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第1章

10 足の着いたおばけ

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文化祭当日は保護者を含めて他校からの来客もあり、多くの人だかりができた。
美空と風馬は午前中、自分たちのクラスのでの当番を終えて2階で2年生全員が行うお化け屋敷に向かった。
文化祭メインの催し物なだけあって行列ができていた。
「混んでるな」
風馬が中央階段の1階までできていた行列を見て言う。
「うん」
「出直すか?」
「そうだね、先にご飯食べよう?」
美空が風馬とその場を後にしようとしたとき、
「うしろー」
と後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。
美空の心臓がドクンと跳ね上がった。
恐る恐る振り返って、睦の姿が目に入ったのと同時に睦に抱きしめられる美空。
「お化け屋敷入るの~?」
と睦はぎゅうっと美空に顔を押し付けてくる。
あああああっ、やばい!!!帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい…!!!
急激に体温が上昇。
睦は1,2、3と体を離して挨拶程度のハグを済ませる。
昇天しかけた美空、高熱の鉄に水がかかった後みたいに体が冷めていきはなんとか一命をとりとめる。
睦の後に付いて、同じクラスの先輩方2人もやってきた。
「あれ、前川さん、お化け屋敷やらないんですか?」
横で一連の流れを見ていた風馬、睦は風馬の方を見る。
「うん。当番は明日。今日は見て回る。…えっと、」
「仲村です」
「あっそうだ、なかむら。お化け屋敷はいるの?」
「はい。でも混んでるんで、出直そうかと」
睦と一緒にいた先輩が、
「いつでも混んでるから、並んどいたほうがいいよ」
「うん。去年もこんなだったし」
と言う。
「へえ、じゃあ並んどくか。美空」
風馬が見ると美空は顔を赤らめて下を俯いていた。風馬の視線に気づいて慌てて答える美空。
「あっ、うん、そうだね、、そうだ…」
列は思っていたよりも早く無くなり、睦と美空と風馬の3人で入ることになった。2階の2年生教室をすべて使って行われるお化け屋敷。教室の中は光一つ通さない真っ暗な空間になっており、支給された懐中電灯を風馬は先頭に立って照らしてその後ろを残りの二人がついて歩いて行く。段ボールで仕切られた細い道を歩いていく風馬と美空と睦。
「もう前川さん、そんなにビビらないでくださいよ」
身を屈めて辺りをしきりに見まわしながら歩く睦。
突然仕切りの壁からドン!と物音が、
「あ゛あ゛ああああーっ!!」
飛び跳ねて驚いた睦は美空に抱き着く。睦の息が自分の鼻先にかかって美空の心臓が爆上がりする。
もう、もうもうもうもう!!
「もう!なんなんだよ!!」
美空は睦の顔を手で押し離そうともがく。
「やだ!怖い!」しぶとくしがみつく睦。
「寄るな!!離せもう!!なんで来たんだよここに!!」
その場でもがきしがみつく美空と睦。
呆れた顔で2人を見てため息をつく風馬。頭を掻いて
「いちゃつくんじゃねーよ、腹立つな」
風馬は「先に行くぞ」と二人を置いて先に進んでいく。風馬が一人、道なりに進んでいくと砂嵐が流れたままのブラウン管テレビが置かれた場所にやってきた。何か起こるのかと風馬はじっと見つめる。背中から足音が聞こえて、やっと二人が来たかと風馬は振り返った…。
…。
もがいた末、美空の腕にしがみついて歩くことになった睦。睦の手は大きくて暖かい。なんて思ってる場合じゃない早くここから出ようと、美空は睦を引きずるように速足で歩く。道なりに進むと砂嵐が流れたままのブラウン管テレビの前に来た。
きょろきょろと見渡す睦。
「あれ?田中くんは?」
「仲村ですってば、わざとですか!もう…」
少し広いスペースだからてっきりここで待ってくれているのかと思いきや、テレビの前に懐中電灯があるだけで風馬の姿は無い。
「…風馬先に行っちゃったじゃないですか、」
「ごめん…、」
しゅんとした顔をする睦。そんな彼の顔もきれいで何とも言えなくなる美空。
仕方なしにため息をついて、
「…、早くいきましょう」
その後も美空が睦を引っ張る形でお化け屋敷を進んでいく。時々睦が驚いて自分の腕を握りなおして来るから、そのたびに心臓が飛び出そうになる美空。
「先輩、力強い、」
「あっ、ごめん、」
自分の腕の感触から睦が少し手の力を緩めたのがわかった。
