8 / 24
第七話
しおりを挟む
翌日――修平たちは朝食の後に、さっそく町へ繰り出すことにした。
二人はそれぞれ、真紀の顔写真を手にしている。出発する前に、利樹が携帯の画像をパソコンに取り込み、拡大してプリントしたものだ。その写真を元に手分けして捜索し、夕方に合流することにする。
まず最初に訪ねた家は、玄関脇のインターフォンが壊れているため、直接ドアをノックして呼びかけた。すると屋内から、しわがれた声が返ってきた。
「いったい、何の用だい?」
しばらくして現れたのは、白髪と皺の目立つ腰の曲がった老人だった。
「すみません、ちょっと人を捜していて……」
恐縮しつつ、修平は写真を取り出す。
「人を? 事情はよう分からんが、まぁわしで力になれることなら、何でも訊いとくれ」
協力的な老人の態度に、修平は安堵した。さっそく、真紀の写真を見せる。
「それで、この人なんですが」
写真を受け取った老人は、両目を細め、顔がつきそうなぐらいに近づけた。
「すまんね、目が悪うて……どれどれ――」
突然、老人の表情が強張った。顔を写真から離すと、ぞんざいな態度で修平に突き返す。
「――知らんな」
「え? でも、今……」
あまりの豹変ぶりに、修平は困惑した。老人は明らかに、真紀について何かを知っている。
「知らんものは知らん。役に立てずに申し訳ないが」
そうして老人は、さっさと家の中に戻ってしまった。
それからも住民一人一人に根気強く聞き込みをしていったが、真紀の写真を目にした反応は、誰もが似たり寄ったりだった。まともに話を訊いてすらもらえないことがほとんどだった。これでは真紀の行方を捜す以前の問題だ。
この町の住民にとって、真紀のことに触れることは禁句のようだ――分かったことといえば、それくらいだった。結局のところ、謎が更に増えただけだ。
答えの出ない思考を巡らせながら、民家の並んだ路地を歩く。すると前方に人だかりがあるのが目に入った。塀に寄せるように停まっているのは、警察のパトカーに違いない。
近づくと、そこは昔ながらの木造の平屋だった。家の前には規制線が貼られている。
「……すみません。何が遭ったんですか?」
主婦らしき女性に訊ねると、いきなり見知らぬ男に声をかけられたせいか、いくらか機嫌を損ねたようだ。
「殺人よ殺人事件。昨夜遅くにね」
「殺人? いったい誰が?」
「このお宅の奥さん。身重だったのに、旦那さんも可哀そうに」
「身重……妊娠中だったんですか?」
「そうなのよ、男の子らしいんだけど……そんなことよりも奥さん、惨い殺され方だったそうよ。警察の人が話してたのを聞いちゃった」
先ほどの不機嫌さとは打って変わり、興奮したようにまくしたてる。
「何でもお腹を割かれて、中にいた赤ちゃんが持ち去られたって話よ。そんなの普通じゃないでしょ? 犯人は頭がおかしいのよ……でも、そうなると逮捕されても、精神鑑定っていうのに引っかかったら、罪に問われないってこともあるのよねぇ……こんな小さな町にねぇ……本当に怖いわねぇ……」
言葉とは裏腹にまったく怯えた様子もない――どころか野次馬な好奇心を丸出しにした主婦に礼を言い、修平はその場を離れた。
真紀のことといい猟奇殺人といい、本当にこの町はどうなっているのか――もしかすると自分は、とんでもないところに来てしまったのではないかという不安が、修平の脳裏を渦巻いた。
二人はそれぞれ、真紀の顔写真を手にしている。出発する前に、利樹が携帯の画像をパソコンに取り込み、拡大してプリントしたものだ。その写真を元に手分けして捜索し、夕方に合流することにする。
まず最初に訪ねた家は、玄関脇のインターフォンが壊れているため、直接ドアをノックして呼びかけた。すると屋内から、しわがれた声が返ってきた。
「いったい、何の用だい?」
しばらくして現れたのは、白髪と皺の目立つ腰の曲がった老人だった。
「すみません、ちょっと人を捜していて……」
恐縮しつつ、修平は写真を取り出す。
「人を? 事情はよう分からんが、まぁわしで力になれることなら、何でも訊いとくれ」
協力的な老人の態度に、修平は安堵した。さっそく、真紀の写真を見せる。
「それで、この人なんですが」
写真を受け取った老人は、両目を細め、顔がつきそうなぐらいに近づけた。
「すまんね、目が悪うて……どれどれ――」
突然、老人の表情が強張った。顔を写真から離すと、ぞんざいな態度で修平に突き返す。
「――知らんな」
「え? でも、今……」
あまりの豹変ぶりに、修平は困惑した。老人は明らかに、真紀について何かを知っている。
「知らんものは知らん。役に立てずに申し訳ないが」
そうして老人は、さっさと家の中に戻ってしまった。
それからも住民一人一人に根気強く聞き込みをしていったが、真紀の写真を目にした反応は、誰もが似たり寄ったりだった。まともに話を訊いてすらもらえないことがほとんどだった。これでは真紀の行方を捜す以前の問題だ。
この町の住民にとって、真紀のことに触れることは禁句のようだ――分かったことといえば、それくらいだった。結局のところ、謎が更に増えただけだ。
答えの出ない思考を巡らせながら、民家の並んだ路地を歩く。すると前方に人だかりがあるのが目に入った。塀に寄せるように停まっているのは、警察のパトカーに違いない。
近づくと、そこは昔ながらの木造の平屋だった。家の前には規制線が貼られている。
「……すみません。何が遭ったんですか?」
主婦らしき女性に訊ねると、いきなり見知らぬ男に声をかけられたせいか、いくらか機嫌を損ねたようだ。
「殺人よ殺人事件。昨夜遅くにね」
「殺人? いったい誰が?」
「このお宅の奥さん。身重だったのに、旦那さんも可哀そうに」
「身重……妊娠中だったんですか?」
「そうなのよ、男の子らしいんだけど……そんなことよりも奥さん、惨い殺され方だったそうよ。警察の人が話してたのを聞いちゃった」
先ほどの不機嫌さとは打って変わり、興奮したようにまくしたてる。
「何でもお腹を割かれて、中にいた赤ちゃんが持ち去られたって話よ。そんなの普通じゃないでしょ? 犯人は頭がおかしいのよ……でも、そうなると逮捕されても、精神鑑定っていうのに引っかかったら、罪に問われないってこともあるのよねぇ……こんな小さな町にねぇ……本当に怖いわねぇ……」
言葉とは裏腹にまったく怯えた様子もない――どころか野次馬な好奇心を丸出しにした主婦に礼を言い、修平はその場を離れた。
真紀のことといい猟奇殺人といい、本当にこの町はどうなっているのか――もしかすると自分は、とんでもないところに来てしまったのではないかという不安が、修平の脳裏を渦巻いた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる