月が満ちる夜に、君をおもう

ユウ6109

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月が満ちる夜に、君をおもう

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第一章
蒼は、古い天文台の片隅にある工房で、天体望遠鏡の修理をしながら日々を過ごしていた。彼の人生は、星々の運行のように静かで、孤独なものだった。幼い頃から人付き合いが苦手で、他人との間に見えない壁を築いて生きてきた。唯一の安らぎは、夜空に輝く星たちを眺めること。遠く離れた宇宙の彼方に思いを馳せているときだけ、この狭い世界から解放されるような気がした。
そんな蒼の静かな日々に、突然、嵐のような出来事が起こった。工房の前に置かれた、古びた天体望遠鏡。それは、かつて蒼がまだ子供だった頃、父から譲り受けたものと酷似していた。その横に、満月のような丸い笑顔を持つ女性が立っていた。
「あの、この望遠鏡、直してもらえませんか?」
月子と名乗るその女性は、イベントプランナーを仕事にしているという。天体観測とは無縁の、賑やかで華やかな世界に生きる彼女に、蒼は戸惑いを隠せない。
「これは、もう古すぎて…」
蒼はそう言って、修理を断ろうとする。しかし、月子は引き下がらなかった。
「お願いします。これは、私の祖父が大切にしていたもので。どうしても、もう一度、星を見たいんです」
月子の真剣な眼差しに、蒼は仕方なく修理を引き受けることにした。
第二章
月子は、修理の進捗を尋ねる口実で、たびたび工房を訪れるようになった。最初は鬱陶しいと感じていた蒼も、彼女の屈託のない笑顔と、飾らない言葉に、少しずつ心を開いていく。
ある夜、修理の終わった望遠鏡を屋上で覗きながら、月子は語る。
「夜空って、寂しそうに見えるけど、本当は違うんだって。だって、星一つ一つに、誰かの願いが込められているんでしょ? 遠い遠い昔に、誰かが願ったことが、今も光になって届いている。それって、すごくロマンチックだと思わない?」
蒼は何も言えなかった。ただ、月子の言葉が胸の奥にじんわりと染み渡るのを感じていた。
「僕には、そんな風には見えなかった」
「じゃあ、これからそうやって見てみて。きっと、もっと綺麗に見えるから」
第三章
月子と過ごす日々は、蒼の世界を少しずつ変えていった。寡黙で孤独だった蒼は、月子の笑顔に触れるたびに、心に温かい光が灯るのを感じていた。
しかし、月子には余命わずかな秘密があった。病室のベッドの上で、窓の外の星空を見つめる月子の横顔は、蒼の心を締め付けた。
「ねえ、蒼くん。私ね、小さい頃、流星群を見たことがあるの。すごく、すごく綺麗だった」
彼女は、それが人生で一番美しい思い出だと語った。その思い出をもう一度見たい、それが彼女の最後の願いだった。
第四章
蒼は、月子の願いを叶えるため、流星群が最もよく見える場所を探した。街の明かりから遠く離れた山奥の天文台。そこが、二人にとっての最後の旅の目的地だった。
満天の星が降るような夜空の下、二人は並んで座った。流星が一つ、また一つと夜空を横切るたびに、月子は無邪気な子供のように歓声を上げた。
「見て! 蒼くん、流れ星!」
その横顔は、喜びと切なさが入り混じった、儚げな美しさだった。
「月子、お願い事、したのか?」
「うん。でも、秘密」
月子はそう言って、蒼に寄りかかった。
「ねえ、蒼くん。もし願いが叶うなら、私は、この時間が、ずっと続けばいいのになって思う」
蒼は、月子の願いを知っていた。だから、何も言わずに、ただその肩を抱き寄せた。
やがて、月子は静かに眠りについた。蒼は、夜空を見上げながら、心の中で強く願った。
どうか、この優しい光が、いつまでも彼女を照らし続けますように。
最終章
朝日が昇り、空が白み始める頃、月子は蒼の腕の中で、静かに息を引き取った。
蒼は、涙を流すことなく、ただ穏やかな顔で、その亡骸を抱きしめていた。
彼女が去った後も、夜空は変わらず星を瞬かせている。蒼は、もう二度と、星空を寂しいとは思わなかった。なぜなら、あの夜、月子の願いが、確かに星になって、彼の心に届いたことを知っているから。そして、いつか、月子が待つ星空へ旅立つ日まで、彼女の願いを胸に、生きていくことを誓った。
エピローグ
それから何年もの月日が流れた。蒼は、今も天文台の工房で、望遠鏡を修理している。夜になると、屋上に出て、星空を眺めるのが日課になった。
ある満月の夜、蒼は、月子と二人で見た流星群の夜を思い出していた。
「月子、お前は今、どこで星になっているんだ?」
そう呟いた蒼の頬を、一筋の光が流れていった。それは、流れ星だった。
蒼は、微笑んだ。そして、心の中で、静かに呟いた。
「ありがとう。月が満ちる夜に、君を思い出せるから」
遠い空の向こうで、月子が微笑んでいるような気がした。蒼は、その光を胸に、これからも生きていく。一人ではない、二人で見た夜空の光を、永遠に心に灯しながら。
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