「でも怖いから、もうちょっとだけ」
「はい、」
美空の腕をにぎにぎする睦。
「…うしろって腕細いね」
「先輩は運動していたから…。比べたら、そうですけど、」
「うしろって可愛いよね」
ムカッと来た美空は立ち止まって睦の方を見る。
「目まんまる」
薄暗い中で睦の微笑む顔が見えた美空。きれいな顔。暗闇の中でもかっこいいのかこの人は。美空はさらにむかついた。
「風馬も時々言うんですけど、それ、あんまり好きじゃないです、」
「誉めてるのにー」
「いやです、」口を尖らせる美空。それを見て睦はウへへと笑う。
「ほら、やっぱかわいい」
ペットか俺は。美空は顔を反らして再び歩き始める。
「なんだよ、もう…!」
「うしろ、女の子だったらモテモテだね。俺好きかも」
好きという言葉、睦から出た好きという言葉。美空の耳元について離れない。
体が破裂しそう、お腹が熱い、わけわかんない。
「うっさいっ、行くぞ」
きっと本気では言っていない、と美空は聞き流した。
教室の入口に張り紙がされていた。内容を読むとどうやら最後のゾーンみたいだ。手は出さないでくださいと注意書きがされている。張り紙を読んでいた美空の後ろから顔を伸ばして張り紙を見る睦、目と鼻の先に睦の端正な顔がある。
「何か出るのかな?」
「…とにかくさっさと行きましょう」
教室のドアを開くとこれまでと同様に真っ暗だが、仕切りは特になく教室全体にダンボールで作られた十字架がいくつもあった。
美空と睦はゆっくり歩いて行き、教室の真ん中に来た。十字架の前には盛り上がった黒い布が何個もあった。
「何もないのかな、」
安心する睦。
いや、明らかになんかあるだろ、と逆に呆れる美空。
睦が安心していたのもつかの間、盛り上がっていた所から何かが起き上がってきた。
「ぎょえーーーっ!!!!!」
驚いて美空から離れて走り回って逃げる睦。
起き上がって近づいてきたのはゾンビメイクをした生徒達だった。彼らは演技をしながらうまい具合に美空と睦を出口に導いて行こうとするが、パニック状態の睦は「来るなあー」と叫び逃げ回る。その姿が滑稽で怖がりたくても怖がれないと美空は冷静に先に出口に向かおうとすると、腕を誰かに掴まれた。
びっくりして振り返り、懐中電灯を照らす。そこには血まみれのゾンビメイクをした風馬がいた。
「かっ!風馬!?」
予想外の出来事に拍子抜けする美空。風馬はにっと笑い、
「よっ」と陽気に声を掛けて続けて何か話そうと口を開こうとした、
その時、
「うしろ危なーい!!」
叫びながら走ってきた睦、奪い返すように風馬に掴まれていた美空の腕をつかみ、
「逃げるぞ!」
引っ張り、2人でそのまま出口から飛び出した。
目の前がまぶしい。
出てすぐ目の前の廊下の壁に寄りかかってすぐに美空の腕を両手で包んで、
「うしろ大丈夫?噛まれてない?!」
安否を確認する睦。あわあわとまだパニック状態の睦を落ち着かせる美空。
「大丈夫、先輩大丈夫、大丈夫ですって、本物じゃないから、」
そう言うと睦は徐々に冷静に戻していく。
まさか、本物だと思っていたのか、
「あっ。…そっか、ごめん、忘れてた、必死で」
「はあー、よかった」と睦は実際に手を自分の胸の前に置いて撫でおろす。
未だ美空の腕を握り閉めていた睦。
「先輩、痛い、」
「あっ、ごめん、」
睦は手を離す。掴まれた腕は赤く跡がついていた。
「みーう」
出口から顔に血のメイクをした風馬が出てきた。
「風馬、なにそれ」
「3人だと1人はゾンビ役になれるんだって」
「どこでいなくなったの」
「テレビんとこ。係りの人に案内された。結構よくない?このメイク」
風馬は自分の顔を指さして美空に見せる。美空は初めて見る血糊、顔に伝っていくどろっとした感じがリアルでちょっとゾッとしてしまう。
それから、先輩2人も出口から飛びだしてきた。二人は睦の所に行って興奮気味で怖かったと感想を言い合った。
その後、睦と先輩2人はご飯を食べに行くことに。
美空と風馬は他の教室を回ることにした。
「またね、うしろ」
「はい」
美空が返事を返すと睦は笑顔で立ち去った。
美空はじんわりと痛みが残る自分の腕に目を向けた。
「美空、腕大丈夫か?」
風馬が跡のついた美空の腕を見る。
「ごめんな。さっき強く握り過ぎたよな、」
謝る風馬。
「…ううん、風馬じゃない。大丈夫だよ」
美空はそう言うと、赤く跡のついた自分の腕を大切にしまい込むようにそっと手を被せた。
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