罪ノ贄

黒砂糖

文字の大きさ
10 / 24

第九話

しおりを挟む
 鈴沢家は、左右を民家の板塀に挟まれた路地の先にある。だがその路地は日中でも薄暗い上に恐ろしく細いため、修平は何度も見落としてしまい、住所を教わっていても、辿りつくのに無駄に時間をかけてしまった。
  こじんまりとした一軒家の、門柱にある表札を確認して、インターフォンを押す――家の中からは返事がない。誰もいないのだろうか。
  もう一度だけ試して、誰も出てこなかった諦めようと思い、再びインターフォンに指を伸ばす。
  
 微かに、物音がした。
  
 家人が在宅中なのは確かなようだった。それならどうして返答しないのだろう――体調を崩して寝込んでいるのか、それとも居留守を使っているのか。
  修平は、またインターフォンを押した。次は先ほどより長く待ってみる。すると、屋内から足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
  
 「……はい?」 
  
 僅かに開かれたドアの隙間から、青白い少女の顔が覗いた。暗い瞳が、修平に向けられる。見たところは十七、八歳くらいだが、髪は寝起きのようにぼさぼさな上にグレーのスウェット姿という出で立ちは、お洒落に敏感な今時の女子高校生とは思えない。
  
 「すみませんが今、両親とも家にいないんですけど」
  
 陰気な口調で、ぼそぼそとした小声で口にする。意識的に耳をすましていなければ、まともに聞きとることもままならないほどだ。
  
 「ああ、そうなんだ……ちょっと、お伺いしたいことがあったんだけど」
  
 そう修平が言うと、少女は頭を下げてドアを閉める素振りをした。慌てて彼は声をかける。
  
 「もしかして、君が美紀ちゃん?」
  
 少女の動きが止まった。露骨に警戒したように眉を寄せる。
  
 「……どうして、わたしの名前を?」
 
 「桐村さんから訊いたんだ、君の伯父さんの。ここの住所を教えてくれたのも、伯父さんなんだよ」
  
 「あの民宿に、泊まってるんですか?」
  
 「うん。実はここには、人捜しに来ているんだ」
 
 「……人捜し?」
  
 「そうなんだ……この人なんだけど」
  
 修平は真紀の写真を出して、少女――鈴沢美紀に見せた。
  写真を目にした美紀は、桐村とまったく同じ反応をした。
  
 「え? これ……お姉ちゃん?」
  
 「うん。ぼくが捜してるのは鈴沢真紀……君のお姉さんだ」
  
 「どういうことですか? お姉ちゃんを捜してるって……」
 
 「ぼくは君のお姉さん――真紀さんとは同じ大学の友人なんだけど、最近になって急に連絡がとれなくなってしまったんだ。大学にも顔を出さなくて……それで気になって彼女のアパートに行ってみたら、そこにもいない……それで、何か遭ったんじゃないかと心配になってね」
  
 「……だったら普通は、警察に届けるものじゃないんですか?」
  
 至極もっともな疑問に、修平は答えに窮した。
  
 「……いや、はっきりとしたことが分かるまでは、大事にしない方がいいと思って。それに、ほんの数日姿を見せないくらいじゃ、警察もまともに取り合わないさ。まず事件性があるのか、それを確かめてからじゃないと」
  
 「それは、まあ……そうですね」
  
 美紀は納得したように頷いた。
  
 「ところで君――美紀ちゃん。今日、学校は?」
  
 先ほどから気になっていたことを、思い切って修平は訊ねた。
  
 「――え?」
  
 「だって今日は平日じゃないか。学校には行かなくていいの?」
  
 病気でもしているのか、それとも他に已むに已まれぬ理由があるのか――口にしてから、余計なことを訊いてしまったと、修平は後悔した。
  
 「わたし……先月に退学、したんです……」
  
 美紀は俯きがちに答えた。前髪で隠れ、どんな表情をしているかは分からない。
  
 「……退学?」
 
 「はい……」
 
 「それはまた、どうして?」

 「…………」
 
 「ごめん、悪いことを訊いちゃったかな?」
 
 「…………」
  
 美紀は下を向いたまま、何も語らない。身動ぎすらしない彼女の様子を、修平が不安に感じはじめたとき、ようやく口を開いた。
  だがその言葉は、修平にはどうにも不可解なものだった。
  
 「……わたしは……《悪魔の子》だから……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...