災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第四章

「もうなにも忘れたくない」

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冷ややかな雲の中を、カイはシェルティに固く抱きかかえられ、落ちていく。
「シェル」
「……なんだい」
「離してくれ」
「嫌だ」
「おれ、もう、無理だ」
「……」
「耐えられない」
「……どうしても?」
「ごめん。助けてもらったのに。でもおれ、やっぱ、無理だよ」
「カイ……」
「ラウラの身体で生きていくなんて、むりだ」
「……それなら、君の目をくり抜くよ」
シェルティは濃霧のような雲海の中で目を凝らす。
視界は閉じていた。
目の前の相手以外なにも見えない、深い白色だけの世界だ。
「目を閉じても声がある」
「それなら喉を潰そう」
「……おれ手はこんなに小さくない」
「手足を切り落とすよ」
「なにが残るんだよ、それ」
「それならもう一度記憶を消すよ」
「だめだ」
「大丈夫だよ。今度もきっと、うまくやるから」
「おれはもうシェルのこと忘れたくないよ」
「カイ……」
「もうなにも忘れたくないんだ。もうお前たちを苦しませたくないんだ」
「ぼくにとって一番の苦しみはきみを失うことだ」
二人は、雲海を抜けた。
オーガンジーが風を受け、大きく膨らむ。
「あ……――――」
カイは眼下に広がる光景に、目を見張った。

雲海の下には、荒廃し、捨て置かれた都市が広がっていた。
二人は東都の上空にいた。
災嵐後、人びとは荒廃した地方都市を捨て、朝廷のあった中央都市に身を寄せた。
そのため東西南北の各都市は、六年たったいまでも、すべて被災したまま形で捨て置かれていた。
カイの耳に、かつて浴びせられた罵声が、蘇る。

母を返せ
父を返せ。
子を返せ。
友を返せ。
裏切り者。
なぜ救ってくれなかった?
力があったのに。
お前はそのためにここにきたんじゃかったのか?
信じていたのに。
お前のせいだ。

みんな、お前のせいで死んだんだ!

カイの目に、都市を未だ埋め尽くす瓦礫が、人の顔のように映る。
苦悶に歪むその顔の中には、見知った者が多くあった。
まだカーリーの身体に馴染んでいなかったころ、介助に付いてくれた、生真面目な医者。
シェルティとの密会に便宜を図ってくれた、無口な渡し舟の船頭。
丙級の仲間たちとよく利用した屋台の気のいい店主。
ラウラの記憶で見た、名前も知らないたくさんの人たち。
死ぬべき人間なんてひとりもいなかったと、カイは思った。
(みんなまだ途中だった)
(まだ、人生は続くはずだった)
(おれが、ちゃんと、縮地を発動していれば……)
瓦礫の中には、ラプソの女たちもいた。
学舎の子どもたちも、丙級の仲間たちも。
ベルナールとバーナードも。
ヤクートも。
ノヴァも。
シェルティも。
アフィーも。
レオンも。
カーリーと、ラウラさえも、瓦礫に紛れていた。
みんな死んでいた。
(おれが殺した)
自責の念が生んだ幻から、カイは逃れることができなくなる。
(みんなおれのせいで死んだんだ)
(おれのせいで人生がめちゃくちゃになったんだ)
(おれのせいで、この世界は……)
カイはシェルティによってその身を風から守られている。
アフィーのオーガンジーによって、ゆるやかに落下している。
けれどカイの身体は悪寒に震えていた。
階段を踏み外したような血の気の引く浮遊感に耐えず見舞われていた。
「シェル。……どうしても、離してくれないのか」
カイの言葉にシェルティは答えなかった。
けれどカイを抱く腕にこめる力は強くなった。
「……じゃあおれと一緒に死んでくれ」
カイはそれまでだらりと垂らしていた腕を、シェルティの背に回した。
「それなら、おれもお前も、もう苦しくないだろ」
シェルティは腕の力を緩めて、カイと目を合わせた。
「……そうだね」
シェルティは微笑んだ。
悲しみと幸福を同時に讃えた、痛々しい笑みだった。
「はじめから、こうするべきだった」
シェルティは再びカイを固く抱いた。
同時に、それまで自身とカイを包むように広げていた霊力の膜を解いた。
二人は、上空三千メートルの強風に晒される。
風の音が耳を叩き、身体はみるみるうちに冷えていく。
カイはありったけの霊力をオーガンジーに送り込んだ。
二人の肩に巻き付き、膨らみ、自由落下を防いでいたオーガンジーの落下傘は、花弁が舞うように散っていった。
細切れになったオーガンジーはもとの形に戻ることなく、上空を舞う。
オーガンジーの花吹雪の中を、カイとシェルティは落ちていく。
二人を止めるものは、なにもない。
二人は重力のままに落ちていく。
風に流され、東都から山一つ隔てた先にある深い渓谷へ。
底が見えるほど透明な渓流へ、真っ逆さまに、落ちていく。
(ごめん、シェル)
カイはシェルティを固く抱きしめ、目をつぶった。
(ごめん、みんな)
カイは目を固く結ぶ。
固く抱き合ったまま、二人は水面に叩きつけられる。
弾丸のような勢いで、二人は沈んでいく。

深く冷たい、水底へと。
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