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しおりを挟むここは一丁目。地獄の一丁目だ。
住人はみーんな所謂アンデッドとかゾンビとか言われる類。俺の場合はそれプラス小鬼(=班長職)ゆえにそこそこ頑丈だけど何せ口が体に百個付いている訳で。
百目鬼とはまあ、コードネームみたいなものだ。その名の通り目が百個のも耳が百個のも色々だけど、コレ系は全員『百目鬼』なのである。一丁目から三丁目に二十人ほど存在しているらしいけど、うちの部署及びこのマンションには俺だけだ。なので混同されずに済んでいる。
「にゃー……」
「ガブー」
閉じてはいるものの未だクチビルのフォルムが残る掌を顔に近づけると、猫はシャーッと逆毛を立てる。以前こいつに噛まれた事があるから警戒心が半端ない。
「ぅにゃっ!ぅうぅにゃっっ!」
「ごめんごめん。もうしない」
「にゃー!!」
「ほら、ちゃんと閉じてる。キスしても噛まないけど、する?」
「…………ニャ」
「イヤかーそうかー。じゃあこっちは?」
手を湯に中に沈めて自前の方の唇を尖らせると、猫はそろそろと寄って来て軽くちゅっとキスしてくれた。
「にゃお……」
「こんだけ濃いと粘膜も軟骨も崩れる気しないわー。平気」
概念的に下界より月が近いせいなのか何なのか、住民はみんな月の力を頼りに暮らしている。
満月から離れるごとに動きが鈍り、顔色は頗る悪く、押し並べて外的刺激に脆弱な性質もあって、集中力が欠けるとあっという間に鼻やら耳やら足やら手やらがボロボロ落ちてしまう。柔らかい粘膜系は日常的にグズグズな人も多い。
既に死んでるからもう一度死ぬ事はないけど、再生するまでに仕事が滞ると徳が積めない。給料が、貯金が減る。
『徳を積む』とはここでの労働を基本的に指し、うちの部署で言うなら毎日毎日新たな咎人の分類に明け暮れ、地獄の責苦への輸送をする物流局に書類を上げる作業を繰り返している。
ここで積んだ徳のレベルで試験なしで班長にまではなれるけど、やっぱりちゃんと主任になりたい。転属希望を出す気はないけど。
職先としては、花形である本社の管理局勤務がやはり一番人気だ。俺個人はいくらオートメーション化しているとは言え、苛烈な責苦を与えるお役目はイヤだなーと思う。顔の見えない書類の取り扱い専門、下っ端事務員さんが気楽で、正しく『性に合っている』んだろう。
ローション風呂、もとい、沐浴液に浸かっていると疲れが取れて集中力が戻って来る。歯を剥き出してガチャガチャしていた腹の口が皮膚の裂け目になってやがてぴたっと閉じた線になる。まるで無数の蚯蚓腫れ。背中も一緒だろう。こいつら閉じてないと直ぐに舐めたり噛んだりするからなー。動き出すと痒いし。
イレギュラーの発生で口を開けてしまったけど、普段はちゃんとコントロール出来る。その為の『徳』でもある。徳を積むと癒しアイテムの沐浴液が濃くなるのも非常に有り難い。冷めるとただの水だし、そもそも個人に付与された特典アイテムは他者に何ら効果を発揮しないので分けてあげられないのが不便だ。徳は自分で積むしかないと言わんばかりにシビアだ。
テキパキ効率良く働くほか、人助けやら落し物を拾ってあげたり、或いは救急への通報などで徳が稼げる。盗みを働いたり共食いしちゃったりするとトガビトとして身包み剥がれて本社送りなのもあってか、住民は善良な人ばかりだ。
ここは捉えようによってはポイント制のゲーム世界。イージーモードかハードモードかは何処を目指すかにも拠るんだろう。
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