ナツのロケット ~文系JKの無謀な挑戦~

凍龍

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第二章 宇宙に届く機械

第18話 バロウマンメソッド

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 結局、その日打ち上げた三機はどれも同じように急旋回して空中で爆ぜた。
 マウンドで発射台の撤去作業を行う物理技術部の部員達は誰も皆微妙な表情で、前嶋部長はもっとはっきり、私の目を睨みながら、
「真壁さん、こんなのより、我々が作った方がずっとまともに飛ぶロケットができると思うんですが?」
 と言い放った。
 いきなり〝こんなの〟呼ばわりされるのは心外だけど、まともな成果が出ていないのも事実。私はただ、唇をきつくかんで顔を伏せることしかできなかった。
「でもな、彼女にやってもらう方がになるんだよ」
 真壁先輩も真壁先輩で、擁護してくれているんだかどうなんだか、微妙にずれた発言でそれに返す。
「だったら、やっぱりロケットも全部こっちで作りますよ。この人には打ち上げだけやってもらえばいいじゃないですか」
 どうやら、真壁先輩は発射装置と発射台の製作を物理科学部に依頼し、ロケットの製作は断ったらしい。
「ふむ。だとしたら、君達は一体どういうモチベーションでロケットを作るんだ?」
「え? 特に理由なんかないですよ。今時モデルロケットぐらいネットに出ている情報だけでいくらでも簡単に作れます。まあ、ちょっとした技術的興味ってやつですかね?」
 前嶋部長の答は素っ気ない。私は両手を固く握りしめ、口を開かないように必死でこらえた。
「それじゃあ、お互いに面白くないよなあ」
 真壁先輩はそう答える。ま、今度も頼むと前嶋部長の肩を叩いてこの話を無理やり終わらせると、私に目配せをして歩き始める。私は慌ててロケットの残骸を拾い集めると、小走りで彼を追う。
「天野奈津希、あれだけ言われてよく我慢したな」
 グラウンドが見えなくなったところで真壁先輩が前を向いたまま感心したように言う。
「全部本当のことですから。それに、私がロケットを打ち上げる理由は宣伝するような事じゃありませんし。必要な人に伝わりさえすれば、あとはどうでもいいんです」
 そう。走に私の本気が伝わりさえすればそれだけでいい。
「そうか」
 彼は振り向きもせず、それ以上つっこんで聞かれることもなかった。
「それより、次の打ち上げはいつにする? できれば次回はPV用の撮影に使いたい。形ももう少し大きい方がいい」
 あんな無残な結果を目の前で見ておいて、それでもこの人はあきらめるつもりはないらしい。
「そうですね……」
 私は脳裏のカレンダーをめくり、製作に必要な日数をざっと見積もる。
 即席の紙工作で駄目なことは今回ではっきりした。もう少しちゃんとした物を作る必要がある。
「一週間、いや、十日……ところで、ライセンスって、すぐ発行されるんでしょうか?」
「なぜ?」
「ええ、できれば私も、もう少しパワーのあるおっきなエンジンでやってみたいです。三級ライセンスだといけますよね?」
 今度こそあの失礼な前嶋部長メガネの鼻をあかしてやりたい。そんな内心の声は出さずに答える。
「判った。とりあえずライセンスについては急いでもらえるよう頼んでみる。ただ、焦らずにもう少し設計を煮詰めろ。大型化はその先だろう」
 当然と言えば当然すぎる忠告がおまけについてくる。
「今日中に次のエンジンを発注しておく。今回の四倍の出力だ。エンジンの直径や長さは同じだから、今回の経験も生きるだろう」
 それだけ言い残すと、真壁先輩は私の方を振り返りもせずに歩き去って行った。

