6 / 22
第一章 ペルセウスの夜
第6話 私にだってできる
しおりを挟む
既読はなかなか付かなかった。
今朝のロケット打ち上げ、絶対に走も見ている。彼に少しでもこだわりが残っているなら、私のあからさまな煽りにだって何らかの反応をするはずだ。
単なる直感。走が反応してくれる確固たる自信があるわけでもない。でも、そう、信じたかった。
昼が近づくに従って、エアコンもつけず締め切ったままの家の中はどんどん暑くなる。それでも私はリビングのラグの上にぺたりと座り込み、スマホを握りしめたまま待った。
「返事してくれるかなあ?」
思わず本音が漏れる。じくじくと広がるどす黒い不安が頭の中を覆い尽くし、心が折れそうになる。そもそも、ここ数日の出来事だけで私的にはもういっぱいいっぱいなのだ。
「……お腹すいたなあ」
何気なしにつぶやいた途端、お腹がクゥと鳴る。時計を見上げるともう正午近かった。その時、手の中のスマホが小さく震えた。
「来たっ!」
ロックを解除し、LINEの画面を開く。その、わずかコンマ何秒かの時間さえもどかしかった。
〝もう、あきらめる〟
これだけ信じて待った挙げ句にこれ?
「バカ言ってんじゃないよーっ!」
思わずスマホに向かって怒鳴る。なんでそうなるの!
〝なに? あなたの夢ってその程度? 簡単に諦められる程度のものだったの?〟
〝それとも、自信がなくなったの?〟
〝そうか、自分の実力に気付いて怖くなったんでしょ?〟
グイグイと煽るようにメッセージをたたき込む。
打っていて自分でも気分が悪くなる。我ながら嫌味だと思う。でも、ここは走にエキサイトしてもらわなきゃ困る。あの老人並みにおっとりした走を怒らせる必要があるのだ。これでもまだ足りないかも知れない。
〝自信が無いわけじゃない。もう、時間がないだけ〟
〝いーや、あんたは逃げている。甘えてるよ!〟
〝何でそんなことを言うの? 嫌がらせ?〟
〝そう取ってもらって構わない。へ理屈をつけて難しい夢から逃げる走なんて尊敬できない〟
〝ひどい〟
〝ひどくなんかないよ。あんたのロケットはしょせん子供の夢〟
〝そんな……〟
〝その程度の幼稚なおもちゃなら、私にだって作れるよ〟
せっかくテンポ良く返ってきていたメッセージが途絶えた。
「しまった、言い過ぎた?」
私は唇をかんでスマホを強く握る。手のひらにじっとりと汗が滲んで気持ち悪い。
〝ムリムリ。ナツには逆立ちしたって絶対できないよ!〟
かかった! やっと怒ってくれた。
私は額に滲む汗と、いつの間にかポロポロこぼれる涙を左手の甲で拭いながらさらにたたみかける。
辛い。こんなこと、本当は言いたくない。
〝おーし、それほど言うなら賭けてみる?〟
〝どーぞお好きなように!〟
〝じゃあ、私がロケットを作ってやる。もし本当にできたら……〟
〝無理だと思うけどね、できたら奇跡だよ〟
〝私に奇跡を起こせないとでも? 弱虫な自分と一緒にするんじゃない!〟
〝いいよ、できたら何でも言うことを聞くよ。鼻でピーナッツ食べてもいい〟
売り言葉に買い言葉、自分でも何だかとんでもない事を口走っているような気がするけど、ここまで来たらもう突っ走るしかない。
〝いい? そのセリフ、忘れないでよ!〟
〝私のメッセちゃんと見てなさい。逐一報告してあ・げ・るから。感想を楽しみにしてるわ〟
〝そっちこそ途中で泣き言言うなよ!〟
やり取りはそこで途絶えた。
他人からみれば子供っぽい口げんかのレベルかも知れない。でも、走とここまでの大げんかをしたのは付き合いの長い割にこれでようやく二回目だ。
これまでも、一方的に突っかかるのはいつも私で、いくら理不尽に八つ当たりしてもうまくかわされて、気がつくとうまく丸め込まれている感じだった。
今日みたいに走が正面から噛みついてくるなんてこと、太陽が西から昇るくらいあり得ないと今の今まで思い込んでいた。
そんなせいもあって、いつまで経っても興奮が収まらない。顔がかっかと火照り、荒い呼吸と身体の震えがいつまでも続く。涙がいつまでも止まらない。
私は手の甲で乱暴に目を拭い、はぁと大きくため息をつく。
「それにしても……」
メッセージの履歴を眺めて頭を抱えた。大変なことになったなと思う。
「ああーっ!」
思わず吠えて、そのまま床にパタンと倒れ込む。
「どうしよう! どうしよう!」
ロケットなんて全然わからない。興味も知識もまったくゼロ。よりにもよって何でこんなとんでもないことを口走っちゃったんだろう?
