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74.コンプレックスの塊
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大迫くんは来年のプロテストの合格を目指してトレーニングを頑張っているらしい。
心身ともに未熟な自分を鍛えるために始めたボクシング。そのボクシングの魅力の虜になってしまった大迫くんは、本物の強さを追い求めるためにプロを目指しているのだそうだ。
……強さの求道者かな?
「どうして僕に教えてくれたの? プロを目指す理由なんて、他人にわざわざ言わないと思うんだけど」
すっかり暗くなった夜道で、僕は大迫くんの話を聞いた。
誠実で高い意識に、自分の矮小さを突きつけられた気分。
平凡な自分とはあまりにも違いすぎる……。これだけ意識の差があれば、格の違いを感じても仕方がないのかもしれない。
「ははっ。なんでだろうね。なぜか矢沢くんに親近感を覚えているからかな」
大迫くんは爽やかに笑う。
僕も初めて大迫くんを目にした時は同じようなことを思った。
それは大して身体が大きくもなく、強そうにも見えない彼が真剣に頑張っていたからで。今思えば失礼なことを考えていたのだなと反省ばかりだ。
「僕が小さいから?」
ついポロっと口に出してしまう。
思うだけならまだしも、口に出してどうするんだっ。大迫くんは僕と違って人を見た目で判断しないだろっ。
「そうかも。男子として身長が一七〇センチないとつらいもんなぁ」
そう思っていたけれど、大迫くんは笑顔で肯定する。
しかも僕と同じ悩みを持っていた。やっぱり親近感があるよ!
「そうなんだよ! 一七〇センチあればどれだけ人生が変わったことか……!」
「意外とそう変わらなかったりはするっぽいよ。高身長の男子でも似たようなことで悩んだりしているし」
「そ、そうなんだ……」
そうなの? 高身長だったら無条件で人生バラ色になるもんじゃないんだ。
少し前まで男子の友達がいなかったから意見を聞く機会がなかった。今度泉くんにでも聞いて……って、あの人こそ人生の勝ち組の高身長男子じゃないかっ。
「だからコンプレックスを抱える必要はないんだよ。他人が見れば、自分のコンプレックスなんてけっこうどうでもいいもんだったりするからさ」
「ふ、ふーん……」
自分が抱いているコンプレックスを言い当てられた気分になって、何気ない素振りで視線を逸らす。
……僕はコンプレックスの塊のような男だ。
背のことだけじゃない。勉強も運動も並み以下で、特別得意なことだってない。
何も誇れないからこそ、人前ではちゃんとしなければならないと思って空回りして、結局誰とも仲良くなれなかった。
そんな僕だから、人に見くびられても仕方がないと諦めていた。
「おはようございます比呂くん」
……何もない自分と仲良くなろうとしてくれる人なんていない。なのに松雪さんだけは違っていたんだ。
幼馴染以外とまともにしゃべれなかった僕。そんな不甲斐ない男子相手でも、彼女はいつも笑顔であいさつしてくれた。
クラスメイトだからというのもあるのだろう。でも、他の人はまともにコミュニケーションを取れない僕を早々に諦めた。僕も友達ができないとさっさと諦めてしまった。
そんな中、振り返ってみればそれでも諦めず僕にあいさつをしてくれていたのは松雪さんだけだったのだ。
美月に彼氏ができたと知って、頭がバカになった時も変わらず声をかけてくれた。頭がおかしくなった僕に付き合ってくれた。
すごく感謝している。だからこそ彼女が助けを求めたら、絶対に力になりたいと考えていた。
そのはずなのに……松雪さんが先輩男子に暴力を振るわれようとしていたのに、僕は助けに入れなかった。
先輩の怒号に足が震えてしまったのだ。それで出遅れてしまった……。
なんの言い訳にもならない。だって僕は松雪さん自身にお願いされてあの場にいたのだから。
もしもの時に助けられるように。そのためにボクシングジムに入ってトレーニングまで始めたのに……何も生かせてはいない。
城戸さんのことを通じて少しはマシになれたと思っていたのに。自分が思っているほど、僕は成長なんてしていなかったんだ。
何もない自分のままだった……っ。本当に不甲斐なくて、情けない……。
「……矢沢くんはすごいよね」
「は、はあっ!?」
大迫くんがいきなり頓珍漢なことを言うものだから、素っ頓狂な声を上げてしまった。
本当にすごい人に突然「すごい」と言われても嬉しくない。社交辞令だってすぐにわかってしまうから。
「いや、だってあの松雪さんに頼られていたんだよ。僕、松雪さんが誰かを信頼しているところなんて初めて見たよ」
「えぇっ!? 松雪さんって普通に人にお願いとかするでしょ」
割と強引なところがあったりするし。
「そうなんだけどね。松雪さんは人に頼み事はするけど、面倒事だと逆に誰にも話さないだろうからさ」
だから、と。大迫くんは優しげに笑う。
「あの場に矢沢くんがいて、それが松雪さんに頼まれたって聞いたらさ。本当に信頼しているんだろうなって伝わってきたんだよ」
「……っ」
信頼されている? 僕が、松雪さんに?
