罪ノ贄

黒砂糖

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第二話

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「――あの女、絶対に許さねぇ……ぶっ殺してやる」 
  
 その日、大学の食堂で顔を合わせた森下利樹は、怒りのあまりに表情を歪ませていた。
  今のこの男なら、本当にやりかねない――相対する宮田修平は、友人の興奮した様子を目の当たりにして、そんな危惧を抱いた。
  利樹には鈴沢真紀という恋人がいる。その真紀と最近になって、まったく連絡がとれなくなっているらしい。共通の知人数人に電話をしても、誰も彼女の行方に心当たりはないという。
 本当に何も知らないか、もしくは知っていて利樹には隠しているか――修平としては、後者の可能性も充分に考えられた。利樹の本性を知っている人間なら、むしろ当然の判断だろう。
 
 「おまえ、この後に講義はあるか?」
 
 何の前置きもなく、利樹が訊ねた。
 
 「いや、特にないけど……」
 
 修平が訝しみつつも答えると、利樹が乱暴に腰をあげた。
 
 「ならこれからよ、ちょっと付き合ってくれねぇか?」
  
 「付き合うって、どこに? 何の用で?」
  
 「それは後で説明する。いいから来てくれ」
  
 言って、自分はさっさと食堂を出ていく。
  話の流れからすると、真紀のことと関係があるかも知れない。
  もしかすると、あのことを気付かれたのだろうか――不安を覚えながらも、修平にはしぶしぶ利樹の用事に応じる以外になかった。

  修平が真紀と初めて会ったのは、昨年末のことだった。たまたま同じ講義で見かけてから、彼女がずっと気になっていた。
  真紀という女性は、まさしく修平の好みのタイプだった。いささかの妥協も誇張も必要としないほど、容姿、性格と、すべてが絵に描いたように完璧なほど合致していた。
  だからこそ、真紀が利樹の恋人だと知ったときのショックは少なくはなかったが、さすがに現実は何もかもが都合よくはいかないだろうと、修平も諦めかけていた。
  それも、真紀が左頬を酷く腫らしているのを見るまでだった。誰かに殴られたのでなければ、そんな怪我をするはずがない。
  利樹が真紀に暴力をふるっている――それは間違いようのない事実だった。もともと利樹は、逆上すると何を仕出かすか分からない男だった。本人はうまく取り繕っているつもりでいるようだが、それでもふと、表に現れるときがある。彼とある程度親しい間柄なら、その一面に気付くことは容易だった。
  直接、利樹を問い詰めたこともあるが、白を切るばかりでどうにもならない。それどころか、真紀に対する暴力が一層酷くなる結果を招いてしまった。
  真紀から別れを切り出せば、より最悪な事態になりそうなことは想像に難くない。警察に頼るのは、最後の手段だった。
  そうして何度も相談に乗り、大学以外でも話す機会が増えていくにつれ、修平は自分の中で、真紀への愛情が深まっていくのを感じた。何としても彼女には幸せになってもらいたい――そう思うようになった。真紀もまた、親身になって話を聞く修平を、次第に信頼し始めているようだった。
  気が付くといつの間にか、二人は肉体関係を持つまでになっていた。生まれたままの姿になった真紀の、体中にある痣が痛々しかったが、修平と寝ているときの彼女は心から安らいだ笑顔を見せていた。
いったい真紀が何をしたというのか――こんな辛い目に遭わなければならない、どのような罪を、彼女が犯したというのか――。
  真紀を大切に思う反面、彼女に過酷を強いる神を、修平は呪わずにはいられなかった。それでも神は変わらず、徹底して沈黙を守るばかりだった。
  もし自分と真紀の関係を利樹に気付かれたりすれば、彼女はこれまで以上に恐ろしい目に合わされることは明白だ。
だがそんな状況だからこそ余計に、互いを激しく求め合った。真紀が自分を必要としてくれている限り――たとえ綱渡りであったとしても、今の関係を止めることなど考えられなかった。
それでも遠くないうちに、いつかは終わりがくる――終わらさなければならないことは、決して口には出さなくても、二人ともよく理解していた。
  そうして真紀は、唐突に行方をくらました。
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