19 / 243
2巻
2-3
しおりを挟む
「ハハハ、ニックさんもミーツさんも面白いですね。さあ、完全に暗くなる前に宿に向かいましょう」
商人に促されて後をついていくと、今日助けた女性のうちの一人がやってきて、自分の両親が経営している宿に泊まってほしいと言ってきた。
ここはあまり広い村ではないが、宿は全部で三つある。次の村や街までかなり距離があるため、冒険者や旅人はこの村に泊まることが多いそうだ。
女性は、今回助けてくれたお礼ということで、無料で何日でも泊まっていいと言ってくれる。さすがに無料は申し訳ないと断ろうとするも、ニックと商人は食い気味にありがたいと受け入れてしまった。
こうなると逆に断りにくい。それでは一泊だけ甘えようと思って、女性の両親が経営している宿にみんなで向かった。
宿に着くと、女性の両親に、娘を助けてくれてありがとうと涙を流しながら手を握られ、感謝されてしまった。他に客がいる中でのことだったので気まずい空気になったものの、ちょうどそのタイミングでニックの腹が盛大に鳴り、一転この場は笑いに包まれた。いい仕事するな、ニック。
そして、宿の主人が食事にしましょうと言ってくれたので、俺たちは宿の食堂にてようやく温かい食事にありつけた。
温かい食事ではあったが、残念ながらお世辞にも美味しいとは言えなかった。ほぼ透明なシチューのようなものに、少しカビの生えている硬いパン、そしてエールと呼ばれる炭酸が抜けたアルコールと、味の薄いビールだったからだ。
しかし商人やニック、他の客たちも、美味しそうにバクバク食べて、中にはおかわりまでしている。俺はシチューもパンも一口食べただけでもう無理だなと思い、あとはニックに全部あげてしまった。それでも彼らはまだ食事を続けているので、先に休もうと案内された部屋に入れば、ベッドが三つある部屋だった。
どうやら、商人とニックと三人でこの部屋に寝ろということらしい。ガッカリしたが、無料で泊まらせてもらえるんだから贅沢は言っていられない。先にベッドに潜り込む。布団は普段から外に干しているのか、太陽のいい香りがした。気持ちよく眠れそうだ。
そうしてウトウトしていると、食事が終わったらしい商人とニックがドカドカと足音をさせながら部屋に入ってきた。ニックはベッドに寝っ転がるなり、すぐにイビキをかきはじめた。
商人はイビキこそかいていないが寝息が聞こえてきた。ニック同様に寝てしまったようだ。
俺は、せっかく眠りかけていたのに、ニックたちのせいで眠れなくなってしまった。
布団にくるまってスマホで時間を見ると、まだ二十一時だ。せっかくだから村の中でも見て回ろうかと部屋を出たのだが、宿屋の主人に、娘の命の恩人とはいえ村に馴染みのない男が夜に歩き回れば面倒なことになると言われ、諦めて部屋に戻った。ツイていないな。
昨夜から寝ていないから眠いはずなんだが、全然眠れない。とりあえずベッドに横になり、今日の出来事を思い出していた。あんなにブチ切れてしまったが、今は冷静に戻っている。
この世界では、ああいうことはこれから何度も経験するのだろう。その度にキレていたのでは、一流の冒険者にはなれないな。
悪党とはいえ初めて人間を殺してしまったのだが、なぜか後悔はない。罪悪感は多少あるが、多分キレて記憶が曖昧になっているせいだろう。今日は俺より劣る相手だったからよかったものの、俺より強い相手だったらと思うと、身体が震えてきた。
冒険者として正しい行動だったのかという疑問も湧いてくる。たとえ依頼主の許可を得たとはいえ、護衛対象を放ってその場を離れたのは、冒険者として、大人としてよかったのだろうか?
もしあそこで俺が死んだら、護衛対象の商人は危険な目に遭っていたはずだ。もしかしたら、商人やニックにあの若者たち、全員が死んでいたかもしれない。それだけのことを俺はやったんだと今更気付き、反省した。
次の依頼はちゃんとこなそうと心に決めたところで、結論が出たからかなんとなく眠気が来て、瞼が重くなり、やがて俺は意識を手放した。
次に目を覚ましたとき、枕元に置いていたスマホを見れば午前二時だった。どうりで窓の外はまだ真っ暗だ。商人やニックはまだ寝ているみたいだが、俺はさすがにもう寝ることができず、何か暇潰しはないかと考えるけれど、やっぱり想像魔法しか思いつかない。
仕方ない、布団を頭まで被って、想像魔法で遊んでやろう。
夕食をほとんど食べていないし、食べものでも出そうかと思ったが、ニックたちに匂いでバレそうだからやめた。そうだ、いつも出している水を自在に操れるかの実験をしてみよう。
いや、待てよ。もしできなかった場合、ベッドは水浸しで小便を漏らしたみたいになってしまうかもしれない。この実験も、後日それにふさわしい場所でやろうと考えを改めた。
それではと、今度は宙に浮くことができるかの実験に取りかかったが、案外簡単にできてしまった。
この世界に来る前から、空を飛びたいとか宙に浮きたいといった想像はしていたので、イメージがしやすく、想像魔法によって余裕で空中遊泳ができた。
宙に浮いているとき、暗くてよく見えなかったが、ニックと目が合ったような気がした。ニックは夢だと思ったのかなんなのか分からないが、すぐに寝返りを打ってまたイビキをかきはじめる。
