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しおりを挟む昼休み。社食がある職場は大変に有り難い。猫には弁当を作るのに自分が社食なのも何だか妙だけど、猫がベランダ以外の屋外に出る事はないので仕方がないのだ。
「午前中、輸送部の橋さんが倒れちゃったって」
「え!」
「彼女あんまり丈夫じゃないのに物流局の中でもハードな部署選んじゃったから……」
「本社まで結構な距離ありますもんね……」
ハードな部署は手当も付くし査定が高いから昇進に有利だけど、その分負担は大きい。橋さん、食費を切り詰め貯金もして、昇進できたら『二丁目』に引っ越すんだってがむしゃらに頑張ってたから。無理が祟ったのかも知れない。
病棟へ救急搬送されたって話だけど、入院及び自宅療養間違いなしか……気の毒に。傷病手当金と高額治療費還付の申請用紙、病棟行きの社内便に入れておいてあげよう。
二丁目……二丁目かあ。俺達が暮らすこの街よりワンランク上の高級住宅地。うちの職場で言うなら主任以上はそこから通って来る人も多い。立派な一戸建てが好まれ、スーパーでさえもこの街とは品揃えが違う。通勤も特急の停車駅だから早いし、乗客全員が座れる程度に空いていて快適。
二丁目での生活は頑張り次第で手の届く現実的な夢だから、コツコツ努力してそこを目指す人は確かに多い。
そしてその更に隣にはもっと高級な、豪邸ばかり建ち並ぶ『三丁目』がある。そこに住むには実際のところ、ここに来てからの努力ではどうにもならない。由緒正しい、世が世なら殿か姫かみたいな人や、医者とか学者とか偉い人ばっかりが暮らしている別世界だ。
だけど─────二丁目と三丁目の境目にある『ドリームランド』はここで働く殆どみんなの憧れだ。娯楽と言えばテレビ、そして映画が主流のこの街で、そこは本当に夢の国。二丁目の住民は年間パスポートが買えるから……橋さんはそれを目標に頑張っていたんだ。
俺も以前は足繁く通ったものだけど、猫と暮らすようになってからは行かなくなった。行く必要がなくなった。俺には猫と一緒に見るテレビが最高の娯楽だ。
「あ!隠形さん、鼻が」
「え、出てる!?」
「ティッシュあります」
「ありがとう。でもグズグズするから医務室寄ってから部署に戻るよ」
「付き添いますよ」
「いいよいいよ。百目鬼くん、医務室苦手じゃない。じゃあまた後でね。お先!」
医務室……確かに苦手は苦手だけど。
洗面室で歯磨きしながら、鏡に映った自分の顔も血色が良くないなーと思う。ふとした時に腹や背中に違和感も出て来たし、凝ってるんだろう。マイペースを貫いているつもりなんだけどなー。やっぱりどこかに無理が出るんだなー。
年を気にする訳じゃないけど、出来れば容姿は若々しくありたいものだとも思う。少なくとも、猫に爪を立てられても耐えられる程度には。
ふふふ。昨夜も拳をぎゅーっと握りしめていた。本当は抱きつきたいのが見え隠れして可愛かった。本当に……可愛かった。
猫との生活さえ維持できれば大志は要らない。俺はいつまでもあのマンションで猫と安穏と平和に暮らしたい。それが最大のモチベーションだ。
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