ちょっと信じられない。だけど、もしそうだったとしたら……。
「矢沢くん、嬉しそうだね?」
「やっ……べ、別にっ」
ぷいっと大迫くんから顔を逸らす。
今はダメだ……。顔がニヤニヤしてしまうから。
「で、でもっ。結局僕は何もできなくて……大迫くんがいなかったら危なかったわけで……」
「それはそうだ」
うっ……。その通りなんだけど、力強く肯定されると胸が痛い。
「……まあ、最低なことをした僕が言えたことじゃないんだけど」
「ん? 今なんて?」
「なんでもないよ」
声が小さくて聞き取れなかった。大迫くんも笑ってるし、大したことじゃなかったのだろう。
「矢沢くんにまず必要なのはダッシュ力だ。初心者用のメニューには入ってないけど、今度一緒にロードワークに行ってみないか?」
「ぜ、是非!」
もし大迫くんが言ったことが本当だとしたら。
こんな僕が松雪さんに信頼されているのだとすれば……。その信頼に、できるだけ応えたい。
そのためのトレーニングなら、喜んでやりたかった。
心身ともに未熟な自分を鍛えるために始めたボクシング。そのボクシングの魅力の虜になってしまった大迫くんは、本物の強さを追い求めるためにプロを目指しているのだそうだ。
……強さの求道者かな?
「どうして僕に教えてくれたの? プロを目指す理由なんて、他人にわざわざ言わないと思うんだけど」
すっかり暗くなった夜道で、僕は大迫くんの話を聞いた。
誠実で高い意識に、自分の矮小さを突きつけられた気分。
平凡な自分とはあまりにも違いすぎる……。これだけ意識の差があれば、格の違いを感じても仕方がないのかもしれない。
「ははっ。なんでだろうね。なぜか矢沢くんに親近感を覚えているからかな」
大迫くんは爽やかに笑う。
僕も初めて大迫くんを目にした時は同じようなことを思った。
それは大して身体が大きくもなく、強そうにも見えない彼が真剣に頑張っていたからで。今思えば失礼なことを考えていたのだなと反省ばかりだ。
「僕が小さいから?」
ついポロっと口に出してしまう。
思うだけならまだしも、口に出してどうするんだっ。大迫くんは僕と違って人を見た目で判断しないだろっ。
「そうかも。男子として身長が一七〇センチないとつらいもんなぁ」
そう思っていたけれど、大迫くんは笑顔で肯定する。
しかも僕と同じ悩みを持っていた。やっぱり親近感があるよ!