でも、頑なにコミュニケーションを拒む走の心に届く方法なんてほかに思いつかなかったし……
……だけど。
最悪の場合、このまま一言も交わせずに私の前からフェイドアウトされてしまう可能性だってあったのだ。それに比べたら、この先も会話できる口実ができただけましな結果だと思う。たとえそれがどれほど困難なハードルだったとしても…。
「……いや、いいわけないじゃん。やっぱ無理ーっ! どうすんのよ?」
自分に向かって駄目を出す。解決策なんて思いもつかない。結局、ラグに転がったまま、考えあぐねてごろりと仰向けになる。
「これでよかった……のかな?」
けんかをしたかったわけじゃない。本当はちゃんと励ましてあげたかった。
元気になって帰ってくるのを待ってるから。そう言ってあげたかったのに。
今朝のロケット打ち上げ、絶対に走も見ている。彼に少しでもこだわりが残っているなら、私のあからさまな煽りにだって何らかの反応をするはずだ。
単なる直感。走が反応してくれる確固たる自信があるわけでもない。でも、そう、信じたかった。
昼が近づくに従って、エアコンもつけず締め切ったままの家の中はどんどん暑くなる。それでも私はリビングのラグの上にぺたりと座り込み、スマホを握りしめたまま待った。
「返事してくれるかなあ?」
思わず本音が漏れる。じくじくと広がるどす黒い不安が頭の中を覆い尽くし、心が折れそうになる。そもそも、ここ数日の出来事だけで私的にはもういっぱいいっぱいなのだ。
「……お腹すいたなあ」
何気なしにつぶやいた途端、お腹がクゥと鳴る。時計を見上げるともう正午近かった。その時、手の中のスマホが小さく震えた。
「来たっ!」
ロックを解除し、LINEの画面を開く。その、わずかコンマ何秒かの時間さえもどかしかった。
〝もう、あきらめる〟
これだけ信じて待った挙げ句にこれ?
「バカ言ってんじゃないよーっ!」
思わずスマホに向かって怒鳴る。なんでそうなるの!
〝なに? あなたの夢ってその程度? 簡単に諦められる程度のものだったの?〟
〝それとも、自信がなくなったの?〟
〝そうか、自分の実力に気付いて怖くなったんでしょ?〟
グイグイと煽るようにメッセージをたたき込む。
打っていて自分でも気分が悪くなる。我ながら嫌味だと思う。でも、ここは走にエキサイトしてもらわなきゃ困る。あの老人並みにおっとりした走を怒らせる必要があるのだ。これでもまだ足りないかも知れない。
〝自信が無いわけじゃない。もう、時間がないだけ〟
〝いーや、あんたは逃げている。甘えてるよ!〟
〝何でそんなことを言うの? 嫌がらせ?〟
〝そう取ってもらって構わない。へ理屈をつけて難しい夢から逃げる走なんて尊敬できない〟
〝ひどい〟
〝ひどくなんかないよ。あんたのロケットはしょせん子供の夢〟
〝そんな……〟
〝その程度の幼稚なおもちゃなら、私にだって作れるよ〟
せっかくテンポ良く返ってきていたメッセージが途絶えた。
「しまった、言い過ぎた?」
私は唇をかんでスマホを強く握る。手のひらにじっとりと汗が滲んで気持ち悪い。
〝ムリムリ。ナツには逆立ちしたって絶対できないよ!〟
かかった! やっと怒ってくれた。
私は額に滲む汗と、いつの間にかポロポロこぼれる涙を左手の甲で拭いながらさらにたたみかける。
辛い。こんなこと、本当は言いたくない。
〝おーし、それほど言うなら賭けてみる?〟
〝どーぞお好きなように!〟
〝じゃあ、私がロケットを作ってやる。もし本当にできたら……〟
〝無理だと思うけどね、できたら奇跡だよ〟
〝私に奇跡を起こせないとでも? 弱虫な自分と一緒にするんじゃない!〟
〝いいよ、できたら何でも言うことを聞くよ。鼻でピーナッツ食べてもいい〟
売り言葉に買い言葉、自分でも何だかとんでもない事を口走っているような気がするけど、ここまで来たらもう突っ走るしかない。
〝いい? そのセリフ、忘れないでよ!〟
〝私のメッセちゃんと見てなさい。逐一報告してあ・げ・るから。感想を楽しみにしてるわ〟
〝そっちこそ途中で泣き言言うなよ!〟
やり取りはそこで途絶えた。
他人からみれば子供っぽい口げんかのレベルかも知れない。でも、走とここまでの大げんかをしたのは付き合いの長い割にこれでようやく二回目だ。
これまでも、一方的に突っかかるのはいつも私で、いくら理不尽に八つ当たりしてもうまくかわされて、気がつくとうまく丸め込まれている感じだった。
今日みたいに走が正面から噛みついてくるなんてこと、太陽が西から昇るくらいあり得ないと今の今まで思い込んでいた。
そんなせいもあって、いつまで経っても興奮が収まらない。顔がかっかと火照り、荒い呼吸と身体の震えがいつまでも続く。涙がいつまでも止まらない。
私は手の甲で乱暴に目を拭い、はぁと大きくため息をつく。
「それにしても……」
メッセージの履歴を眺めて頭を抱えた。大変なことになったなと思う。
「ああーっ!」
思わず吠えて、そのまま床にパタンと倒れ込む。
「どうしよう! どうしよう!」
ロケットなんて全然わからない。興味も知識もまったくゼロ。よりにもよって何でこんなとんでもないことを口走っちゃったんだろう?
でも、頑なにコミュニケーションを拒む走の心に届く方法なんてほかに思いつかなかったし……
……だけど。
最悪の場合、このまま一言も交わせずに私の前からフェイドアウトされてしまう可能性だってあったのだ。それに比べたら、この先も会話できる口実ができただけましな結果だと思う。たとえそれがどれほど困難なハードルだったとしても…。
「……いや、いいわけないじゃん。やっぱ無理ーっ! どうすんのよ?」
自分に向かって駄目を出す。解決策なんて思いもつかない。結局、ラグに転がったまま、考えあぐねてごろりと仰向けになる。
「これでよかった……のかな?」
けんかをしたかったわけじゃない。本当はちゃんと励ましてあげたかった。
元気になって帰ってくるのを待ってるから。そう言ってあげたかったのに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる