3 / 24
第二話
しおりを挟む
「――あの女、絶対に許さねぇ……ぶっ殺してやる」
その日、大学の食堂で顔を合わせた森下利樹は、怒りのあまりに表情を歪ませていた。
今のこの男なら、本当にやりかねない――相対する宮田修平は、友人の興奮した様子を目の当たりにして、そんな危惧を抱いた。
利樹には鈴沢真紀という恋人がいる。その真紀と最近になって、まったく連絡がとれなくなっているらしい。共通の知人数人に電話をしても、誰も彼女の行方に心当たりはないという。
本当に何も知らないか、もしくは知っていて利樹には隠しているか――修平としては、後者の可能性も充分に考えられた。利樹の本性を知っている人間なら、むしろ当然の判断だろう。
「おまえ、この後に講義はあるか?」
何の前置きもなく、利樹が訊ねた。
「いや、特にないけど……」
修平が訝しみつつも答えると、利樹が乱暴に腰をあげた。
「ならこれからよ、ちょっと付き合ってくれねぇか?」
「付き合うって、どこに? 何の用で?」
「それは後で説明する。いいから来てくれ」
言って、自分はさっさと食堂を出ていく。
話の流れからすると、真紀のことと関係があるかも知れない。
もしかすると、あのことを気付かれたのだろうか――不安を覚えながらも、修平にはしぶしぶ利樹の用事に応じる以外になかった。
修平が真紀と初めて会ったのは、昨年末のことだった。たまたま同じ講義で見かけてから、彼女がずっと気になっていた。
真紀という女性は、まさしく修平の好みのタイプだった。いささかの妥協も誇張も必要としないほど、容姿、性格と、すべてが絵に描いたように完璧なほど合致していた。
だからこそ、真紀が利樹の恋人だと知ったときのショックは少なくはなかったが、さすがに現実は何もかもが都合よくはいかないだろうと、修平も諦めかけていた。
それも、真紀が左頬を酷く腫らしているのを見るまでだった。誰かに殴られたのでなければ、そんな怪我をするはずがない。
利樹が真紀に暴力をふるっている――それは間違いようのない事実だった。もともと利樹は、逆上すると何を仕出かすか分からない男だった。本人はうまく取り繕っているつもりでいるようだが、それでもふと、表に現れるときがある。彼とある程度親しい間柄なら、その一面に気付くことは容易だった。
直接、利樹を問い詰めたこともあるが、白を切るばかりでどうにもならない。それどころか、真紀に対する暴力が一層酷くなる結果を招いてしまった。
真紀から別れを切り出せば、より最悪な事態になりそうなことは想像に難くない。警察に頼るのは、最後の手段だった。
そうして何度も相談に乗り、大学以外でも話す機会が増えていくにつれ、修平は自分の中で、真紀への愛情が深まっていくのを感じた。何としても彼女には幸せになってもらいたい――そう思うようになった。真紀もまた、親身になって話を聞く修平を、次第に信頼し始めているようだった。
気が付くといつの間にか、二人は肉体関係を持つまでになっていた。生まれたままの姿になった真紀の、体中にある痣が痛々しかったが、修平と寝ているときの彼女は心から安らいだ笑顔を見せていた。
いったい真紀が何をしたというのか――こんな辛い目に遭わなければならない、どのような罪を、彼女が犯したというのか――。
真紀を大切に思う反面、彼女に過酷を強いる神を、修平は呪わずにはいられなかった。それでも神は変わらず、徹底して沈黙を守るばかりだった。
もし自分と真紀の関係を利樹に気付かれたりすれば、彼女はこれまで以上に恐ろしい目に合わされることは明白だ。
だがそんな状況だからこそ余計に、互いを激しく求め合った。真紀が自分を必要としてくれている限り――たとえ綱渡りであったとしても、今の関係を止めることなど考えられなかった。
それでも遠くないうちに、いつかは終わりがくる――終わらさなければならないことは、決して口には出さなくても、二人ともよく理解していた。
そうして真紀は、唐突に行方をくらました。