俺は、もし本当に見つかったらヤバイと思い、これも今度一人で外に出たときにこっそり使おうと決めた。とりあえず今夜は、宙に浮くことができると分かっただけで充分だ。
ゆっくりベッドに下りて布団を被る。眠くはないが目を閉じていると、いつの間にか寝ていたようで、気付けば朝になっていた。
「おっさん、いつまで寝てるんだよ! 起きないと置いてくぞ」
まさかニックに起こされるとは思わなくて、びっくりして飛び起きた。夜中に魔法を使ったのは全部夢だったのかな? と考えてみたが、まあ夢でも現実でもどちらでもいいか。
その後、ニックと一緒に朝食を食べに食堂へ向かう。相変わらず、宿の食事は美味しくない。
「あれ? そういえば商人さんがいないな。ニック、知らないか?」
「依頼主なら仕事に向かったぜ。商人の朝は早いからな。それで、おっさんは今日はどうするんだ? あの商人は多分、明日には村を出ると思うぞ」
「俺はモブに、組み手と称した躾をする予定だよ。一日中」
「一日中ってどんだけ執拗にやるんだよ!」
「執拗っていうより、モブの気の済むまで相手になるつもりだよ。それに、モブだけじゃなくてビビの相手もするしね。ニックも暇なら一緒にどうだい?」
「俺は遠慮するわ。なんで村に着いてまで、おっさんと一緒に行動しなきゃいけないんだ。俺は勝手に村をブラブラ散策してるぜ」
「分かった。組み手が終わった後は、あの三人にどうするか聞いて行動するよ。村の中で組み手なんてやったら住民に迷惑そうなんで、とりあえず外のどこか広い場所でやることにしよう」
「ああ、魔物には気を付けろよ」
そう言うと、ニックは宿を出てどこかに行ってしまった。
さて、あの三人が泊まった宿をどうやって捜そうか考えながら玄関を出たら、なんと俺の目の前を三人が横切った。
「あれ? ミーツさん、どうしたんですか? こんなところで」
三人とも驚いた顔をしているが、俺だって驚いた。まあ捜す手間が省けてよかったが。
「どうやって君たちを捜そうか考えていたんだ。食事はもう済ませたかい?」
「うん、済ませました。これからどうするか外に出て考えようって、みんなで話していたところです」
俺に対して特になんの感情もないポケがそう答えた。
「ちょうどいい、村の外で組み手をやろう。村の中では村人に迷惑をかけてしまうからね」
モブは黙って頷く。ポケにも既に話していたのか、特になんの説明もしないまま三人は無言で俺についてきて、一緒に村の門へ行く。
村の門に門番の兄さんがいたので、これから外で組み手をやることを伝えた。すると兄さんが、三人組の組み手が終わった後でいいから、自分たちの相手もしてほしいと言ってきた。俺は、時間があればいいよと答えて村の外に出た。
村から近すぎてもいけないと思い、歩いて十分程度の、いい感じに開けた場所で行うことにした。
一対三で向かい合う。
「さて、誰からやる? ビビかい? それともポケかい? 俺は素手でやるが、君たちは武器を使って戦っていいよ」
わざとモブの名前を呼ばずに、さらに武器を使っていいと煽った。すると、案の定モブが一歩大きく前に出てきて怒鳴る。
「俺が最初に決まってるだろうが! おっさん、約束通り殺してやる!」
「いつでも来ていいよ」
モブは俺を睨みつけながら、背負っているロングソードを取り出して構えた。俺はまずはモブの様子を見るため、自分からは行かずにダンク姐さんのようなデコピンの構えをとった。ただし、ダンク姐さんは人差し指と親指の構えだが、俺は普通に中指と親指の構えだ。
それを見たモブが怒りも露わに袈裟斬りをしてきたが、俺は紙一重で躱した。あと少しで当たると思わせるために、わざと紙一重のタイミングで躱したのだ。
次に胴体に向かって横に斬ってきたが、それも同じタイミングで躱す。そんなことを五分ほど続けていると、モブがゼーゼーと息を切らして酸欠状態に陥った。そんなモブに軽くデコピンをして、尻餅をつかせた。
「もう終わり? 呆気なかったね。俺を殺すんじゃなかったの?」
「ちくしょう! やってらあー!」
再度煽ると、顔を真っ赤にしたモブは剣を振り回しながらこちらに向かってくる。しかしさっきと同じく紙一重で躱し、デコピンで太腿と両肩を打って動きを封じた。
「終わり?」
最後にモブの額にデコピンをして、意識を刈り取った。
ちょっとやりすぎたかなと思いつつ、ビビたちの方を向く。二人は少し煽ったらどのような反応をするか試そうと思った。
「モブは終わったけど、次はどっちがやる? 二人一緒でもいいよ」
俺の言葉にまずビビが反応して、ダガーを両手に一本ずつ持って構えた。それを見たポケも、俺が持ってる短槍よりもさらに短い槍を構える。
「モブとの実力の差はハッキリしてるのに、あそこまでやる必要あったんですか? 私はあなたを尊敬しかけてたのに……軽蔑します」
ビビは地を這う虫でも見るかのような目で俺を見てから、攻撃を仕掛けてきた。それは、軽くてスピード重視のものだった。俺にとっては余裕で見切れるレベルだが、ゴブリンやホブゴブリンには速く感じることだろう。
「二人同時でもいいって言いましたよね。僕も行かせてもらいます」
ポケもビビに続いて攻撃を仕掛けてきたが、槍を突くスピードは遅すぎる。これではゴブリンを倒すのも時間がかかるはずだ。とりあえず、ビビに気を付けながらポケの背後に回って、軽く首に衝撃を与えて気を失ってもらった。
「ポケまで、許さない!」
モブもポケも殺したわけではないのだが……。ビビは憎しみのこもった目で俺を睨み、先日のニックのように右へ左へと素早く移動しつつ、次から次へと攻撃を繰り出してきた。
そしてモブ同様、息を切らしはじめる。
「さて、そろそろ終わりかな」
「まだまだあ! モブとポケのカタキ!」
苦しそうに息を切らしたビビは、それでもまだこちらを睨みつけ、突っ込んできた。軽く足を引っかけると、勢いそのまま盛大に転んでしまった。
顔から地面にスライディングして、さすがにヤバイと思って駆け寄る。ビビは顔をすり傷だらけにして気を失っていた。モブに対して以上にやりすぎたかもしれない……
「女の子の顔にこんな傷をつけたらマズイよなあ。まだやったことないけど、魔法でいけるかな?」
ビビを片手で抱き上げ、顔以外にも傷があったため、他の傷も治るように想像してみる。
どう想像したらいいか少し悩んだが、単純に傷が消えた姿をイメージし、清潔にするときの要領でやってみた。すると、エメラルドグリーンの鮮やかな光がビビを覆い、傷が塞がっていった。どうやら成功したようだ。
外傷がないポケにはやらなかったが、モブにも同じ魔法をかける。こちらも綺麗に傷が消え、俺が肩や太腿をデコピンで弾いた痕もなくなっていた。
傷を癒した頃、モブが起き上がった。
「……傷が消えてる。それどころか、身体にやる気がみなぎってる。これ、あんたがやったのか?」
この魔法に、やる気を生み出す効果まであるのかどうかは分からない。とはいえその可能性もなくはないので、とりあえず、自分の力だと言っておこう。
「そうだよ。俺が怪我をさせてしまったからね。ビビを先に癒して、その後モブを癒したんだ」
「クソ! ビビはお前なんかには渡さない!」
「勘違いしてるようだから言っておくけど、ビビとは本当に何もないよ。一昨日の夜は、ビビが見張りのときにたまたま俺が起きたから、雑談してただけだし」
「だけど、頭を撫でてたじゃねえか!」
「じゃあ、モブの頭も撫でてやるよ。いいことをしたり、俺が偉いと思うことをしたらだけど」
「いらねえよ! 誰が、おっさんに頭を撫でてもらいたいなんて言った!」
モブは真っ赤な顔をして、全力で拒否してくる。それは確かに気持ち悪いか。
「とにかく。ビビを取られるかもって思ってるようだけど、それはモブの勘違いなんだ。俺は子供に欲情するほど変態じゃないから。多分ビビは、お父さんの愛に飢えてたんじゃないかな」
「聞いたのか、俺たちが孤児だってこと。それで同情でもしたか?」
「いや、同情なんてしないさ。同情してほしいならするけど、モブたちはそんなの望んでなんかいないだろ?」
俺の言葉に、モブは唇を噛んで俯いた。子供にだって、ちゃんと矜持はあるのだ。
「孤児であることは、モブたちのせいじゃない。でも、君たちが誰の行動を見て冒険者のことを学んだか分からないけど、今の態度のままじゃダメだよね。依頼主に挨拶もしない、とかさ。それから戦闘についても、後で魔物との戦いも見せてもらうつもりだけど、改善しなきゃいけない点は多いと思う。アドバイスをさせてほしい。俺も戦闘のプロではないが、多少は役に立てるよ。おせっかいなのは承知している。でも、見すごせなくてね」
するとモブは顔を上げ、意を決したように言った。
「それならおっさん、あんたも武器を使って本気で相手してくれ。そしたら俺はあんたに従うよ」
「残念ながら、俺が武器を持ったらモブを殺してしまう。だから素手でやるけど、さっきみたいなデコピンではもうやらない。そして、勝ったら言うことを聞いてもらうぞ。あと、モブも本気でおいで。もしそれで俺を殺してしまったならそれでもいい」
「上等だ!」
俺が手を前に出して適当に構えると、モブは剣を槍のように構えて突っ込んできたが、俺はそれを軽くいなした。
次に、先程見た袈裟斬りを仕掛けてくる。今度は避けずに、それを親指と人指し指で掴んだ。
「なっ……おっさん、そんなこともできるのか!」
モブは剣を手放して殴りかかってきたが、それも手の平で受け止め軽く掴んでやる。
「ぐあぁぁぁ! チクショウ! 殺す! 殺してやる!」
「まだそんなことを言える立場にあると思ってるのかい?」
モブの拳を掴む手に力を込めた。
「クッソー! 痛ててて、参った、参ったから放せ!」
「まずは言葉遣いから直さないといけないな。この場合は『放してください』だよ。ちゃんと言わないと、骨が砕けるまで握るよ」
俺は手にさらに力を込めた。
「分かった! 分かった! 分かったから放してください!」
モブは俺が教えた言葉を大声で繰り返す。ひとまず合格と手を放してやったら、モブはその場に座り込んで、手を押さえた。
「目上の人間には敬語や丁寧な言葉を使うように、これから指導してやるからね」
「げ! マジかよ……なんで俺がおっさんなんかに」
「そこ! そこはマジかよじゃなく、本当ですか? もしくは本気ですか? だよ」
早速注意をして、軽~く額にデコピンをした。
「……本気ですか」
「そうだよ。これからビシバシいくよ」
こうして、なかなか目を覚まさない二人をよそに、モブの躾を開始した。二人が起きるまで、ひたすらモブと二人きりで……
第五話
モブを躾けていると、ポケが目を覚ました。
本当はビビも意識を取り戻しているが、まだ気絶したふりをしていることに俺は気付いていた。
