公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

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第20話『星降る戴冠の日』

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アルヴェルト王国、王都アルヴェルク。
朝の鐘が静かに鳴り、広場の石畳には市民と貴族たちの影が並んでいた。

今日、王国は次期国王の名を国民へと告げる。
そしてその隣には――未来の王妃が並び立つ。

“戴冠の日”。
それは、王位の正式継承ではなく、“未来を約束する日”。
だが、この一日をもって、国は大きく動く。


---

王宮前の広場には数百人の民が集まっていた。
その視線の先、白金の大理石でできた壇上に二人の姿があった。

一人は、王子リセル・ド・マルセリーヌ。
そしてもう一人は、淡い藤色のドレスに身を包んだ令嬢――
リアーナ・フォン・グランツレーヴ。

長い髪に風が揺れ、胸元には銀の星飾り。
それは、リセルの瞳と同じ色を反射していた。

「――皆の者、耳を傾けよ」

宰相リステラ公の重厚な声が場内を貫いた。

「本日、王弟ジークフリート殿下による継承辞退を受け、
次期国王として、リセル・ド・マルセリーヌ王子を正式指名する。
また、王妃候補として、リアーナ・フォン・グランツレーヴ嬢を、
王室名簿に登録することとする」

拍手と歓声が沸き起こり、鐘が鳴る。
空に花弁が舞い、民は希望の新時代を感じていた。

しかし、その静けさを裂くように、低い声が広場に響いた。

「……まるで、物語の挿絵のようだ。美しく、そして――どこか胡散臭い」

壇下から現れたのは、黒衣の青年。
漆黒の軍装に銀の刺繍、白い手袋をはめた長い指先。
鋭い灰色の瞳に、飄々とした微笑。

「北方エリューシア連邦より参りました。特命大使、カミル=エリューシアです」

民がざわめく中、カミルは一礼しながら続ける。

「祝賀の場に立ち会えたこと、心より光栄に存じます。
しかし我が国として、一つの懸念をお伝えする任も帯びております」

リセルが前へ出ようとしたが、リアーナが手を伸ばし、彼を制した。

「……ご懸念とは?」

「王妃候補、リアーナ嬢の件です」
カミルは朗々とした声で語った。

「我々は、この“婚約”が本当にアルヴェルト王国の未来に適したものか――
それを“再確認”する必要があると考えております」

周囲がどよめいた。
リアーナはわずかに表情を引き締め、落ち着いた声で返す。

「わたくしがこの国にふさわしいと、王と民が信じてくださるのであれば――
いかなる国の目であろうと、正面から受け止めましょう」

「頼もしいお言葉」

カミルはにやりと笑い、少しトーンを落とす。

「さすが、“悪役令嬢の忘れ形見”――」

その言葉に、空気が一瞬止まった。

リアーナは一拍置いてから、静かに言った。

「……その表現、どこで耳にされたのかしら?」

「記録と風評と、そして王宮で交わされた会話の数々です。
貴女の母君、クラリス・フォン・グランツレーヴ――
ラクリエル王国の名門令嬢にして、かつて外交名目でアルヴェルト王宮に滞在。
その在り方は、才気と毒舌に溢れ、宮廷内外に“悪役令嬢”としての名を轟かせました」

「母は、確かにその名に恥じない誇り高き人物ですわ。
ですが、“忘れ形見”と表現されるほど、“いなくなった”わけではありません」

「では、なぜ姿を見せぬ?」

「“必要な場面”にだけ姿を見せる――それが母です。
そして、これはわたくし自身の物語。母の陰に隠れるつもりはありません」

リアーナはまっすぐにカミルを見据える。

「わたくしは、“悪役令嬢の娘”ではなく、
“新しい王妃となる者”です。
過去ではなく未来を語る者として――この国に選ばれました」

ざわっ、と群衆が反応する。

カミルは目を細めて、ひと呼吸置いた。

「……では、それを拝見させていただきましょう。
我が国は、今後の動きを静観させていただきます」

そう言い残し、彼は踵を返し去っていった。


---

夜。
王宮の自室に戻ったリアーナは、一通の手紙を取り出した。

差出人は――クラリス。

> 「“忘れ形見”と呼ばれるのは、光栄でもあるわ。
それだけ私が強烈だった証。
でも、あなたはそこから“前へ進める”人。
毒を使うことに、ためらいはいらないわ。
母は、あなたの“毒の才能”をとても誇りに思っています」



リアーナは手紙を静かに畳み、窓の外を見上げた。

「忘れ形見、ですって?
じゃあ……忘れられない王妃になって差し上げますわ」

その言葉とともに、空には一筋の星が流れていた。
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