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第九話
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鈴沢家は、左右を民家の板塀に挟まれた路地の先にある。だがその路地は日中でも薄暗い上に恐ろしく細いため、修平は何度も見落としてしまい、住所を教わっていても、辿りつくのに無駄に時間をかけてしまった。
こじんまりとした一軒家の、門柱にある表札を確認して、インターフォンを押す――家の中からは返事がない。誰もいないのだろうか。
もう一度だけ試して、誰も出てこなかった諦めようと思い、再びインターフォンに指を伸ばす。
微かに、物音がした。
家人が在宅中なのは確かなようだった。それならどうして返答しないのだろう――体調を崩して寝込んでいるのか、それとも居留守を使っているのか。
修平は、またインターフォンを押した。次は先ほどより長く待ってみる。すると、屋内から足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
「……はい?」
僅かに開かれたドアの隙間から、青白い少女の顔が覗いた。暗い瞳が、修平に向けられる。見たところは十七、八歳くらいだが、髪は寝起きのようにぼさぼさな上にグレーのスウェット姿という出で立ちは、お洒落に敏感な今時の女子高校生とは思えない。
「すみませんが今、両親とも家にいないんですけど」
陰気な口調で、ぼそぼそとした小声で口にする。意識的に耳をすましていなければ、まともに聞きとることもままならないほどだ。
「ああ、そうなんだ……ちょっと、お伺いしたいことがあったんだけど」
そう修平が言うと、少女は頭を下げてドアを閉める素振りをした。慌てて彼は声をかける。
「もしかして、君が美紀ちゃん?」
少女の動きが止まった。露骨に警戒したように眉を寄せる。
「……どうして、わたしの名前を?」
「桐村さんから訊いたんだ、君の伯父さんの。ここの住所を教えてくれたのも、伯父さんなんだよ」
「あの民宿に、泊まってるんですか?」
「うん。実はここには、人捜しに来ているんだ」
「……人捜し?」
「そうなんだ……この人なんだけど」
修平は真紀の写真を出して、少女――鈴沢美紀に見せた。
写真を目にした美紀は、桐村とまったく同じ反応をした。
「え? これ……お姉ちゃん?」
「うん。ぼくが捜してるのは鈴沢真紀……君のお姉さんだ」
「どういうことですか? お姉ちゃんを捜してるって……」
「ぼくは君のお姉さん――真紀さんとは同じ大学の友人なんだけど、最近になって急に連絡がとれなくなってしまったんだ。大学にも顔を出さなくて……それで気になって彼女のアパートに行ってみたら、そこにもいない……それで、何か遭ったんじゃないかと心配になってね」
「……だったら普通は、警察に届けるものじゃないんですか?」
至極もっともな疑問に、修平は答えに窮した。
「……いや、はっきりとしたことが分かるまでは、大事にしない方がいいと思って。それに、ほんの数日姿を見せないくらいじゃ、警察もまともに取り合わないさ。まず事件性があるのか、それを確かめてからじゃないと」
「それは、まあ……そうですね」
美紀は納得したように頷いた。
「ところで君――美紀ちゃん。今日、学校は?」
先ほどから気になっていたことを、思い切って修平は訊ねた。
「――え?」
「だって今日は平日じゃないか。学校には行かなくていいの?」
病気でもしているのか、それとも他に已むに已まれぬ理由があるのか――口にしてから、余計なことを訊いてしまったと、修平は後悔した。
「わたし……先月に退学、したんです……」
美紀は俯きがちに答えた。前髪で隠れ、どんな表情をしているかは分からない。
「……退学?」
「はい……」
「それはまた、どうして?」
「…………」
「ごめん、悪いことを訊いちゃったかな?」
「…………」
美紀は下を向いたまま、何も語らない。身動ぎすらしない彼女の様子を、修平が不安に感じはじめたとき、ようやく口を開いた。
だがその言葉は、修平にはどうにも不可解なものだった。
「……わたしは……《悪魔の子》だから……」
こじんまりとした一軒家の、門柱にある表札を確認して、インターフォンを押す――家の中からは返事がない。誰もいないのだろうか。
もう一度だけ試して、誰も出てこなかった諦めようと思い、再びインターフォンに指を伸ばす。
微かに、物音がした。
家人が在宅中なのは確かなようだった。それならどうして返答しないのだろう――体調を崩して寝込んでいるのか、それとも居留守を使っているのか。
修平は、またインターフォンを押した。次は先ほどより長く待ってみる。すると、屋内から足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
「……はい?」
僅かに開かれたドアの隙間から、青白い少女の顔が覗いた。暗い瞳が、修平に向けられる。見たところは十七、八歳くらいだが、髪は寝起きのようにぼさぼさな上にグレーのスウェット姿という出で立ちは、お洒落に敏感な今時の女子高校生とは思えない。
「すみませんが今、両親とも家にいないんですけど」
陰気な口調で、ぼそぼそとした小声で口にする。意識的に耳をすましていなければ、まともに聞きとることもままならないほどだ。
「ああ、そうなんだ……ちょっと、お伺いしたいことがあったんだけど」
そう修平が言うと、少女は頭を下げてドアを閉める素振りをした。慌てて彼は声をかける。
「もしかして、君が美紀ちゃん?」
少女の動きが止まった。露骨に警戒したように眉を寄せる。
「……どうして、わたしの名前を?」
「桐村さんから訊いたんだ、君の伯父さんの。ここの住所を教えてくれたのも、伯父さんなんだよ」
「あの民宿に、泊まってるんですか?」
「うん。実はここには、人捜しに来ているんだ」
「……人捜し?」
「そうなんだ……この人なんだけど」
修平は真紀の写真を出して、少女――鈴沢美紀に見せた。
写真を目にした美紀は、桐村とまったく同じ反応をした。
「え? これ……お姉ちゃん?」
「うん。ぼくが捜してるのは鈴沢真紀……君のお姉さんだ」
「どういうことですか? お姉ちゃんを捜してるって……」
「ぼくは君のお姉さん――真紀さんとは同じ大学の友人なんだけど、最近になって急に連絡がとれなくなってしまったんだ。大学にも顔を出さなくて……それで気になって彼女のアパートに行ってみたら、そこにもいない……それで、何か遭ったんじゃないかと心配になってね」
「……だったら普通は、警察に届けるものじゃないんですか?」
至極もっともな疑問に、修平は答えに窮した。
「……いや、はっきりとしたことが分かるまでは、大事にしない方がいいと思って。それに、ほんの数日姿を見せないくらいじゃ、警察もまともに取り合わないさ。まず事件性があるのか、それを確かめてからじゃないと」
「それは、まあ……そうですね」
美紀は納得したように頷いた。
「ところで君――美紀ちゃん。今日、学校は?」
先ほどから気になっていたことを、思い切って修平は訊ねた。
「――え?」
「だって今日は平日じゃないか。学校には行かなくていいの?」
病気でもしているのか、それとも他に已むに已まれぬ理由があるのか――口にしてから、余計なことを訊いてしまったと、修平は後悔した。
「わたし……先月に退学、したんです……」
美紀は俯きがちに答えた。前髪で隠れ、どんな表情をしているかは分からない。
「……退学?」
「はい……」
「それはまた、どうして?」
「…………」
「ごめん、悪いことを訊いちゃったかな?」
「…………」
美紀は下を向いたまま、何も語らない。身動ぎすらしない彼女の様子を、修平が不安に感じはじめたとき、ようやく口を開いた。
だがその言葉は、修平にはどうにも不可解なものだった。
「……わたしは……《悪魔の子》だから……」
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