なぜ気絶したふりをしているのかは分からないが、ひとまず気にしないでモブを躾けていく。
「ポケが起きてきたから、もういいでしょう?」
モブはいい感じに丁寧な言葉遣いになってきていたので、とりあえず躾は中断することにした。だが、モブの様子や言葉遣いが違っていることに気付いたポケが、槍を俺の方に向け叫ぶ。
「兄ちゃんに何した!」
怒った様子で俺に突っ込んできたが、それを見たモブが慌てて割って入った。
「ポケ、いいんだ。この人は、ミーツさんは信用してもいい大人なんだ。俺はこの人に色々教えてもらってる途中なんだよ」
「でも、兄ちゃん」
「いいんだ! 俺の言うことを信じないのか?」
モブがポケの言葉を遮って強めに言った。
「分かったよ。でも僕はまだおじさん、あなたを認めてないですから」
「とりあえずはそれでいい。ポケは、俺の行動や言葉遣いを見て学べ、俺は今日から変わる」
不満げなポケを宥めるように言うモブは、さっきまでとはまるで別人のようだ。
言葉遣いが荒くなるたびにデコピンをして注意する、というのを繰り返していくうちに、ようやくモブも変わってきた。でも、額が真っ赤なので、少しやりすぎたかな。人にちゃんと接する大切さも分かってきたようだから、そろそろデコピンは控えよう。
「ポケも起きたことだし、魔物退治でもしようか」
「まだ、ビビが起きてないですよ、師匠」
あと、モブは俺のことを師匠と呼び出した。
先程まで殺すと息巻いていたのに、凄い変わりようである。
「いや、起きてるよ。ポケが起きる前からずっと、気絶したふりをしてるんだ」
「気付いていたんですね」
ビビはやっと、バツ悪そうに起き上がった。
「ビビ、いつから起きてた!」
「ミーツさんが、私とモブを治療してくれたときからだよ」
「そんな前からかよ! なんで気絶したふりなんかしてたんだ?」
「モブが容赦なくやられたのを見て、私も頭に血が上っちゃって……ミーツさんと戦ったの。でもあっさり負けちゃった。目が覚めたとき、傷だらけだったはずの身体が綺麗になってるのを見て、ミーツさんが治してくれたのかなと思った。そこでやっと気持ちが落ち着いて、ミーツさんはどうして私たちにあんなに厳しくしたのか知りたくなって、気絶したふりをして様子を見てたのよ。モブも、私が気絶したままの方がよかったでしょ?」
「ああ、ビビが起きてるのを知っていたら、ミーツさんに対して素直になれなかったと思う」
さすがビビ、あの短い時間で色々と考えていたようだ。二人が落ち着いたのを確認して、俺はこの後のことについて提案をした。
「まあ詳しい話は、また夜にでも村の宿でしたらいいんじゃないか? これからみんなで魔物退治をするからね」
「師匠! 魔物退治って何を倒すんですか?」
「モブがミーツさんを師匠って呼ぶの、違和感があるよね。ふふふ」
「うるさい! ミーツさんは尊敬できる人だ! だから敬うのは当たり前だ」
なんか洗脳したみたいになってしまった……。ニックに今のモブを見られたら、ヤバイ気がする。
「さっき、そこの森に二足歩行の大きな猪みたいなやつが見えたから、それを狩ってみるか」
「それってオークじゃないですか? 僕はまだオークは一人では無理です」
不安げにポケが言う。確かにポケは、あのゴブリン戦を見る限りでも、ゴブリン以上の魔物を狩るのはまだまだ無理そうだ。
「私も一人では無理かな」
「俺でギリかも」
ビビもまだ無理か。モブはどうにか一人で行けるようだが、それでも自信はないらしい。
「一人ひとりでは無理でも、全員でちゃんと連携が取れていれば大丈夫だと思うよ。まずは俺が弱らせてから、君たちがトドメを刺すやり方でもいい。とりあえず、やってみよう」
俺は石を拾い上げ、現在いる場所から少し離れた森に向かって投げた。
プロ野球選手のストレートより速いのではないかと思うくらいの速度で、石が森に消えていく。すると「ブオオオーン」という呻き声が聞こえ、一匹だけだと思っていた猪が五匹も出てきた。
さすがに五匹同時はこの子たちには荷が重いと感じ、短槍で猪の肩や腿を突いて、五匹全て動けない状態にした。猪はホブゴブリンよりも動きが遅く、全く動いていないのではないだろうかと思うほど簡単に終わった。猪は荒い息遣いのまま、血まみれでその場に転がっている。
「え? ど、どうやったんですか?」
「ミーツさん、槍に血が付いているけど、いつの間に槍で倒したの?」
「え? おじさんが石を投げてから、え?」
ポケとビビが呆気に取られている。石を投げてからの俺の行動が見えなかったようだ。ポケに至っては混乱している。
俺も初めて見る魔物で加減が分からなかったため、やりすぎたかもしれない。
「えーと、モブたちのレベルがいくつか分からないけど、強くなるにはレベルを上げるのが手っ取り早いと思うんだよね。今がそのチャンスだ。モブにポケにビビ、無力な猪を狩るんだ!」
俺がやらかしたのをごまかすべく、もっともらしいことを大声で伝えてみる。すると気を取り直したモブが先に動き、猪の頭を剣で貫いた。それを見たポケとビビも続く。
三人がそれぞれ一人で一匹を倒したところで俺はストップをかけ、残りの二匹はポケに倒させた。やっぱり一番レベルが低いであろう彼に経験を積ませたかったからだ。