「……あんた、一体何やってんの?」
 地学教室の真ん中でくるくる回っている私を見て、由里子はあっけにとられたように叫んだ。
「え、何って? ロケットの設計」
「って、模型に糸を付けて振り回すのが? この前はいきなり影絵遊びなんて始めるし、最近どうかしてるんじゃない?」
「ひどいな。一応これも影絵もちゃんとしたロケットの設計法なんだってば。NASAお墨付き!」
「うそ? これが? 胡散臭いわね」
 由里子は私が振り回していたモデルロケットを指さして信じられないというように両手をひろげてみせた。
「うん。私バカだから」
「は? どういうこと?」
「うん。計算で格好良くなんてできない。だから直感で調整できる設計法を走が教えてくれて。〝バロウマンメソッド〟って言うらしいよ」
「走? 何、あんた達また連絡取り合えるようになったの?」
「うん、まあ。時々。走の体調が良いときだけ、だけど」
 私は顔を伏せながら答える。由里子だけには、走と音信不通になった経緯いきさつをすべて話していた。
 でも、実を言うとここ数日また連絡が途絶えがちになっている。
 使い始めた新薬の影響で胃の調子が悪いらしく、何を食べてもすぐに戻してしまうらしい。でも、この治療を終わらせないと次の段階に進めないとかで、私としてはとにかく頑張ってとしか言えない。
 相変わらずお見舞いは拒否されっぱなしだし、メッセージアプリを通話に切り替えてもガン無視で、いまだに声を聞くことすらままならない。
「……そう」
 由里子も浮かない表情のままそれだけつぶやくと、気持ちを取り直すようにふっと顔を上げる。
「そうそう、PV撮影の日程が決まったわ。来週の月曜日から一週間。できれば夏休みが終わる前に大体の片をつけたいって」
「そっか。文化祭ももうすぐだもんね」
 気がつくと、夏休みも残り数日に迫っていた。
 私が出演するのは、バンドメンバーが演奏するシーンの所々に入るインサートカットで、PV全体の長さから言うとせいぜい五分の一程度。全部合わせても二分にも満たない。しかも、ほとんどが止め画だと聞いているから、それほど時間も取られないだろう。
「ところで、色、決めたの?」
 由里子が、私の手にぶら下がったままのロケットを指さす。
「え? ああ、ボディーは白。というか、素材の色そのままで行こうと思って。できるだけ軽くしたいから、余計な塗料おもりはつけたくないの」
「えー! 味気ないなあ」
「その代わり、先っちょと尾翼は明るいオレンジ色でアクセントにしようかなって思ってる」
「どうして?」
「ほら、〝夏みかん〟」
「ああ、天野奈津希で〝アマナツ〟ね」
「そうそう。そのあだ名で私を呼ぶのも、今じゃ由里子と走だけになっちゃったなあ」
「え、トモヒロは?」
「そういえば、最近はまともに名前すら呼ばれない。おい、とか、お前とか。ねえ、ちょっとひどくない?」
「あー……」
 由里子は中途半端な声を出すとそのまま不自然に黙り込んだ。
「何?」
「まあ、気にしなくて良いわ」
 言いながら腕をごきごきと振り回し、ふうとため息をつくと、
「それよりそれ、ちゃんと仕上げなさいよね。部として受けた話なんだから、万一失敗すると私ら全体の恥になるから」
 それだけ言い残すと足音も荒く準備室の方に去って行った。
(あれ、なんだか機嫌が悪い?)
 話の腰を強引に折られたようで気になるが、私も結構煮詰まっている。気持ちを切り替えるように頭を大きく振り、やりかけの仕事に戻ることにする。
 今制作中のロケット、N-Ⅱ型(改)は、散々な出来映えだったN-Ⅱと大きさ自体はそれほど変えていない。
 尾翼が多少後ろに流れるような形になり、全長が何センチか伸びただけだ。
 ネットで情報を集めるだけ集めて、私が本当に欲しい情報は意外とあるようでないという事実に今さら気がついた。
 それでも、もう、走り出してしまったものは仕方ない。
 ない頭を絞って私なりに考え、材料は吟味した。工夫したのは和紙を使うこと。
 極薄の和紙、コウゾ紙をプラスチックの筒に巻き付けて樹脂でコーティング。それを何度か繰り返す事でモデルロケット用に市販されている紙の筒より格段に軽くて頑丈なボディができた。
 尾翼も和紙を重ね合わせ、同じように樹脂を含ませて板状に固める。先っちょの尖った部分(ノーズコーンと言うらしい)もバルサという柔らかい木片で型を削り出し、和紙をちぎって張り重ね、樹脂コーティングしてから型を抜くときれいな紡錘形になった。
 もう一つ、私がうかつにも知らなかったのは、そもそもモデルロケットのノーズコーンは取り外し式にしてボディの中にパラシュートを入れる必要があること。ロケットが落ちてきて危険だし、何よりエンジンが最後に逆噴射した時の圧力でボディが木っ端微塵にはじけてしまう。考えてみればまあ、当たり前の話だ。
 前回N-Ⅱがバラバラになったのは、そんな基本的な構造すら知らなかったせい。
 前嶋部長が呆れ果てた冷たい目をしていた訳も、今になってみればよ~くわかる。
 私はノーズコーンの先端に油粘土をひとつまみとって詰めこむと、手早く組み立て直してロケットのボディを指の先に乗せ、バランスをとる。
 重心はできれば先端に近い方がいい。一方で、ロケットの形を影絵のように厚紙に投影し、その形状を板状に切り抜くと、その〝影絵〟の重心は、立体物であるロケットの重心とは異なる場所に落ち着く。これを圧力中心とか言うのだけど、本来の重心と、圧力中心の位置関係がけっこうややこしい。
 私はロケットのバランスが取れた位置をタコ糸でくるりと一回りして結ぶと、少しだけ前下がりになるように糸の位置を微調整する。セロテープで糸がずれないように仮止めすると、ぶら下げたロケットを振り子のように振り始める。
 そのうち、ロケットの先端はなぜか徐々に持ち上がってボディ全体が水平になり、おまけに単純な左右運動ではなく、円を描くように揺れ始める。
 その瞬間、ロケットの先端がまるで意思を持っているかのようにくるりと動いて円運動の進行方向を向いた。
 何度やっても不思議だ。
 でも、こうやって糸でぶら下げて揺らした時、素早く進行方向に頭が振れるロケットは良いロケット、らしい。
 全部走からの受け売りだけど。
 とりあえず、このバランスが一番感度がいい。
「よし!」 
 私は糸を取り外してもう一度バランスを確認し、エンジン部分を取り外すと、ボディを机の上にコトリと立てた。
 とりあえずこれで色を塗ってみて、それでもバランスが変わらなければ完成だ。
 色が着いては困る部分に隙間なくマスキングテープを貼り、まるでミイラ男のようになったロケットとスプレー缶を持って立ち上がった。
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