その日、大学の食堂で顔を合わせた森下利樹は、怒りのあまりに表情を歪ませていた。
今のこの男なら、本当にやりかねない――相対する宮田修平は、友人の興奮した様子を目の当たりにして、そんな危惧を抱いた。
利樹には鈴沢真紀という恋人がいる。その真紀と最近になって、まったく連絡がとれなくなっているらしい。共通の知人数人に電話をしても、誰も彼女の行方に心当たりはないという。
本当に何も知らないか、もしくは知っていて利樹には隠しているか――修平としては、後者の可能性も充分に考えられた。利樹の本性を知っている人間なら、むしろ当然の判断だろう。
「おまえ、この後に講義はあるか?」
何の前置きもなく、利樹が訊ねた。
「いや、特にないけど……」
修平が訝しみつつも答えると、利樹が乱暴に腰をあげた。
「ならこれからよ、ちょっと付き合ってくれねぇか?」
「付き合うって、どこに? 何の用で?」
「それは後で説明する。いいから来てくれ」
言って、自分はさっさと食堂を出ていく。
話の流れからすると、真紀のことと関係があるかも知れない。
もしかすると、あのことを気付かれたのだろうか――不安を覚えながらも、修平にはしぶしぶ利樹の用事に応じる以外になかった。
修平が真紀と初めて会ったのは、昨年末のことだった。たまたま同じ講義で見かけてから、彼女がずっと気になっていた。
真紀という女性は、まさしく修平の好みのタイプだった。いささかの妥協も誇張も必要としないほど、容姿、性格と、すべてが絵に描いたように完璧なほど合致していた。
だからこそ、真紀が利樹の恋人だと知ったときのショックは少なくはなかったが、さすがに現実は何もかもが都合よくはいかないだろうと、修平も諦めかけていた。
それも、真紀が左頬を酷く腫らしているのを見るまでだった。誰かに殴られたのでなければ、そんな怪我をするはずがない。
利樹が真紀に暴力をふるっている――それは間違いようのない事実だった。もともと利樹は、逆上すると何を仕出かすか分からない男だった。本人はうまく取り繕っているつもりでいるようだが、それでもふと、表に現れるときがある。彼とある程度親しい間柄なら、その一面に気付くことは容易だった。
直接、利樹を問い詰めたこともあるが、白を切るばかりでどうにもならない。それどころか、真紀に対する暴力が一層酷くなる結果を招いてしまった。
真紀から別れを切り出せば、より最悪な事態になりそうなことは想像に難くない。警察に頼るのは、最後の手段だった。
そうして何度も相談に乗り、大学以外でも話す機会が増えていくにつれ、修平は自分の中で、真紀への愛情が深まっていくのを感じた。何としても彼女には幸せになってもらいたい――そう思うようになった。真紀もまた、親身になって話を聞く修平を、次第に信頼し始めているようだった。
気が付くといつの間にか、二人は肉体関係を持つまでになっていた。生まれたままの姿になった真紀の、体中にある痣が痛々しかったが、修平と寝ているときの彼女は心から安らいだ笑顔を見せていた。
いったい真紀が何をしたというのか――こんな辛い目に遭わなければならない、どのような罪を、彼女が犯したというのか――。
真紀を大切に思う反面、彼女に過酷を強いる神を、修平は呪わずにはいられなかった。それでも神は変わらず、徹底して沈黙を守るばかりだった。
もし自分と真紀の関係を利樹に気付かれたりすれば、彼女はこれまで以上に恐ろしい目に合わされることは明白だ。
だがそんな状況だからこそ余計に、互いを激しく求め合った。真紀が自分を必要としてくれている限り――たとえ綱渡りであったとしても、今の関係を止めることなど考えられなかった。
それでも遠くないうちに、いつかは終わりがくる――終わらさなければならないことは、決して口には出さなくても、二人ともよく理解していた。
そうして真紀は、唐突に行方をくらました。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる