4 / 24
第三話
しおりを挟む
利樹に言われるままに、修平は彼の車に同乗した。いったいどこに向かうつもりなのか訊きたかったが、運転中の利樹は唇を固く引き結び、一切の質問を許さない雰囲気を醸し出していた。
車が走る道のりに、修平は何となく見覚えがあるような気がした。そして目的地が見えてくると、その既視感に納得はいったが、同時に新たな疑問が湧きあがった。
そこは、真紀の住んでいる二階建てのアパートだった。何度も密かに足を運んでいたため、見覚えがあるのは当然だ。
だが、利樹がなぜ自分をここに連れてきたのか、それが分からない。いったい、どういうつもりなのだろう。
修平の疑問を余所に、利樹は車をアパートの駐車場に停め、先に降りた。しかたなく修平も車外に出る。
利樹はアパートの管理人に声をかけることもせず、階段をあがったすぐ右手にある真紀の部屋に、まっすぐ向かった。
どうするのか見ていると、利樹はおもむろにバッグから鍵を出すと、当たり前のようにドアの鍵穴に差し込んだ。
かちり、という音がして鍵が開く。
「……その鍵、どうしたんだ?」
修平の口調は、知らず詰問めいたものになった。
「前に、あの女の目を盗んで持ち出してな。こっそりコピーを作ってたんだよ――万が一の保険ってやつだ」
「そんなことしていいのか? 自分の彼女を信用してないのかよ」
「何言ってんだおまえ? 現にあの女はおれから逃げてんだぞ。それに付き合ってんだから、鍵ぐらい持つのが普通じゃねぇか」
だからといって、勝手に鍵を複製するのは許されることではない――そう修平は思ったが、今ここで糾弾しても意味がない。そもそも利樹は他人の話を素直に聞き入れるような男ではない。
ドアを開けて、利樹は室内に半身を入れる――そこで、部屋の前で佇む修平を振り返った。
「何してんだ? おまえも入れよ」
まるで自分の部屋に招き入れるかのような、利樹の物言いだった。
修平は、自分の耳を疑った。
「勝手に入れるわけないだろ? 何でおまえは自分の彼女の部屋に、他人をあげるような真似ができるんだよ?」
「おれの女の部屋なんだから、おれがいいって言えばいいだろうが」
悪びれもせず、利樹は言う。
「それに、一人より二人で探した方が効率的なんだよ」
「何が?」
「あの女の居場所だ。その手がかりがないか、今からここで探すんだ。周りの住人の目があるから、あまり長居はできねぇんだよ」
言って、利樹はずかずかと真紀の部屋にあがり込んだ。
修平はさすがに家主が不在の、しかも女性の部屋にあがることに強い抵抗を覚えた。だがもし、利樹が真紀の行方を突き止めて見つけ出せば、彼女がどんな目に合うか分からない――ここはあえて利樹に協力するふりをして、彼の動向に目を光らせておくべきだ。更に自分が利樹より先に真紀の居場所を見つければ、何か彼女の力になることもできるだろう。
そう決意をすると、修平も真紀の部屋に足を踏み入れた。
室内は、修平が最後に来たときと比べ、特に目立った変化はないように見えた。
利樹は書棚の本やクローゼットの服などをすべて床に放り出し、目につく限りのものを手当り次第に漁っている。いくら時間をとれないとはいえ、その荒っぽい様子はほとんど空き巣と違いはない。こんなところを誰かに目撃でもされたりすれば、言い逃れをするのは難しい。
部屋を横切ろうとしたとき、修平は誤って屑籠を蹴倒してしまった。こぼれたゴミを拾い集めていると、その中に病院でもらった物であるらしい薬袋を見つけた。
ちらと利樹の様子を窺うと、ちょうど彼はこちらに背を向けている。その隙に、修平は薬袋をくしゃくしゃに丸め、上着のポケットに突っ込んだ。何となく、このことは利樹に隠している方がいいと思った。
「おい、あったぞ」
二人で手分けして部屋を物色していると、利樹がいきなり声をあげた。修平がそちらを向くと、彼は押入れにしまってあるダンボールを探っているところだった。
近づいてみると、利樹は高校のものらしい卒業アルバムを持っていた。
「これでやっと、あの女の地元が分かるな」
その言葉を聞き、利樹が真紀の過去について、ほとんど何も知らないのではないかと、修平は思った。そういえば自分といるときでも、彼女は自身のことに触れられることを極端に嫌がった。特に地元のことになると、より態度は頑なになっていた。
思い返すにあれは、単純に言いたくないというよりは、口にするのもおぞましいという様子だった。
真紀の過去に、いったい何があったというのか――そしてそれは、彼女の失踪と関係がるのか、それともまったくの無関係なのか。
