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しおりを挟む翌日、駅で会った隠形さんはいつも通りの柔和な笑顔だった。鼻も右腕も元通りのようだし何よりだ。だけど鉄橋に差し掛かると、またそこここで落し物をする人が出る。朝だと言うのに崩れた人も居るらしく、駅に着く度、線路の脇に救急車の赤色灯が回っているのが目に入った。
俺の掌は手相に紛れるように線になった口があるけど裂けてはいない。作業に支障はない。気を抜くと書類をべちゃべちゃにされたり咬み千切られかねないから注意しないと。
「大丈夫、百目鬼くんは優秀だもの。僕はきみとご近所さんで本当に助かった。お世話になったね。有り難う」
「困った時はお互い様です」
「月が満ちるまでもう少し……」
「今月は残業手当がいっぱい付きますね」
「でもスーパーで中トロに出会えるラッキーはそうそうない。うちの子達にも食べさせてあげたいものだよ」
「やっぱり隠形さんは善良な住民だ」
ふふっと笑うと、隠形さんは恥ずかしそうに眉尻を下げた。
みんなそれぞれに生活を営んでいる。ゾンビ生活も悪いものじゃない。手足がもげても痛い訳じゃないし、グズグズは鬱陶しいけど呼吸がないからくしゃみも出ない。いや、そんなもの出たら一発で顔始めあちこち崩れる人が多数出るな。医務局が大忙しになる。
取り敢えず痛みと無縁なのはいい事だ。痒みも無縁にしてくれたらもっと良かった。
「僕はペット達の寝息を聞くだけで癒しを貰えるから、せめて美味しいご飯を食べさせてあげたいんだ」
「物凄ーく共感します」
「共感って素敵な言葉だ」
この世界では脈があるもの、呼吸があるものへの憧れは果てしない。だからみんなペットを飼う。ひとりぼっちは……どうやっても辛いから、ペットを愛でて寂しさを紛らわせる。
隠形さんは俺と同じでベルトコンベアにさした興味がない人。ドリームランドに行った話も聞いた事がない。これは飽くまで想像だけど下界にいい思い出がなく、悲しむ人ももう居ないのかも知れない。
それでもそれぞれに─────俺達は日常を営む。
黙々と書類に目を通し、検印を捺して分類箱に仕分けしてゆく。今日も……六課行きの『自殺者』が多い。彼等は待機期間も情状酌量の余地もなく、早々に本社へと輸送される。模範囚として業を解かし、抜け出せる人もいるようだけど、ベルトコンベアには決して乗れない。この一丁目から先には辿り着けないのが決まりだ。例外はない。痛みからは解放されても、一般ゾンビとして終わらない労働に明け暮れるだけ。
ただ………『誰か』に対価を支払って貰って『ペット』になる道もあるにはある。
稀ではあるけどまるきり存在しない訳じゃない。
猫のように。
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