商人に促されて後をついていくと、今日助けた女性のうちの一人がやってきて、自分の両親が経営している宿に泊まってほしいと言ってきた。
ここはあまり広い村ではないが、宿は全部で三つある。次の村や街までかなり距離があるため、冒険者や旅人はこの村に泊まることが多いそうだ。
女性は、今回助けてくれたお礼ということで、無料で何日でも泊まっていいと言ってくれる。さすがに無料は申し訳ないと断ろうとするも、ニックと商人は食い気味にありがたいと受け入れてしまった。
こうなると逆に断りにくい。それでは一泊だけ甘えようと思って、女性の両親が経営している宿にみんなで向かった。
宿に着くと、女性の両親に、娘を助けてくれてありがとうと涙を流しながら手を握られ、感謝されてしまった。他に客がいる中でのことだったので気まずい空気になったものの、ちょうどそのタイミングでニックの腹が盛大に鳴り、一転この場は笑いに包まれた。いい仕事するな、ニック。
そして、宿の主人が食事にしましょうと言ってくれたので、俺たちは宿の食堂にてようやく温かい食事にありつけた。
温かい食事ではあったが、残念ながらお世辞にも美味しいとは言えなかった。ほぼ透明なシチューのようなものに、少しカビの生えている硬いパン、そしてエールと呼ばれる炭酸が抜けたアルコールと、味の薄いビールだったからだ。
しかし商人やニック、他の客たちも、美味しそうにバクバク食べて、中にはおかわりまでしている。俺はシチューもパンも一口食べただけでもう無理だなと思い、あとはニックに全部あげてしまった。それでも彼らはまだ食事を続けているので、先に休もうと案内された部屋に入れば、ベッドが三つある部屋だった。
どうやら、商人とニックと三人でこの部屋に寝ろということらしい。ガッカリしたが、無料で泊まらせてもらえるんだから贅沢は言っていられない。先にベッドに潜り込む。布団は普段から外に干しているのか、太陽のいい香りがした。気持ちよく眠れそうだ。
そうしてウトウトしていると、食事が終わったらしい商人とニックがドカドカと足音をさせながら部屋に入ってきた。ニックはベッドに寝っ転がるなり、すぐにイビキをかきはじめた。
商人はイビキこそかいていないが寝息が聞こえてきた。ニック同様に寝てしまったようだ。
俺は、せっかく眠りかけていたのに、ニックたちのせいで眠れなくなってしまった。
布団にくるまってスマホで時間を見ると、まだ二十一時だ。せっかくだから村の中でも見て回ろうかと部屋を出たのだが、宿屋の主人に、娘の命の恩人とはいえ村に馴染みのない男が夜に歩き回れば面倒なことになると言われ、諦めて部屋に戻った。ツイていないな。
昨夜から寝ていないから眠いはずなんだが、全然眠れない。とりあえずベッドに横になり、今日の出来事を思い出していた。あんなにブチ切れてしまったが、今は冷静に戻っている。
この世界では、ああいうことはこれから何度も経験するのだろう。その度にキレていたのでは、一流の冒険者にはなれないな。
悪党とはいえ初めて人間を殺してしまったのだが、なぜか後悔はない。罪悪感は多少あるが、多分キレて記憶が曖昧になっているせいだろう。今日は俺より劣る相手だったからよかったものの、俺より強い相手だったらと思うと、身体が震えてきた。
冒険者として正しい行動だったのかという疑問も湧いてくる。たとえ依頼主の許可を得たとはいえ、護衛対象を放ってその場を離れたのは、冒険者として、大人としてよかったのだろうか?
もしあそこで俺が死んだら、護衛対象の商人は危険な目に遭っていたはずだ。もしかしたら、商人やニックにあの若者たち、全員が死んでいたかもしれない。それだけのことを俺はやったんだと今更気付き、反省した。
次の依頼はちゃんとこなそうと心に決めたところで、結論が出たからかなんとなく眠気が来て、瞼が重くなり、やがて俺は意識を手放した。
次に目を覚ましたとき、枕元に置いていたスマホを見れば午前二時だった。どうりで窓の外はまだ真っ暗だ。商人やニックはまだ寝ているみたいだが、俺はさすがにもう寝ることができず、何か暇潰しはないかと考えるけれど、やっぱり想像魔法しか思いつかない。
仕方ない、布団を頭まで被って、想像魔法で遊んでやろう。
夕食をほとんど食べていないし、食べものでも出そうかと思ったが、ニックたちに匂いでバレそうだからやめた。そうだ、いつも出している水を自在に操れるかの実験をしてみよう。
いや、待てよ。もしできなかった場合、ベッドは水浸しで小便を漏らしたみたいになってしまうかもしれない。この実験も、後日それにふさわしい場所でやろうと考えを改めた。
それではと、今度は宙に浮くことができるかの実験に取りかかったが、案外簡単にできてしまった。
この世界に来る前から、空を飛びたいとか宙に浮きたいといった想像はしていたので、イメージがしやすく、想像魔法によって余裕で空中遊泳ができた。
宙に浮いているとき、暗くてよく見えなかったが、ニックと目が合ったような気がした。ニックは夢だと思ったのかなんなのか分からないが、すぐに寝返りを打ってまたイビキをかきはじめる。
俺は、もし本当に見つかったらヤバイと思い、これも今度一人で外に出たときにこっそり使おうと決めた。とりあえず今夜は、宙に浮くことができると分かっただけで充分だ。
ゆっくりベッドに下りて布団を被る。眠くはないが目を閉じていると、いつの間にか寝ていたようで、気付けば朝になっていた。
