだろうかと思い浮かべて、剛樹は深いため息をついた。
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