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しおりを挟む鍾馗先生はそんな俺を「健気だ!」「尊い!」と言って、きっとリクガメとして猫の元へ送ってくれるよう転生局に掛け合うと約束してくれた。偉い人のお墨付きが貰えるのも下界で他者の命を救った尊い行いの特典らしい。気恥ずかしくはあったけど、決して悪い気分じゃなかった。
先生と取り組むボランティア活動も充実していた。
「きみは生活が保障されているから無給で申し訳ないけど、職業として医師も歯科医師も需要が非常に高くてね。下界でより生き甲斐を感じると言って転生を辞退し、住み着いた者も多い」
「お爺ちゃん先生ばかり?」
「そうとも言う」
一丁目の一般ゾンビさん達は善良で控えめな人が多かった。だけどここでは歯科医より外科医、整形外科医の方が活躍出来る。落ちた鼻や耳を膏薬で埋めてあげたり手足はヘンテコな向きにならないように整えて繋げてあげたり、見事な手際だ。
そんな中、俺は助手として包帯を巻いたり、骨が脆くなっている人向けに沐浴液に混ぜるカルシウムとビタミン剤の処方箋をせっせと書いた。役に立てる事があって良かった。
二丁目では明るく活動的な人が多かった。ここでは随分と歓迎された。住民の皆さん、体が丈夫になって一番最初に美食を堪能するらしく、弱い粘膜ゆえに抜けてしまった歯を補うインプラント治療、ついでに歯列矯正が流行っていた。歯科医は確かに需要が高そうだった。
待機期間のうち実に四十八日間、俺は先生の傍でボランティアに明け暮れた。誰かの役に立って前向きに地獄生活を送る。それは願ってもない事だった。一日の終わりには川のほとりに座り、覗き込む事はなくとも猫の幸せを祈った。ただ祈った。
そして四十九日目。
「ここに居るのは最後だから覗いてみます」
「いいのかい?」
「まかり間違っても他の人のもとに転生する事がないように、彼の顔を記憶に刻みつけておきたいんです」
初めて覗き込んだ穏やかで澄んだ川面。そこに映ったのはやはり猫だった。親でもなく兄弟でもなく、俺が一番会いたい人は猫。俺はギリシャ神話のナルキッソスのように川辺に寝そべり、映し出された猫だけを眺めて最後の一日を過ごした。もうすぐ猫に会える。カメだけど会える。猫の隣に戻るから、どうか泣かないで。ちゃんとご飯を食べて。
待っていて。猫、もうすぐだから待っていて。
「ああ!!いけない駄目だ!」
唐突な鍾馗先生の叫び声と共に、猫は二人で吟味して買ったマンション、その高層階から飛び降りた。
ぽちゃん、と降った雫が轍になって広がって─────猫の姿は水面から消えた。
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