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しおりを挟む朝、目覚めて出勤するまでのあいだ、俺はベッドの中の猫を幾度も覗き込む。すうすうと安らかな寝息が愛おしくて、それからほんのちょっと羨ましい。
玄関を出て鍵を掛けていると、ちょうど二軒隣の隠形さんも出て来た。隠形さんは同じ職場の一期先輩だ。
「百目鬼くん、おはよう」
「おはようございます。眠そうですね」
「時期的にうちの子達、恋の季節で鳴き声が酷いんだ。ケージに分けてはいるんだけど」
「去勢は可哀想ですもんねー」
「でも最近、どっちが可哀想なんだろうと真剣に悩み始めているんだ」
このマンションではペットは一頭飼いが基本だけど、隠形さんのようにこっそり多頭飼いの人も時々いる。みんな見て見ぬ振りだ。他人の家の事にあーだこーだ言うよりも、自分のペットを愛でてさえいれば幸せだから。
「隠形さんは来月が昇進テストなんですねー」
「うん。やっとだよ」
「俺もあと一年だし頑張らないと」
「百目鬼くんは真面目で優秀だから一発合格だよ。でも……僕の上司になっても本気であのマンションから出て行かないつもり?」
「隠形さんの上司にはならないし、マンションから出て行かないのも本気です」
各駅停車の電車に揺られながら、今日も同じ仕事の繰り返しだなーと少々うんざりする。俺たちはまだ下っ端。入社して三年後から年に一度の昇進試験を受けられて、合格するといろいろな面で優遇される。希望の部署への転属も可能だ。
かと言って(新人研修で一通りの部署は見て回ったけど)向き不向きは確かにあるし、個人的に他部署に魅力は感じていない。
ガタン!と電車が大きく揺れた。鉄橋だ。ここでは乗客の何人かが持ち物を落とす事がよくある。あーあー……結構な中身をぶちまけちゃった人まで。
「ちゃんと持っていないから」
「疲れてるんですよ。月末まで一週間もあるし」
「前職では二十五日が給料日だった」
「俺は二十五日締めの十日払いでした」
毎月十日、銀行口座に振り込まれた給料。今の職場は今どき珍しい手渡しだ。でもまあ、潰れる心配のない堅い職場だし残業もほぼないホワイト企業である事は間違いない。
俺は─────ここでの生活が思いのほか性に合っているんだと思う。転職自体に迷いはなかった。俺はただただ、猫との慎ましい生活を守れたら十分だから。
「今日も書類が山積みだ」
「寝てる間に凄いですねー」
「日がな一日分類するだけで暮れてしまう」
「でもうちの部署が滞る訳には行きませんし、頑張りましょう」
「百目鬼くんはそーゆー所がホントに真面目だ」
この山積み書類の仕分け作業が俺達の主な仕事。検印を捺して分別箱に収納し、封緘して次の部署へ上げるだけのごく単純作業。これを一日じゅう繰り返していると、やはり分類し損ねたりなんて事もある。ほら、あっちの馬頭さん、また課長に叱られてる。こんな事務作業が出来ないなら新人研修からやり直しだって。
新人研修の間は鰻の寝床のような寮に強制的に入寮させられる。当然ながらペット不可物件だ。給料も基本給だけになるから魚も玉子も買えなくなる可能性大だ。
狭い場所がどちらかと言うと好きな俺は寮は苦痛じゃなかったけど、風呂は個別に入りたいし、例えインスタントでも味噌汁があった方がいい。テレビも調理家電も共同じゃない方がいい。冷凍庫に入れるアイスに名前を書くのもイヤだ。
何より猫を路頭に迷わせる訳には行かないので、真面目に頑張る以外の選択肢はない。
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