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第十八話
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鈴沢家は、見るからに酷い有様だった。
塀にはペンキやラッカースプレーで、いたるところに落書きがされている。どこを見ても、『人殺し』『出ていけ』『死ね』などといった言葉で埋め尽くされている。
庭も覗くと、外から放り込まれた生ゴミが悪臭を放っている。これらは不特定多数の人間――それもすべてここの町民による仕業であることは、わざわざ確かめるまでもなく、容易に想像ができる。
美紀が高校での元クラスメイトを殺害し、警察に逮捕されてからというもの、この町で《悪魔の子》のいる家の立場は更に悪化し、もはや収拾をつけることは困難になっていた。町中では暴行、傷害事件が頻発し、つい先日には死者が出たばかりだった。
修平は、いまだこの町にとどまっていた。あれから毎日のように、夢の中に真紀が現れる。あの真紀は本当に夢魔の化身であるのか――そんなことは、もはやどうでもよくなっていた。もしこの町を出れば、二度と彼女に会えない気がしていた。修平は、そのことをもっとも恐れていた。
『サキュバスに魅入られた男は、精気をすべて奪われ、殺されてしまうこともあるんです』――最初、桐村に夢のことを打ち明けたとき、彼はそう修平に忠告した。だが彼はそれでも構わなかった。真紀を永遠に失うことに比べれば、自分の命など惜しくはない。
インターフォンを鳴らしても、家からは誰も出てこない。居留守を使っているのは分かっているが、今の町の状況では、それも当然のことだろう。
――と、いつの間にかすぐ傍に、幼い男の子がいることに気付く。男の子は修平には目もくれず、足元に落ちている小石を拾い上げた。何をするのかと思って見ていると、男の子はその小石を、いきなり鈴沢家に向かって投げつけた。小石は外壁に当たり、軽い音をたてた。
驚く修平に構わず、男の子は尚も小石を拾い、次々と投げる。
五個目の小石を男の子が手にしたとき――修平はその腕を掴んだ。
「何をするんだ。駄目だろ? そんなことをしたら」
修平が注意をすると、男の子はきょとんとした顔で修平を見上げた。なぜ自分が叱られているのか、まるで理解ができないといった様子だ。
「……あの。うちの子が、何か?」
声がして、修平がそちらを見ると一人の女性がこちらに歩いてきた。おそらく男の子の母親だろう。
「ええ……今、ここの家に石を投げてたもので。つい」
そう説明した途端、母親は修平の顔を睨んだ。
「――それの、何がいけないんです?」
「は?」
修平は、自分の耳を疑った。
「こんな家に石を投げたからって、それが何だっていうんです?」
「いえ、ですから……」
「そんなことだけで、うちの子を叱ったんですか? あなたは」
「そんなことって……あのですね――」
「もういいです。急いでいるので」
一方的に会話を打ち切り、母親は男の子の手を引いて、憤懣やるかたないといったように足早に歩き去った。
「――狂ってる……誰も彼も」
一人立ちつくす修平は、そう呆然と呟いた。
塀にはペンキやラッカースプレーで、いたるところに落書きがされている。どこを見ても、『人殺し』『出ていけ』『死ね』などといった言葉で埋め尽くされている。
庭も覗くと、外から放り込まれた生ゴミが悪臭を放っている。これらは不特定多数の人間――それもすべてここの町民による仕業であることは、わざわざ確かめるまでもなく、容易に想像ができる。
美紀が高校での元クラスメイトを殺害し、警察に逮捕されてからというもの、この町で《悪魔の子》のいる家の立場は更に悪化し、もはや収拾をつけることは困難になっていた。町中では暴行、傷害事件が頻発し、つい先日には死者が出たばかりだった。
修平は、いまだこの町にとどまっていた。あれから毎日のように、夢の中に真紀が現れる。あの真紀は本当に夢魔の化身であるのか――そんなことは、もはやどうでもよくなっていた。もしこの町を出れば、二度と彼女に会えない気がしていた。修平は、そのことをもっとも恐れていた。
『サキュバスに魅入られた男は、精気をすべて奪われ、殺されてしまうこともあるんです』――最初、桐村に夢のことを打ち明けたとき、彼はそう修平に忠告した。だが彼はそれでも構わなかった。真紀を永遠に失うことに比べれば、自分の命など惜しくはない。
インターフォンを鳴らしても、家からは誰も出てこない。居留守を使っているのは分かっているが、今の町の状況では、それも当然のことだろう。
――と、いつの間にかすぐ傍に、幼い男の子がいることに気付く。男の子は修平には目もくれず、足元に落ちている小石を拾い上げた。何をするのかと思って見ていると、男の子はその小石を、いきなり鈴沢家に向かって投げつけた。小石は外壁に当たり、軽い音をたてた。
驚く修平に構わず、男の子は尚も小石を拾い、次々と投げる。
五個目の小石を男の子が手にしたとき――修平はその腕を掴んだ。
「何をするんだ。駄目だろ? そんなことをしたら」
修平が注意をすると、男の子はきょとんとした顔で修平を見上げた。なぜ自分が叱られているのか、まるで理解ができないといった様子だ。
「……あの。うちの子が、何か?」
声がして、修平がそちらを見ると一人の女性がこちらに歩いてきた。おそらく男の子の母親だろう。
「ええ……今、ここの家に石を投げてたもので。つい」
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「は?」
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「こんな家に石を投げたからって、それが何だっていうんです?」
「いえ、ですから……」
「そんなことだけで、うちの子を叱ったんですか? あなたは」
「そんなことって……あのですね――」
「もういいです。急いでいるので」
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