「そうなんだよ! 一七〇センチあればどれだけ人生が変わったことか……!」
「意外とそう変わらなかったりはするっぽいよ。高身長の男子でも似たようなことで悩んだりしているし」
「そ、そうなんだ……」
そうなの? 高身長だったら無条件で人生バラ色になるもんじゃないんだ。
少し前まで男子の友達がいなかったから意見を聞く機会がなかった。今度泉くんにでも聞いて……って、あの人こそ人生の勝ち組の高身長男子じゃないかっ。
「だからコンプレックスを抱える必要はないんだよ。他人が見れば、自分のコンプレックスなんてけっこうどうでもいいもんだったりするからさ」
「ふ、ふーん……」
自分が抱いているコンプレックスを言い当てられた気分になって、何気ない素振りで視線を逸らす。
……僕はコンプレックスの塊のような男だ。
背のことだけじゃない。勉強も運動も並み以下で、特別得意なことだってない。
何も誇れないからこそ、人前ではちゃんとしなければならないと思って空回りして、結局誰とも仲良くなれなかった。
そんな僕だから、人に見くびられても仕方がないと諦めていた。
「おはようございます比呂くん」
……何もない自分と仲良くなろうとしてくれる人なんていない。なのに松雪さんだけは違っていたんだ。
幼馴染以外とまともにしゃべれなかった僕。そんな不甲斐ない男子相手でも、彼女はいつも笑顔であいさつしてくれた。
クラスメイトだからというのもあるのだろう。でも、他の人はまともにコミュニケーションを取れない僕を早々に諦めた。僕も友達ができないとさっさと諦めてしまった。
そんな中、振り返ってみればそれでも諦めず僕にあいさつをしてくれていたのは松雪さんだけだったのだ。
美月に彼氏ができたと知って、頭がバカになった時も変わらず声をかけてくれた。頭がおかしくなった僕に付き合ってくれた。
すごく感謝している。だからこそ彼女が助けを求めたら、絶対に力になりたいと考えていた。
そのはずなのに……松雪さんが先輩男子に暴力を振るわれようとしていたのに、僕は助けに入れなかった。
先輩の怒号に足が震えてしまったのだ。それで出遅れてしまった……。
なんの言い訳にもならない。だって僕は松雪さん自身にお願いされてあの場にいたのだから。
もしもの時に助けられるように。そのためにボクシングジムに入ってトレーニングまで始めたのに……何も生かせてはいない。
城戸さんのことを通じて少しはマシになれたと思っていたのに。自分が思っているほど、僕は成長なんてしていなかったんだ。
何もない自分のままだった……っ。本当に不甲斐なくて、情けない……。
「……矢沢くんはすごいよね」
「は、はあっ!?」
大迫くんがいきなり頓珍漢なことを言うものだから、素っ頓狂な声を上げてしまった。
本当にすごい人に突然「すごい」と言われても嬉しくない。社交辞令だってすぐにわかってしまうから。
「いや、だってあの松雪さんに頼られていたんだよ。僕、松雪さんが誰かを信頼しているところなんて初めて見たよ」
「えぇっ!? 松雪さんって普通に人にお願いとかするでしょ」
割と強引なところがあったりするし。
「そうなんだけどね。松雪さんは人に頼み事はするけど、面倒事だと逆に誰にも話さないだろうからさ」
だから、と。大迫くんは優しげに笑う。
「あの場に矢沢くんがいて、それが松雪さんに頼まれたって聞いたらさ。本当に信頼しているんだろうなって伝わってきたんだよ」
「……っ」
信頼されている? 僕が、松雪さんに?
ちょっと信じられない。だけど、もしそうだったとしたら……。
「矢沢くん、嬉しそうだね?」
「やっ……べ、別にっ」
ぷいっと大迫くんから顔を逸らす。
今はダメだ……。顔がニヤニヤしてしまうから。
「で、でもっ。結局僕は何もできなくて……大迫くんがいなかったら危なかったわけで……」
「それはそうだ」
うっ……。その通りなんだけど、力強く肯定されると胸が痛い。
「……まあ、最低なことをした僕が言えたことじゃないんだけど」
「ん? 今なんて?」
「なんでもないよ」
声が小さくて聞き取れなかった。大迫くんも笑ってるし、大したことじゃなかったのだろう。
「矢沢くんにまず必要なのはダッシュ力だ。初心者用のメニューには入ってないけど、今度一緒にロードワークに行ってみないか?」
「ぜ、是非!」
もし大迫くんが言ったことが本当だとしたら。
こんな僕が松雪さんに信頼されているのだとすれば……。その信頼に、できるだけ応えたい。
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