いずれにしても出身が判明したからには、行って調べないわけにはいかなかった。
車が走る道のりに、修平は何となく見覚えがあるような気がした。そして目的地が見えてくると、その既視感に納得はいったが、同時に新たな疑問が湧きあがった。
そこは、真紀の住んでいる二階建てのアパートだった。何度も密かに足を運んでいたため、見覚えがあるのは当然だ。
だが、利樹がなぜ自分をここに連れてきたのか、それが分からない。いったい、どういうつもりなのだろう。
修平の疑問を余所に、利樹は車をアパートの駐車場に停め、先に降りた。しかたなく修平も車外に出る。
利樹はアパートの管理人に声をかけることもせず、階段をあがったすぐ右手にある真紀の部屋に、まっすぐ向かった。
どうするのか見ていると、利樹はおもむろにバッグから鍵を出すと、当たり前のようにドアの鍵穴に差し込んだ。
かちり、という音がして鍵が開く。
「……その鍵、どうしたんだ?」
修平の口調は、知らず詰問めいたものになった。
「前に、あの女の目を盗んで持ち出してな。こっそりコピーを作ってたんだよ――万が一の保険ってやつだ」
「そんなことしていいのか? 自分の彼女を信用してないのかよ」
「何言ってんだおまえ? 現にあの女はおれから逃げてんだぞ。それに付き合ってんだから、鍵ぐらい持つのが普通じゃねぇか」
だからといって、勝手に鍵を複製するのは許されることではない――そう修平は思ったが、今ここで糾弾しても意味がない。そもそも利樹は他人の話を素直に聞き入れるような男ではない。
ドアを開けて、利樹は室内に半身を入れる――そこで、部屋の前で佇む修平を振り返った。
「何してんだ? おまえも入れよ」
まるで自分の部屋に招き入れるかのような、利樹の物言いだった。
修平は、自分の耳を疑った。
「勝手に入れるわけないだろ? 何でおまえは自分の彼女の部屋に、他人をあげるような真似ができるんだよ?」
「おれの女の部屋なんだから、おれがいいって言えばいいだろうが」
悪びれもせず、利樹は言う。
「それに、一人より二人で探した方が効率的なんだよ」
「何が?」
「あの女の居場所だ。その手がかりがないか、今からここで探すんだ。周りの住人の目があるから、あまり長居はできねぇんだよ」
言って、利樹はずかずかと真紀の部屋にあがり込んだ。
修平はさすがに家主が不在の、しかも女性の部屋にあがることに強い抵抗を覚えた。だがもし、利樹が真紀の行方を突き止めて見つけ出せば、彼女がどんな目に合うか分からない――ここはあえて利樹に協力するふりをして、彼の動向に目を光らせておくべきだ。更に自分が利樹より先に真紀の居場所を見つければ、何か彼女の力になることもできるだろう。
そう決意をすると、修平も真紀の部屋に足を踏み入れた。
室内は、修平が最後に来たときと比べ、特に目立った変化はないように見えた。
利樹は書棚の本やクローゼットの服などをすべて床に放り出し、目につく限りのものを手当り次第に漁っている。いくら時間をとれないとはいえ、その荒っぽい様子はほとんど空き巣と違いはない。こんなところを誰かに目撃でもされたりすれば、言い逃れをするのは難しい。
部屋を横切ろうとしたとき、修平は誤って屑籠を蹴倒してしまった。こぼれたゴミを拾い集めていると、その中に病院でもらった物であるらしい薬袋を見つけた。
ちらと利樹の様子を窺うと、ちょうど彼はこちらに背を向けている。その隙に、修平は薬袋をくしゃくしゃに丸め、上着のポケットに突っ込んだ。何となく、このことは利樹に隠している方がいいと思った。
「おい、あったぞ」
二人で手分けして部屋を物色していると、利樹がいきなり声をあげた。修平がそちらを向くと、彼は押入れにしまってあるダンボールを探っているところだった。
近づいてみると、利樹は高校のものらしい卒業アルバムを持っていた。
「これでやっと、あの女の地元が分かるな」
その言葉を聞き、利樹が真紀の過去について、ほとんど何も知らないのではないかと、修平は思った。そういえば自分といるときでも、彼女は自身のことに触れられることを極端に嫌がった。特に地元のことになると、より態度は頑なになっていた。
思い返すにあれは、単純に言いたくないというよりは、口にするのもおぞましいという様子だった。
真紀の過去に、いったい何があったというのか――そしてそれは、彼女の失踪と関係がるのか、それともまったくの無関係なのか。
いずれにしても出身が判明したからには、行って調べないわけにはいかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる