Ocean

リヒト

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Ocean 1

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夢を見ていた。


夜だ。

俺は、どこか知らない部屋の窓辺に立っている。

窓の外は澄み切った闇にまん丸の月が煌々と照っていて、影が出来るほど明るい。


月の光に誘われて出てみると、ひんやりとした夜風が身体を通り抜ける。

遠くに聞こえる、潮騒の音。


あー、気分いい。身体、軽い。

このままどこまでも飛んで行けそうだ。

あのお月さん目指して、高く飛んでみようかな。

今ならきっと行けるから……。


ふと誰かに呼び止められたような気がして、耳を澄ます。


《…… ヒロ …… 》


俺を愛称で呼ぶ声。


…… 誰?

誰でもいいけど、邪魔しないでくれよ。

せっかく解放されたんだ。

俺、今、飛んで行きたいんだよ———。


《…… ヒロ…… 会いたいよ、ヒロ……》


その声は、懐かしくて優しくて、あまりにも切実で……。


ドクン。

心臓が強く脈を打つ。


と、磁石がくっつく時みたいに急速に引っ張られる感じがして……、



気付いたら、どこかの家の風呂場の脱衣所に立ってた。

薄暗い蛍光灯の明かり。

近くを通り過ぎる消防車の夜警の鐘の音、近所の犬が吠えてる声に、一気に現実に引き戻される。


ここ、何っか見覚えあんなぁ。

…… あ。そっか。

菜花なのかん家だ。

子どもの頃、よく遊びに来たわ。


菜花と俺は、所謂いわゆる幼馴染ってやつだ。

同じ地区に住んでるから保育所から小中と一緒で、今も同じ高校に通っている。

俺は野球部で、菜花はソフトボール部。

元々地元のクラブチームで一緒に野球をやってたんだけど、中学には男子野球部しかなく、マネージャーではなくプレイヤーとしての活躍の場を求めた菜花は、女子部のあるソフトボールに転向したんだ。


保育所のときだったか、庭の菜園で遊んで二人共泥んこになって、菜花の母ちゃんにここで犬みたいに洗われた思い出がある。

小学生の頃にも友達みんなでかくれんぼしてて、まだ身体の小さかった俺は、脱衣所の洗濯機の脇——今俺が立っている、まさにこの場所だ——に隠れたことがあった。


そりゃそうと、何で?

何で俺、今、ここに?


思うと同時に下から誰かの背中が勢いよく起き上がってきて、顎に頭突きを食らいそうになり、おうっ⁈って仰け反る。

見慣れたポニーテールのうなじと、耳の形。

菜花だ。

たった今ソフト部の夜練から帰って来たとこなんだろう、洗濯機にポンポン放り込みながら練習着を脱いでいく。


ちょっ…… ま、待て待て?

俺ここに居んだけど⁈


焦って目を逸らした先に洗面台の三面鏡があって、ぷるんと揺れる谷間が見えてしまい、ドキッとする。


服着てるとあんま分かんねぇけど、菜花コイツ、結構あるんだな……。


いやいや目に入るとは言え黙って見てちゃいかんだろ、と視線を逸らすと、今度はハーフのトレパンごとスライディングパンツを脱いでいるお尻が目に飛び込んできて、ガン見してしまう。


こんな面積の小っちゃいパンツ穿いてんのか。

腰細いからケツがでっかく見える。

丸くてぷりんとして柔らかそうな…… 女の子のお尻、って感じ。

ってコレ、気付かれたらまず間違いなくぶっ殺されるな。


菜花から食らったことのある強烈なパンチを回想しながら、息を潜める。


やっぱり俺、まだ夢見てんだよな。

俺の夢ってことは俺の頭ん中にある世界なんだろうけど…… 菜花の生着替え覗いてる夢とか、どんな願望の反映だよ。

毎晩のルーティンは欠かしたことないから、そんな溜まってないと思うんだけど。


菜花がチラッと振り返り、ドキッとして一歩退がる。

けど、どうやらこいつには背後に立つ俺の姿は全く見えていないらしい。


俺からは自分の身体がしっかり見えてる。

特に透けてもなく、両足で地面に立ってるし、手も指先まで自由に動かせる。

着てるものがクラスマッチの時のクラスT(某ブランドのデザインを丸っとパクってアホみたいな改変を加えたものだ)と、クソダセぇ学校ジャージ、数ヶ月洗ってない体育館履きなこと以外は、全て納得がいく。

俺からは菜花が見えて、菜花からは俺が見えないって、夢とは言えつくづくご都合主義の設定だな。


脱いでる途中の下着姿で、俺の居るすぐ目の前、洗濯機の近くに置いてあった踏み台に腰掛け膝に肘をついて、試合に負けたボクサーみたいにがっくりと項垂れて溜め息を吐く、菜花。

グスン。

啜り上げる音。

ハァーとまた深く溜め息を吐くと、今脱いだアンダーシャツをくしゃくしゃにして洗濯機に入れ…… るかと思いきや、それを抱えて顔を埋める。


「…… ぅ…… っく…… っう…… !」


くぐもった苦しそうな声が聞こえて、こっちまで苦しくなる。


なんだおまえ、泣いてんのかよ…… 珍しいな。


ガキの頃、菜花は俺より背が高くて力も強かった。

曲がったことが嫌いで負けん気が強かったから、いざこざなんかしょっちゅうで、せっかく美人なのに顔や身体には生傷が耐えなかった。

男相手に取っ組み合いの喧嘩をすることなんかもあったから、俺はいつも仲裁に入ったり、なだめたり、巻き添え食らって殴られたり。

泣いたとこなんか見たこともない。

いや、…… 1回あったか。


『ヒロの嘘つき!…… 大っっっ嫌い‼︎』


理由は覚えていない。

嘘を吐いた覚えもないけど、多分俺が何か菜花を裏切るようなことを言ったかしちゃったか。

言葉とは裏腹にすげぇ悲しそうな顔で涙をこぼしてたのが、突き刺さってる。

…… あれ以来だな、菜花が泣いてんの見るの。


久しぶりにこんな間近で見ると、首とか肩とか細くて、背も俺より大分小さくなってて、やっぱ女の子なんだなぁ、って思う。

中学に上がるまでは、男子の間じゃ“怪力メスゴリラ”なんて恐れられてたけどな。

高校に入ってからはコース自体違うから、たまに廊下ですれ違ったり部活に行くときの姿を見かけたりする程度で、集団同士でのやりとりはあるにせよ2人で話をすることは無い。

あいつは看護師目指して入った医療系進学コースで、俺は野球推薦でその先の大学推薦をワンチャン狙って入ったスポーツ専門コース。

最近は、同じ方向の帰り道も一緒になることは無い。

お互い部活が忙しいこともあるけど…… 俺の方で避けてたから。


こいつはつい最近、サッカー部の基樹から告られた筈。

頼まれて友達伝てに手引きしたのは俺だから、確実だ。

菜花は美人でモテるから、中学の頃から何度か似たようなことがあった。

その度に何故か菜花を裏切っているような気持ちになり、顔を合わせるのが気まずくて、敢えて避けてたのを思い出す。

でも何となく、菜花が誰かと付き合うことはないような気がしてる。

高3のこの夏が終われば、部活は引退。

6年間やってきたソフトも、大学に進んだら勉強やら実習やらで忙しくなるから、やめるって聞いてる。

その前に、完全燃焼したい!って思ってる筈だから。

フラれるの分かってて友達紹介しちゃってる俺って、最低だなー。

基樹にはホント、悪いことをした……。


色んなこと思い出してる内に、ガタンと浴室のドアが開いて、閉まる音が。

菜花の裸を見ないで済んだことにホッとしたのも一瞬のことで、またググッと引き寄せられる感じがして、俺も浴室に入ってしまう。

夢だと思えばドアを擦り抜けてしまったことも納得いくけど…… 俺ってそこまでゲスだったか?

水音と共に肌色が目に飛び込んできて、慌てて手で目を塞ぐ。

うぅ…… 見ちゃいかん。

閉じた目を手で覆ってるってのに、何故か視覚情報が直接脳内に流れ込んでくるかのように見えしまう、目の前の状況。

視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、皮膚感覚…… 五感が全て冴え渡っていて、菜花の呼吸や身体から立ちのぼる甘い香り、俺にもかかっているシャワーの圧とか温度、跳ね返る飛沫までが鮮明に感じられる。


明晰夢ってやつなのかな?

にしても生々しい。

まぁいいや。夢ならいずれ覚めるだろうし、開き直って、今は楽しんどこ。


菜花がポニーテールを解く。

お湯に打たれて濡れた長い髪が、少し陽に焼けた頬に、細い肩に、真っ白な背中に、流れて張り付いていく。

柔らかそうな二の腕、動きに合わせてぽよんぽよん揺れてるおっぱいと、先っぽでツンと生意気に上を向いてる薄赤色の乳首。

キュッとくびれた細い腰と、ぷりっとした丸いお尻。

中学んときにはデン!って太ましい感じだった脚も、太腿はむっちりと、膝から下、足首にかけては細っそりと締まってて、身体全体が女らしい曲線を描いてる。


ヤバ。

こいつ、想像以上にエロい身体に育ってやがる。

…… なんて、やっぱり俺って最低にゲスい野郎だな。

シャワーを浴びながらまだ菜花が声を押し殺して泣いてるのが気になって心は痛むのに、それとは別に、さっきから股間が疼いてしょうがない。

だって無理だろこれ。

磁石かなんかで引き寄せられてるみたいに、菜花の身体から50cmと離れてないとこに居るんだぜ?

これで興奮すんなって方が無理ってもんだよ。


つーかおまえ、何をそんなに泣いてんだ?

基樹と何かあった?

誰にでも愛想いいからチャラく見えるけど、ほんとはすげぇ真面目でアツくて良いヤツだぞ。女に対してはどうか知んねぇけど……。

って、やっぱ俺、こんな大事な時期にって思いながらも断れなくて、悪いことしちゃったよな…… ごめん。

おまえなら強いから告られてもきっちり自分でカタ付けるだろうなんて、勝手に思ってたわ。


ハアッ!って短く深呼吸して気持ちの切り替えをつけたのか、菜花は忙しく活動し始める。

シャンプーした後髪に何か塗りたくって、何か違う種類のヤツで顔2回洗って、T字の4枚刃であちこちの毛を剃ったかと思うと身体を泡だらけにして隅々まで丁寧に洗って…… って、あれあれ?自分でおっぱい触っちゃって、ちょっと気持ち良くなってんのか?これ……。

固唾を呑んで見ていると、菜花はさっさとオナるのやめて身体を流し、忘れてたのか、ようやく頭洗い流してる。

…… どうなることかと思ったわ。俺が。


湯船に浸かってうとうとし始めた菜花。

どういう訳か背後から離れられない俺は、何故か今は練習着の上下を着たまま菜花を背中から抱く形になって、一緒に湯船に浸かってる。


おーい。

疲れてんのは分かるけどよ、風呂ん中で寝んなよ。溺れちゃうぞ。

つーか俺、もう限界。暴発しそう……。


俺の腕の中に菜花が居て、既にバキバキになってるモノがちょうど菜花のお尻の下にあるってのに、一切触れることがないっていうこの狂おしいほどのもどかしさ。

明晰夢って、確か自分で自由に設定や流れを変えたり出来るもんなんじゃなかったか?

この不自由さも、俺の意識の深層にあるものなんだろうか。

まあ、菜花にとっちゃ、俺が見えない触れないことが救いかな。

俺にとっては天国か地獄か…… いずれ極刑に近い拷問だ。


湯船の中、菜花がガクッとなる。


ほらほら危ねぇって。

もうあがって寝とけよ。


引っ張り上げてやろうとして、逆に引き摺られるようにして湯船からあがる。

目の前に、菜花のお尻。


アワワ、これじゃ菜花の大事なとこが丸見えだ。


見ちゃわないように菜花と背中合わせに立つ。


お、おう、これなら見えないわ。

最初からこうしときゃ良かったんだよな。


そろそろ着替え終わったかと思って振り向くと、鏡越し、真っ白で柔らかそうな二の腕を挙げて、アタマの天辺に髪を纏めている菜花が目に入る。

器用に動く指先に、後れ毛のかかる細いうなじに、ものすごく色気を感じて惹きつけられてしまう。


ヤベぇ。しゃぶりつきてぇ。

この…… 何つーの?肩がヒモになってる下着みたいな服と、腿がすっかり出ちゃってる丈の、男物のトランクスみてぇなヒラヒラした短パン。

裸よりそそられるわ。


それからしばらく、俺はいつまでも洗面台から離れない菜花を延々と眺めているハメに。

化粧水付けたりクリーム塗ったり、顎に出来たニキビが気になるのかしばらく鏡と睨めっこして、歯ブラシ口に突っ込んだまま、ふと思い付いたのか毛抜きで眉の下んとこの毛ぇ抜いて……。

つーかその長げぇ髪、乾かすのに何分掛かんだよ。

乾かしてからも髪に何か付けてるし。

んで、それ何?アイロン?

はぁ、みんなの憧れツヤツヤサラサラのストレートロングヘアは、そういう地道な努力の上に成り立ってんのね。


それにしても、女の子って毎日風呂入るのにこんな時間かかんの?

大変なんだなー。

俺は弟2人の3人兄弟だから、知らんかったわ。


しかし、こんだけ長い時間こんなに近くに居ても全く気付かれないって、やっぱ俺、この夢の中では実体の無い透明人間みたいなもんになっちゃってる設定なのかな?

とは言え、菜花からは全く知覚出来ないってのに、さっきは菜花の乳首オナ見ててじんわり勃ってくんのも感じてたし、限界までガチガチになって一触即発ってとこまで勃つ過程すらも、まるっきり普通に、普段通りの俺の感覚、っていうリアルさ。

これで菜花に気付かれないまま触れたら最高……なんて、またゲスいことを考えてる俺だけど、そこはさすがに良心が許さないようで全く触ることが出来ないから、俺の性根もまだまともだと思いたい。


割と気の長い俺が、さすがにもうそろそろいいスかねーって声掛けたくなるくらい飽き飽きしてきた頃、廊下から菜花の母ちゃんが夜食を食うかどうか聞いてる声がして、「んー、歯磨きしちゃったからいい」って返事と共にようやく風呂場から出られた。

台所に忍び込んだ菜花、案の定“まぁたそんな格好…… 女の子は身体冷やしちゃダメだって言ってるでしょ!”とか母ちゃんから小言を言われてる。

「だって暑っついんだもーん。…… おやすみっ」って言いながら、こっそり冷凍庫からアイスバーを1本抜き取って二階に駆け上がる。

あれ?おまえさっき夜食断ってたよな?

甘い物は別腹、ってか。

女子って矛盾多いよなー…… 虫歯んなっちゃうぞ?


二階の自分の部屋に上がると、アイス片手に速攻で勉強を始める菜花。

ミルク味のアイスバーを頬張る口元。

溶けてきたのを下から舐め上げる舌先。

想像を掻き立てられ、おぅふ…… と股間を震わせながら思う。


真面目だねー。俺と違って。

数IAかぁ。どれどれ…… 数学なら昔っから俺の方が得意だからな。漢字はあんまし読めねぇけど。


肩越しに手元を覗き込む。


なんだよ、そんなとこで悩んでんのかよ…… 大分前にやったとこだぞ?理系コースなのに、大丈夫かおまえ。

あ、そうそう…… いやそうじゃねぇから…… おま…… 公式ちゃんと覚えてっか?…… 何で。どうやったらそうなる。…… あーもう、


『そこ、“bが偶数の場合”だからな?』


と、菜花がビクッと肩をすくめ、夏だってのに寒そうにブルブルっと身震いしてる。

ほらな、エアコン掛かってんのにそんな肩とか脚とか出しちゃってアイスなんか食ってっから。

……じゃねぇのか。

俺か?寒気の源。


菜花の視線が、机の縁に掛けた俺の右手を見てるのがわかる。

続いて足元…… あ、俺めっちゃ親指の爪伸びてるわ。靴下の穴の原因これだよな…… とか思ってる内に、菜花がゆっくりと顔を上げ、振り向いて……、

いやこいつ肝据わってんなぁ。俺なら絶対見れねぇ。

だってホラー映画とかだと、見えるはずの無いものを見ちゃったヤツは、大抵やられるじゃん?

あ。

そういえばこいつ菜花だし。

もしかして、逆に俺がやられちゃうパティーン…… ??

夜中だし、逆上して騒がれても困るし、ここは出来るだけ驚かさないように、ナチュラルにだな、、、


『よぉ』


手を挙げて見せる。

ものすごくぎこちない。ちょっと恥ずかしいくらい。


「…………。」


菜花、振り返って俺を見上げたまま、微動だにしない。

でも…… そこまでびっくりしてないみたいなのは、なんなんだ?

え、まさか見えてない訳じゃないよな……?

菜花の目の前で、手を振って見せる。


『ハァイ』


我ながらバカっぽい。


「…… あんた、なんで……」


『?』


「なんで、は……⁈」


菜花の視線が下がる。


『は?』


「バカ!変態!あっち向け!」


恥ずかしそうにソッポ向かれて、自分の格好を見下ろして気付く。

あ。なんだよ俺、素っ裸じゃねぇか。

さっきまでユニフォーム着てたような……これも意識の深層にある俺の願望なのかな?

菜花に俺のを見せたい…… とか。

もう勃ってはいないけど、一応股間を押さえて背中を向ける。

つーかおまえ、この状況で真っ先にツッコむべきなの、そこ……?


「あ、あんた大丈夫なの?…… まさか……」


『何が?』


「何がって…… いやぁっ!こっち見んな!」


菜花が大急ぎでケータイを操作すると、ソッポ向いたまま肩越しに俺の前に突き出して何かの記事の画面を見せてくる。


〈試合中にバットが頭部を直撃の球児 意識戻らず〉


『…… 何んコレ?』


「あんたのことだよ‼︎」


『いや知らねぇし』


「じゃあ知れ今知れ!

もう…… あんたはどーしてそう……!」


菜花からガミガミ言われつつ、思い出していた。

そしてこれが夢じゃないってこと———自分の置かれてる状況を理解する。


あぁ、それじゃあ俺、あん時からずっと意識飛んでんだ。

つーことはだ。

…… 俺、今、死にかけてるってことか。


キャッチャーの俺は常に様々な危険に晒されてる。

ピッチャーからの投球、バッターの打ち損ねた打球、バックホームの送球や走り込んでくるランナーとのクロスプレー等々。

まさに注意一秒、怪我一生だ。

一瞬の気の緩みが怪我に繋がりかねないのは経験からも分かってんだけど、あん時は多分、集中し切れてなかった。

イマイチ寝不足だったし、それも菜花のことでモヤモヤしてたから…… って、まるっきり自業自得だよな。


相手チームのバッターは□□高校2年の右打ちで、この夏初めて出て来たヤツだった。

去年まではベンチにも入っておらず、中学までは全く無名だったか、…… □□ほどの野球の名門に入ってるからには、まさか高校から始めたってことはないだろうが、とにかく手元にデータが無い状況。

こいつ走れなそうだけど打ちそうだな、フォロースルーの後のバットの旋回半径クソデカくて危ねぇな、とは思ったんだ。

マウンドの上、同期のピッチャーの中村が投球フォームに入ると同時に、一塁でリード取ってたランナーが走り出すのが見えた。

二塁に居たヤツが三塁回って突っ込んで来るのも見えてたし、ヤツが打った後のバットが回って飛んでくるのも見えてた。

けど動けなかったのは、何より判断が遅かった…… ちゃんとアタマが回ってなかったからだ。

いつもの俺なら冷静沈着に、全てに対応出来てた自信がある。


ウチの◯◯高校と□□高校は、毎年どっちかが甲子園に出場してるくらい、実力の拮抗した強豪校同士。

俺ら3年にとっては最後になる夏の県代表の座を懸けた大事な試合に、扇の要がコンディション整え切れてなかっただなんて、恥だ、恥。

絶対的に俺が悪い。

さっきの記事だと、あの後試合には勝ってくれたみたいだけど…… みんなには恥ずかしくてとてもじゃないが顔向け出来ない。

俺にバット当てちゃったあいつも、大丈夫かな。

事故とは言え相当落ち込んでる筈だ。

折角公式戦に出られるようになったのに、俺のせいで思い切り振れなくなったりしてなきゃいいけど……。


『こんな細けぇ字、読む気になんねぇわ』


なーんて言いつつババッと読ましてもらったけど、こうやって一部始終が明文化されてるのを見ると、なんかもう反省と後悔の要素が多過ぎて。  

思い返すのも恥ずかし過ぎて、チームのみんなにも監督を始め関係者各位にも申し訳なさ過ぎて。

菜花の手前、強がって気のない感じで言ってみただけ。

だって、カッコ悪過ぎだろ俺……。


「なんでそんなのんびりしてられんのよ!」


『焦ってどうにかなんのかよ』


菜花はぐっ、と詰まった後で呆れたように溜め息を吐いて、


「…… もう。そういうとこ、ほんっと変わんないよね」


変わんない?

ヤバい状況でも開き直って通常運転なとこか?

うーん…… 良し悪しだとは思うけど、性格だからしょうがない。


久しぶりにまともに口きいたのに、昔と全然変わんない菜花との会話。

こんな救い難い状況にあっても、なんか嬉しい。


いつからだろう。

こんな風に2人きりで話すことがなくなったのは……。


6年生のときだったか。

いつものように仲間と草野球に誘いに来たら、菜花の母ちゃんが困ったように「お腹痛いんだって。また今度誘ってね」。

なんだよあいつ、腹壊してんのかよ。

どうせ食い過ぎだろって、後でからかってやろうと思ってた。

でも、教室で女子が集まってコソコソ生理の話をしてるのが耳に入ってきて、俺はピンときてしまった。

そういやあいつ、最近おっぱい膨らんできたような。

まだ下の毛の1本も生えてなかった俺は、何だか菜花が遠い存在になっちゃったように感じて、“まだ女と遊んでんのかよ”なんて言う他のヤツらの目もあって近付き難くなって……、

それからあんまり遊ばなくなっていったんだった。


中1のとき。

水泳の授業で、いつも別々だったのにたまたま男女が一緒になり、久しぶりに菜花の水着姿を見た。

すっかり女の身体になっててびっくりするのと同時に、菜花のおっぱい触ってみたいなー、お尻の形イイよなー、って思ってたら、チンコが起き上がっちゃって、宥めるのに一苦労したっけ。

時々菜花がジーッとこっち見てんの、もしかして俺がエッチなこと考えてんのバレてんじゃないか、軽蔑されてんじゃないかって意識したら、俺からは話し掛け辛くなってしまった。


初めて黒線の入ったエロマンガを読んだ日。

凌辱調教モノだったから、こんな嫌がってんのに無理矢理すんの、女の子カワイソウだなーって引きつつも、生々しい男女の交接の描写と徐々に調教されていく女の子の痴態にすっかり興奮した俺は、何故か真っ先に菜花のことを思い浮かべてた。

見たこともない菜花のアソコに自分の成長途中のチンコを突っ込んで菜花をイジメることを想像しながらしごいてたら、先っぽから白いドゥルドゥルしたもんが飛び散った。

それまでもイジってると気持ち良くなって、先っぽからヌルヌルしたのが出るなぁとは思ってたけど、白いのが出るときすげぇ気持ちいいってのを経験してからは、ソレにハマった。

その時から今に至るまで、何度も何度も、色んなシチュで菜花の身体を弄ぶことを想像して、オカズにしてきた。

想像とは言え、菜花に対してものすごく失礼で悪いことをしてる気になって……、まともに目を合わせることも出来なくなってしまった。


もしかして菜花、俺のこと好きなんじゃね?って思うこともあった。

クラスマッチでバスケやっててシュート決めたとき、視線を感じて見ると、菜花がこっち見て嬉しそうに笑って飛び跳ねてたり。

他の女子と喋ってるときに目が合うと、怒ったみたいにプィっ!って顔逸らされたり。

2月14日には、他の女子達と一緒に義理チョコだか友チョコだかを配ってくれた。

でもなぁ……、女子の集まってるとこであんだけ力一杯“ヒロだけは絶ぇっっっ対ナイから‼︎”とか言われるとなぁ。

…… やっぱ、俺だけは“ナイ”んだろうな。


菜花は早々に数IAを諦めた風で、窓際にあるベッドに入る。

そうだ、おまえも大会前だし、エースが体調崩しちゃ元も子もないからな。

無理しないで寝た方がいい。

こんな時間、俺ならとっくに夢も見ないで寝てるぞ。


なーんていうのは建前であって、これから起こるであろうことにワクワクドキドキ。

案の定、菜花から50cmと離れられない俺は、一緒に菜花のベッドに横にならざるを得ない。得ないんだ、俺の意志とは無関係に、必然的に。

右を下にして横向きになって寝る菜花の背後に添い寝する形になってしまい、怒られんだろうなー、こりゃ殴られても仕方ねぇなと覚悟してると、意外にも嫌がられず、静かな声で心配そうに話しかけてくる。


「ねぇ。どうすんの?これから」


『…… んー?

どうすっかなぁ。

まず俺、自分の身体がどこにあるのかも知らねぇし』


「あ、あたし、あんたの居る病院、知ってるよ!

明日、一緒に行こ?

一昨日も行ったけど、まだ集中治療室に居るからって会わせてもらえなかった。

でも今日から病室に移ったから、多分お見舞いOKだって。

チーちゃんのママ、あそこの看護師やってるからこっそり教えてもらったんだ。

病室はね、東棟の3階の端っこの個室で……」


そっか。

そんなに気にしてくれてたんだな。

それだけでも嬉しいよ。ありがと。

…… 俺、ほんと色々と酷でぇヤツだよな。


「…… ヒロ?」


『…………。』


言葉に詰まる。


「…… 寝たの?」


眠くはない。ってか、どんどん頭は冴えてきてる。

普段もこんなに色んなこと同時に考えられたらいいのに。


『…… 起きてるよ』


俺もだけど、ムスコもな。

さっきチラッと、このまま背面側位イケちゃうよなーとか思ったら、一回寝たのがまた起きちゃって。

でも俺、欲望は別にして考えれちゃう方だから安心しろよ。

どんなにスケベなこと考えてバッキバキになってても、ナニ食わぬ顔で紳士に振る舞えちゃう人間だから。


布団の上に流れてる菜花の髪、いい匂いがする。

剥き出しの細い肩。

こんなに近くで好きなだけ眺めていられるチャンス、二度と無いだろうな。


枕が無いから右肘を立てて枕にすると、向こうを向いて瞬きしてる菜花の横顔が見える。

俺に見られてることに気付いた菜花がチラッと振り返って、焦ったように顔のとこまで夏掛けを引っ張り上げる。


「…… なぁに?

寝れないんだけど」


でも、どっか行け!とか言わないのは、こいつなりに気ぃ使ってくれてんだろう。

…… 悪りぃな。邪魔しちゃって。


『なんだァ?

おまえ、もしかしてドキドキしちゃってんのかァ?俺相手にィ?』


わざと揶揄うように言ってみると、


「ないわ」


即答かい。

俺なんかもう、ずっとドキドキでバクバクでバキューン!しそうだよ。

こんなに傍にいて、見えてるし聞こえてるし匂いもするのに、触れないんだもんなー。


『あ、じゃあ子守唄でも歌ってやっか?

…… ♪ さぁ⤴︎っきま~での とぉ⤴︎りあ~めが♪』


「やめろ」


『…… ♪ わぁたぁしぃ くを~いぅを~しぃて~ぅいる くぁ~のぁし~うぃくぅ~るぁぅい』


「クッ…… クセ強過ぎでしょ!」


布団に顔を埋めてヒーヒー笑ってる菜花。


そうだ。おまえはそうやって笑ってろ。

しんみりしてんじゃねぇよ、俺ごときのためにさ。


『安心して寝ろよ。寝るまでは居てやっから』


俺が言うと、


「…… 余計寝れないよ」


って、菜花が溜め息を吐く。

そうは言いつつも、毎日色んなこと一生懸命頑張ってて、疲れてんだよな。

すぐに静かな寝息を立て始める。


無邪気なもんだ。

こんなに傍に居るのに安心して眠れるとか、俺のことはやっぱ“対象外”なんだなー。


菜花の寝姿。

自然に自分の股間に手が伸びてて、慌てて思い留まる。

おおっと、ナニしてんだ俺!

危ねぇ危ねぇ。

布団に入ると癖みたいなもんで、一発抜いてから寝るのが習慣になってるから、横になるとつい…… 危うく菜花のベッドで菜花をオカズにやらかしちゃうとこだった。

いくらなんでもそれは無い。

情状酌量の余地など全く無く、万死に値する。

つーか、実体無くても精液って出んのかな?

精子のユーレイとか聞いたこともねぇけど、あるなら、そこいら中が誰かの精子だらけになってる筈…… うえっ、キっショ……。

いやいや、くだらねぇこと考えてる場合じゃねぇだろ俺。

気持ち良くオナる為にも早いとこ自分の身体に戻らねぇと…… 、


って思って身体を起こしてみると、普通に起き上がることができた。

菜花が眠ったからかな?

磁石みたいに引き寄せられてたのが、嘘みたいに“外れた”感じがする。動ける。

さっきは菜花を安心させたくて適当なこと言ったけど、案外ほんとだった。


さて、これからどうすっかな。


菜花の寝顔を見ていると、後ろから×××して××して×××たところを×××××て××まくって…… とか、本当にロクなことが思い浮かばない。

あ、また勃ってきた。


…… とりあえず、家、帰ろ。


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