「おっさん、いつまで寝てるんだよ! 起きないと置いてくぞ」
まさかニックに起こされるとは思わなくて、びっくりして飛び起きた。夜中に魔法を使ったのは全部夢だったのかな? と考えてみたが、まあ夢でも現実でもどちらでもいいか。
その後、ニックと一緒に朝食を食べに食堂へ向かう。相変わらず、宿の食事は美味しくない。
「あれ? そういえば商人さんがいないな。ニック、知らないか?」
「依頼主なら仕事に向かったぜ。商人の朝は早いからな。それで、おっさんは今日はどうするんだ? あの商人は多分、明日には村を出ると思うぞ」
「俺はモブに、組み手と称した躾をする予定だよ。一日中」
「一日中ってどんだけ執拗にやるんだよ!」
「執拗っていうより、モブの気の済むまで相手になるつもりだよ。それに、モブだけじゃなくてビビの相手もするしね。ニックも暇なら一緒にどうだい?」
「俺は遠慮するわ。なんで村に着いてまで、おっさんと一緒に行動しなきゃいけないんだ。俺は勝手に村をブラブラ散策してるぜ」
「分かった。組み手が終わった後は、あの三人にどうするか聞いて行動するよ。村の中で組み手なんてやったら住民に迷惑そうなんで、とりあえず外のどこか広い場所でやることにしよう」
「ああ、魔物には気を付けろよ」
そう言うと、ニックは宿を出てどこかに行ってしまった。
さて、あの三人が泊まった宿をどうやって捜そうか考えながら玄関を出たら、なんと俺の目の前を三人が横切った。
「あれ? ミーツさん、どうしたんですか? こんなところで」
三人とも驚いた顔をしているが、俺だって驚いた。まあ捜す手間が省けてよかったが。
「どうやって君たちを捜そうか考えていたんだ。食事はもう済ませたかい?」
「うん、済ませました。これからどうするか外に出て考えようって、みんなで話していたところです」
俺に対して特になんの感情もないポケがそう答えた。
「ちょうどいい、村の外で組み手をやろう。村の中では村人に迷惑をかけてしまうからね」
モブは黙って頷く。ポケにも既に話していたのか、特になんの説明もしないまま三人は無言で俺についてきて、一緒に村の門へ行く。
村の門に門番の兄さんがいたので、これから外で組み手をやることを伝えた。すると兄さんが、三人組の組み手が終わった後でいいから、自分たちの相手もしてほしいと言ってきた。俺は、時間があればいいよと答えて村の外に出た。
村から近すぎてもいけないと思い、歩いて十分程度の、いい感じに開けた場所で行うことにした。
一対三で向かい合う。
「さて、誰からやる? ビビかい? それともポケかい? 俺は素手でやるが、君たちは武器を使って戦っていいよ」
わざとモブの名前を呼ばずに、さらに武器を使っていいと煽った。すると、案の定モブが一歩大きく前に出てきて怒鳴る。
「俺が最初に決まってるだろうが! おっさん、約束通り殺してやる!」
「いつでも来ていいよ」
モブは俺を睨みつけながら、背負っているロングソードを取り出して構えた。俺はまずはモブの様子を見るため、自分からは行かずにダンク姐さんのようなデコピンの構えをとった。ただし、ダンク姐さんは人差し指と親指の構えだが、俺は普通に中指と親指の構えだ。
それを見たモブが怒りも露わに袈裟斬りをしてきたが、俺は紙一重で躱した。あと少しで当たると思わせるために、わざと紙一重のタイミングで躱したのだ。
次に胴体に向かって横に斬ってきたが、それも同じタイミングで躱す。そんなことを五分ほど続けていると、モブがゼーゼーと息を切らして酸欠状態に陥った。そんなモブに軽くデコピンをして、尻餅をつかせた。
「もう終わり? 呆気なかったね。俺を殺すんじゃなかったの?」
「ちくしょう! やってらあー!」
再度煽ると、顔を真っ赤にしたモブは剣を振り回しながらこちらに向かってくる。しかしさっきと同じく紙一重で躱し、デコピンで太腿と両肩を打って動きを封じた。
「終わり?」
最後にモブの額にデコピンをして、意識を刈り取った。
ちょっとやりすぎたかなと思いつつ、ビビたちの方を向く。二人は少し煽ったらどのような反応をするか試そうと思った。
「モブは終わったけど、次はどっちがやる? 二人一緒でもいいよ」
俺の言葉にまずビビが反応して、ダガーを両手に一本ずつ持って構えた。それを見たポケも、俺が持ってる短槍よりもさらに短い槍を構える。
「モブとの実力の差はハッキリしてるのに、あそこまでやる必要あったんですか? 私はあなたを尊敬しかけてたのに……軽蔑します」
ビビは地を這う虫でも見るかのような目で俺を見てから、攻撃を仕掛けてきた。それは、軽くてスピード重視のものだった。俺にとっては余裕で見切れるレベルだが、ゴブリンやホブゴブリンには速く感じることだろう。
「二人同時でもいいって言いましたよね。僕も行かせてもらいます」
ポケもビビに続いて攻撃を仕掛けてきたが、槍を突くスピードは遅すぎる。これではゴブリンを倒すのも時間がかかるはずだ。とりあえず、ビビに気を付けながらポケの背後に回って、軽く首に衝撃を与えて気を失ってもらった。
「ポケまで、許さない!」
モブもポケも殺したわけではないのだが……。ビビは憎しみのこもった目で俺を睨み、先日のニックのように右へ左へと素早く移動しつつ、次から次へと攻撃を繰り出してきた。
そしてモブ同様、息を切らしはじめる。
「さて、そろそろ終わりかな」
「まだまだあ! モブとポケのカタキ!」
苦しそうに息を切らしたビビは、それでもまだこちらを睨みつけ、突っ込んできた。軽く足を引っかけると、勢いそのまま盛大に転んでしまった。
顔から地面にスライディングして、さすがにヤバイと思って駆け寄る。ビビは顔をすり傷だらけにして気を失っていた。モブに対して以上にやりすぎたかもしれない……
「女の子の顔にこんな傷をつけたらマズイよなあ。まだやったことないけど、魔法でいけるかな?」
ビビを片手で抱き上げ、顔以外にも傷があったため、他の傷も治るように想像してみる。
どう想像したらいいか少し悩んだが、単純に傷が消えた姿をイメージし、清潔にするときの要領でやってみた。すると、エメラルドグリーンの鮮やかな光がビビを覆い、傷が塞がっていった。どうやら成功したようだ。
外傷がないポケにはやらなかったが、モブにも同じ魔法をかける。こちらも綺麗に傷が消え、俺が肩や太腿をデコピンで弾いた痕もなくなっていた。
傷を癒した頃、モブが起き上がった。
「……傷が消えてる。それどころか、身体にやる気がみなぎってる。これ、あんたがやったのか?」
この魔法に、やる気を生み出す効果まであるのかどうかは分からない。とはいえその可能性もなくはないので、とりあえず、自分の力だと言っておこう。
「そうだよ。俺が怪我をさせてしまったからね。ビビを先に癒して、その後モブを癒したんだ」
「クソ! ビビはお前なんかには渡さない!」
「勘違いしてるようだから言っておくけど、ビビとは本当に何もないよ。一昨日の夜は、ビビが見張りのときにたまたま俺が起きたから、雑談してただけだし」
「だけど、頭を撫でてたじゃねえか!」
「じゃあ、モブの頭も撫でてやるよ。いいことをしたり、俺が偉いと思うことをしたらだけど」
「いらねえよ! 誰が、おっさんに頭を撫でてもらいたいなんて言った!」
モブは真っ赤な顔をして、全力で拒否してくる。それは確かに気持ち悪いか。
「とにかく。ビビを取られるかもって思ってるようだけど、それはモブの勘違いなんだ。俺は子供に欲情するほど変態じゃないから。多分ビビは、お父さんの愛に飢えてたんじゃないかな」
「聞いたのか、俺たちが孤児だってこと。それで同情でもしたか?」
「いや、同情なんてしないさ。同情してほしいならするけど、モブたちはそんなの望んでなんかいないだろ?」
俺の言葉に、モブは唇を噛んで俯いた。子供にだって、ちゃんと矜持はあるのだ。
「孤児であることは、モブたちのせいじゃない。でも、君たちが誰の行動を見て冒険者のことを学んだか分からないけど、今の態度のままじゃダメだよね。依頼主に挨拶もしない、とかさ。それから戦闘についても、後で魔物との戦いも見せてもらうつもりだけど、改善しなきゃいけない点は多いと思う。アドバイスをさせてほしい。俺も戦闘のプロではないが、多少は役に立てるよ。おせっかいなのは承知している。でも、見すごせなくてね」
するとモブは顔を上げ、意を決したように言った。
「それならおっさん、あんたも武器を使って本気で相手してくれ。そしたら俺はあんたに従うよ」
「残念ながら、俺が武器を持ったらモブを殺してしまう。だから素手でやるけど、さっきみたいなデコピンではもうやらない。そして、勝ったら言うことを聞いてもらうぞ。あと、モブも本気でおいで。もしそれで俺を殺してしまったならそれでもいい」
「上等だ!」
俺が手を前に出して適当に構えると、モブは剣を槍のように構えて突っ込んできたが、俺はそれを軽くいなした。
次に、先程見た袈裟斬りを仕掛けてくる。今度は避けずに、それを親指と人指し指で掴んだ。
「なっ……おっさん、そんなこともできるのか!」
モブは剣を手放して殴りかかってきたが、それも手の平で受け止め軽く掴んでやる。
「ぐあぁぁぁ! チクショウ! 殺す! 殺してやる!」
「まだそんなことを言える立場にあると思ってるのかい?」
モブの拳を掴む手に力を込めた。
「クッソー! 痛ててて、参った、参ったから放せ!」
「まずは言葉遣いから直さないといけないな。この場合は『放してください』だよ。ちゃんと言わないと、骨が砕けるまで握るよ」
俺は手にさらに力を込めた。
「分かった! 分かった! 分かったから放してください!」
モブは俺が教えた言葉を大声で繰り返す。ひとまず合格と手を放してやったら、モブはその場に座り込んで、手を押さえた。
「目上の人間には敬語や丁寧な言葉を使うように、これから指導してやるからね」
「げ! マジかよ……なんで俺がおっさんなんかに」
「そこ! そこはマジかよじゃなく、本当ですか? もしくは本気ですか? だよ」
早速注意をして、軽~く額にデコピンをした。
「……本気ですか」
「そうだよ。これからビシバシいくよ」
こうして、なかなか目を覚まさない二人をよそに、モブの躾を開始した。二人が起きるまで、ひたすらモブと二人きりで……
第五話
モブを躾けていると、ポケが目を覚ました。
本当はビビも意識を取り戻しているが、まだ気絶したふりをしていることに俺は気付いていた。
なぜ気絶したふりをしているのかは分からないが、ひとまず気にしないでモブを躾けていく。
「ポケが起きてきたから、もういいでしょう?」
モブはいい感じに丁寧な言葉遣いになってきていたので、とりあえず躾は中断することにした。だが、モブの様子や言葉遣いが違っていることに気付いたポケが、槍を俺の方に向け叫ぶ。
「兄ちゃんに何した!」
怒った様子で俺に突っ込んできたが、それを見たモブが慌てて割って入った。
「ポケ、いいんだ。この人は、ミーツさんは信用してもいい大人なんだ。俺はこの人に色々教えてもらってる途中なんだよ」
「でも、兄ちゃん」
「いいんだ! 俺の言うことを信じないのか?」
モブがポケの言葉を遮って強めに言った。
「分かったよ。でも僕はまだおじさん、あなたを認めてないですから」
「とりあえずはそれでいい。ポケは、俺の行動や言葉遣いを見て学べ、俺は今日から変わる」
不満げなポケを宥めるように言うモブは、さっきまでとはまるで別人のようだ。
言葉遣いが荒くなるたびにデコピンをして注意する、というのを繰り返していくうちに、ようやくモブも変わってきた。でも、額が真っ赤なので、少しやりすぎたかな。人にちゃんと接する大切さも分かってきたようだから、そろそろデコピンは控えよう。
「ポケも起きたことだし、魔物退治でもしようか」
「まだ、ビビが起きてないですよ、師匠」
あと、モブは俺のことを師匠と呼び出した。
先程まで殺すと息巻いていたのに、凄い変わりようである。
「いや、起きてるよ。ポケが起きる前からずっと、気絶したふりをしてるんだ」
「気付いていたんですね」
ビビはやっと、バツ悪そうに起き上がった。
「ビビ、いつから起きてた!」
「ミーツさんが、私とモブを治療してくれたときからだよ」
「そんな前からかよ! なんで気絶したふりなんかしてたんだ?」
「モブが容赦なくやられたのを見て、私も頭に血が上っちゃって……ミーツさんと戦ったの。でもあっさり負けちゃった。目が覚めたとき、傷だらけだったはずの身体が綺麗になってるのを見て、ミーツさんが治してくれたのかなと思った。そこでやっと気持ちが落ち着いて、ミーツさんはどうして私たちにあんなに厳しくしたのか知りたくなって、気絶したふりをして様子を見てたのよ。モブも、私が気絶したままの方がよかったでしょ?」
「ああ、ビビが起きてるのを知っていたら、ミーツさんに対して素直になれなかったと思う」
さすがビビ、あの短い時間で色々と考えていたようだ。二人が落ち着いたのを確認して、俺はこの後のことについて提案をした。
「まあ詳しい話は、また夜にでも村の宿でしたらいいんじゃないか? これからみんなで魔物退治をするからね」
「師匠! 魔物退治って何を倒すんですか?」
「モブがミーツさんを師匠って呼ぶの、違和感があるよね。ふふふ」
「うるさい! ミーツさんは尊敬できる人だ! だから敬うのは当たり前だ」
なんか洗脳したみたいになってしまった……。ニックに今のモブを見られたら、ヤバイ気がする。
「さっき、そこの森に二足歩行の大きな猪みたいなやつが見えたから、それを狩ってみるか」
「それってオークじゃないですか? 僕はまだオークは一人では無理です」
不安げにポケが言う。確かにポケは、あのゴブリン戦を見る限りでも、ゴブリン以上の魔物を狩るのはまだまだ無理そうだ。
「私も一人では無理かな」
「俺でギリかも」
ビビもまだ無理か。モブはどうにか一人で行けるようだが、それでも自信はないらしい。
「一人ひとりでは無理でも、全員でちゃんと連携が取れていれば大丈夫だと思うよ。まずは俺が弱らせてから、君たちがトドメを刺すやり方でもいい。とりあえず、やってみよう」
俺は石を拾い上げ、現在いる場所から少し離れた森に向かって投げた。
プロ野球選手のストレートより速いのではないかと思うくらいの速度で、石が森に消えていく。すると「ブオオオーン」という呻き声が聞こえ、一匹だけだと思っていた猪が五匹も出てきた。
さすがに五匹同時はこの子たちには荷が重いと感じ、短槍で猪の肩や腿を突いて、五匹全て動けない状態にした。猪はホブゴブリンよりも動きが遅く、全く動いていないのではないだろうかと思うほど簡単に終わった。猪は荒い息遣いのまま、血まみれでその場に転がっている。
「え? ど、どうやったんですか?」
「ミーツさん、槍に血が付いているけど、いつの間に槍で倒したの?」
「え? おじさんが石を投げてから、え?」
ポケとビビが呆気に取られている。石を投げてからの俺の行動が見えなかったようだ。ポケに至っては混乱している。
俺も初めて見る魔物で加減が分からなかったため、やりすぎたかもしれない。
「えーと、モブたちのレベルがいくつか分からないけど、強くなるにはレベルを上げるのが手っ取り早いと思うんだよね。今がそのチャンスだ。モブにポケにビビ、無力な猪を狩るんだ!」
俺がやらかしたのをごまかすべく、もっともらしいことを大声で伝えてみる。すると気を取り直したモブが先に動き、猪の頭を剣で貫いた。それを見たポケとビビも続く。
三人がそれぞれ一人で一匹を倒したところで俺はストップをかけ、残りの二匹はポケに倒させた。やっぱり一番レベルが低いであろう彼に経験を積ませたかったからだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7,114
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。