罪ノ贄

黒砂糖

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第二十二話

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 自分は両親の実の子どもではない――その事実に早紀が気付くのに、それほど時間は必要としなかった。
 最初に気付いたのは両親だった。父親の血液型はО型なのに対し、娘はAB型――生まれるはずのない組み合わせだった。
 夫は妻の不倫を疑ったが、妻は否定した。だが事実は覆らない。どこから漏れたのか、噂はまたたく間に町中に広がった。謂れのない誹謗中傷に晒される毎日の末――ついに両親は離婚し、幼い早紀は母親に引き取られた。
 自分の子でもない、どこの男との子かも分からない娘を育てることはできない――それが父親の言い分だった。
 離婚成立後、母親は早紀を連れて逃げるように町を離れた。それからは都会の古びたアパートで母一人子一人、つつましく暮らし始めた。
 物心ついた頃から、早紀は何となく自分は母親の本当の子ではないのではないかと、ぼんやりと思うようになった。それでも自分の母親が余所に男を作るような人間とは、とても信じられない――その矛盾に、彼女はずっと悩み、苦しみ続けていた。

 
 「――それで……一昨年ぐらいだったかな? バイト先で姉さん――真紀と出会ったのは」
 
 二人して桐村を奥の和室へ運んだ後、小説でも朗読するように淡々と早紀は語った。一昨年というと、修平がまだ真紀と出会う前だ。真紀は一言も、そんなことを口にしていなかったが――。
 
 「初めて顔を見たときは、お互い凄く驚いたものよ。あまりに外見が似ているんだから、当然よね。それでもまさか二人が双子だなんて、思いもしなかったけど」
 
 早紀はいったん外に出て戻ってくると、ガソリンの携行缶を手にしていた。どうするつもりかと修平が見ていると、いきなり中身を床へ撒き始めた。
 
 「――何をしてるんだ?」
 
 「死体を燃やすのよ。今の状況なら、町民の誰かの仕業にすれば、警察も疑問に思わないわ」

 まるで前もって考えていたかのように、早紀は即答した。
 それから、早紀の独白は続く。
 
 「顔がそっくりなことから、真紀とは仲良くなっていって……彼女の実家のことも訊いたことがあるわ。何でも両親が怖ろしい殺人鬼で、お腹の子どものために余所の家の子どもの肉を食べていたって……そのせいで自分は子どもを作るのが怖くなったって……」
  
 真紀の部屋を捜索したときに見つけた避妊薬の袋――両親と妹に対する彼女の不可解な態度――その理由にようやく得心がいった。
 
 「それで……真紀は?」
 
 今もっとも知りたいことを、修平は早紀に訊ねた。

  「真紀はどこにいったんだ……君は行方を知らないのか?」
  
 この質問にも、早紀は躊躇わず答えた。
  
 「知ってるわよ。わたしが殺したんだから」
  
 「!?」
  
 「真紀に双子の妹がいたっていう話を訊いたとき、すぐに察しがついた。わたしは彼女と同じ鈴沢家の子どもなんだって……もとは同じ両親から生まれて、同じ顔をしているのに、彼女はわたしと違って誰の差別も受けず、実の両親によって育てられた――そんなの不公平だと思わない? わたしだって本当は、彼女と同じ人生を送っていたはずなのよっ!」
  
 喋っているうちに興奮してきたのか、早紀は満面を朱に染めてまくしてる。
  
 「それで……どうしたんだ?」
  
 早紀が落ち着くのを待って、修平は先を促す。
  
 「そして、わたしは……思いついたの。真紀を殺して成り済まし、彼女の人生を送ることを……」
 
 ぎりっ、と修平は思わず歯軋りした。彼はもう二度と、真紀と再会することは叶わない。

  「それからのわたしは、数え切れないほどたくさんの男と寝たわ。自分から進んで禁忌を犯すこと……それがわたしの、この町への復讐の方法だった」
 
 話し終えると、早紀はガソリンの残りを修平の全身に浴びせた。
 
 「っ! どういうつもりだよ!?」
 
 鼻腔につくガソリンの匂いに耐えながら、修平は抗議の声をあげた。頭部に受けたダメージはまだ残っているせいか、眩暈と吐き気がひどい。
 
 「どういうつもりもなにも……こうしてすべてを知られた以上、あなたにも死んでもらわないと」
 
 言って、早紀はどこからともなくライターを持ち出した。
 
 「やめろ……早紀さん」

 すると早紀は、僅かに口元を歪ませた。

 「早紀さんって……ずいぶん他人行儀ね。これが初対面っていうわけでもないのに」
 
 「――何?」
 
 「もう何度も会ってるじゃない? わたしたち……あなたが気付いていないだけでね」
 
 「え……?」

 そこで修平は、夢に出てくる真紀の姿をした女のことを思い出した――あれは夢魔などではなく、早紀だったというのか。
きっと真紀は生前、自分のことも早紀に話していたのだろう。二人がどういう関係あるのかも含めて、全部を。
そうだ――それなら、体に痣がなかったことも説明できる。
 
 「そうか……あれは、君が」
 
 ――突然、桐村が早紀の脚を掴んだ。早紀は態勢を崩し、転倒した。手にしたライターが転がる。
 唸り声をあげて、桐村は早紀の胸倉を掴んだ。彼女が逃れようと抵抗した拍子に、ブラウスの胸元が大きく裂け、ボタンが飛び散る。
 修平は必死の思いで桐村の背中に飛びついた。だが腕に力が入らず、すぐに振り払われてしまった。
 顔をあげると、早紀が腕を伸ばして、金槌を拾おうとしているのが見えた。
あと少しで手が届くというとき――桐村の右手が金槌を掴みあげた。
 
 「騙したな。よくもわたしを騙したな」
 
 金槌を眼前に掲げ、早紀の上に馬乗りになった桐村が、憎悪の声を漏らす。
 
 「わたしは今まで、何のために……」

 そんな桐村を、早紀は仰向けになり見上げている。
 
 「そう――いい気味ね」

 けらけらと、早紀は哄笑した。桐村の顔色がどす黒く変わる。
 
 「悪魔め」
 
 二度、三度――金槌が振るわれる。凶器が弧を描く度、新たな血が撒き散らされる。
やがて息を切らしながら、桐村は立った。早紀の返り血を大量に吸った衣服は、以前の柄がどんなものだったか、もうまるで分からない。
 
 「……?」
 
 桐村が修平の姿を認めた――そのときすでに、火の点いたライターは修平の手を離れていた。
 ライターが床に触れる直前に、修平は廊下の窓から外へと逃れていた。
 炎は瞬く間に家中を舐めつくしていく――木材が爆ぜ、窓硝子が砕ける音に紛れたため、桐村の断末魔は何も聞こえなかった。
 町民に見つからないうちに、修平は早足で炎に包まれる桐村の自宅から立ち去った。
 悪魔は確かにいる――誰の心の中にも、確かに存在している――そんなことを思いながら。
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