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しおりを挟む隠形さんの落とした右手首はそろそろくっついただろうか。鼻梁も空洞が見え隠れしてたからなー。でもまあ、あの人も善良で勤勉な小鬼だから電車の中の人みたいな事にはならないで済んだんだろう。
橋さんも早く復帰出来るといいけど、復帰しても八課は下界で言う凶悪犯罪者ばかりで本社までの道程を大人しく歩いてくれない。どこをどう考えても自業自得なのに、八つ当たりで担当者に襲いかかったりする凶暴なのも居るから本当に気が抜けないんだ。物流局の中でも鼻摘み的な部署に身を置いてでも、一足飛びに二丁目に移りたい気持ちは解るけど………
屍ゆえにメンテナンスを怠ると、月の力が弱まるタイミングで見事にガタが来るから、大多数のみんなが目指す三丁目の輪廻転生までの道が結局遠のく事になる。そこを目指す人にとってはさぞ辛かろうと思うと切ない。
「にゃー……」
「お腹空いた?今日はスーパーに寄れなかったから、猫まんまとカニかましかない……ごめんな」
「にゃお、にゃお」
「俺はいいの。本当は食べなくてもいいくらいだし」
「にゃにゃにゃっ」
「うんうん、だから毎晩一緒に食べてるだろ。今日は俺も猫まんまにしよっかなー。猫が居てくれたら貧相な晩飯でもご馳走だー」
「にゃ───♪」
猫には熱いだろうけど、いい湯加減だー……痒みもすっかり治まったかも。百個もある口に気ままにされるのは忌々しいけど、あと一年の我慢だ。昇進できたら俺の名前は何になるんだろう。名前だけなら別に百目鬼のままでも構わないけど。慣れたし。
俺を本当の名前で呼んでくれるのはこの愛しい猫だけでいい。
「にゃー………」
「もう怖くない?」
「にゃー………」
「直生《なお》って呼んで?」
「にゃおん……」
「な・お」
「にゃ……ぉん……」
涙をいっぱい溜めた瞳から逃れるように、とぷん、と頭の天辺まで浴槽に浸かる。高熱を出した時と同じくらいの温度の沐浴液に漂っていると、猫が水面の向こうから覗き込んでいる。
待ってな。
もうちょっと……もうちょっと……もうちょっと。猫の声が聞けるまでもうちょっと。
俺は、猫の為なら自分が鬼だってゾンビだって構わない。
猫の為に三丁目から一丁目へ降格したって屁でもない。
猫がここに居るんだ。ベルトコンベアに乗る必要がそもそもない。
猫の居ない世界に生まれ変わるより、地獄の一丁目で猫とふたり、ただ寄り添うだけの道を俺は選んだ。
後悔なんて1ミリもないし、寧ろそれこそが幸せだ。
生きていた頃よりずっとずっと明確な、俺のたったひとつのモチベーションだ。
だから猫。どうか自分を責めて泣かないで。
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