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しおりを挟む石のようにその場から動けないまま、どれ程の時が過ぎたのか。
俺はベルトコンベアに乗らなかった。乗れなかった。乗る必要なんてなかった。
念願通り生まれ変わっても、会いたい猫はもう居ない。下界の何処にも猫は居ない。
「鍾馗先生……今、猫は何処に……」
「一丁目の審問局だが彼の処遇はひとつだからね。流れは早い」
「六課では重犯罪者と変わらない責苦が課せられると聞きました……」
「そう。大量殺人、強姦殺人、強盗殺人、放火殺人……利己的に理不尽に他者を屠るのと同等に、自らを屠る行為は罪深い。例外なくベルトコンベアには乗れない」
下界で生きづらさを抱えていた猫。
俺の傍でなら笑える、楽に息が出来ると言ってくれた猫。
『愛してる』と何度も繰り返し、ひとりにしないでと縋ってくれた猫。
俺に温もりと優しさを惜しみなく与え、生きる希望だった猫が─────
「彼が命を絶ったのは僕のせいです。彼をひとりぼっちにしてしまった僕が悪いんです。どうか僕も六課へ連行してください」
猫にひとりきりで地獄の責苦を味わわせるくらいなら俺にも同じ苦しみを。
猫を幸せに出来なかった、そして罪深い業を背負わせてしまった俺こそが、責苦を味わう咎人であるべきなんだ。例えどんなに苦しくても、永劫の地獄の炎に炙られ続けても、猫と同じ世界に行けるなら俺は幸せだ。間違いなく幸せだ。
鍾馗先生は眉根に力を寄せて押し黙り、重い沈黙が流れた。
が、ふと顔を挙げた拍子に目を見開き、俺の頭上を凝視し続けた。
「どうかされましたか」
「蓮………」
「はい?」
その途端、頭上で『ポン!』と鼓を叩いたような音がして、とても甘やかな匂いが広がった。
「徳を具現化出来るなんて……実際に見たのは初めてだ。いや、これは凄い」
「え、え、」
「摘んでも?」
「え?ええ、何でもお好きに……」
鍾馗先生は俺の頭上に両手を伸ばし掬うような仕草をして、やがてそれを捧げ持ちながら互いの目線にまで下ろした。先生の両掌の中には、淡く美しい薄緑色の蓮が花弁を広げて浮かび、高級メロンに似た芳醇な香りを放ちながら水平にゆったりと自転している。
(俺の脳裏に盆飾りが過ぎった事は言うまでもない)
「これは環境局の八瀬博士にお見せしなければ。翡翠色か……自己犠牲と慈愛の結晶だ。きみの心根の美しさは賞賛に値する。救い出してくれなら兎も角、自らも共に六課行きを希望するとは全く。この蓮を見れば博士も全て察してくださる。僕との連名で審問局に待ったを掛けられるかも知れない」
「そんな事が出来るんですか!」
「割と知られている筈なんだが、ここは下界よりよっぽど融通が利く世界なんだよ?地獄の沙汰も金次第と言うだろう」
「あー!」
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