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16 ルシアン視点
しおりを挟む「殿下。次はこちらにサインを」
息苦しい空気漂う自室で、傍らに立つ女がサッと書類の束を寄越した。
パッと確認しただけでも10枚以上あるその束の表紙にペンを走らせようとしたところ、手の甲をペチンと硬いもので叩かれた。
「っ?!」
「何度言えばお分かりですか坊っちゃま。書類に全て目を通し、問題がないことを確認してようやく署名をするのです。中身を見ずに印だけ捺す馬鹿がありますか」
教鞭を振るい嫌みったらしく説教するこの女は王宮家庭教師のドリー。もう二度と世話にはならないと思っていたのに……!
「王太子である貴方様を再教育するよう妃殿下に仰せつかったからには、もう二度と!わたくしの前で愚かな行いはさせませんからね?!」
ヒステリックに叫ぶドリーに僕はチッと舌打ちを返した。
それもこれも、サラが王宮に来なくなってから全てが狂いだした。
官吏たちをコンシェナンス家に送って以来、奴らはサラではなく僕の元に大量の書類を置いていくようになった。
確認、確認、確認………そんなもの僕にいちいち聞くな!大体全部把握してるわけないだろ!今まではサラが全部やっていたことなんだぞ?!
そう怒鳴ってやると奴らは冷めた目を向けて立ち去っていく。こんなことも出来ないのか、と鼻で笑うのだ。
聞けばもうすぐ全員クビになるらしい。ハッ!ざまぁない!
……とはいえ、僕の立場はどん底まで落ちた。
そのトドメとなったのが、例の暴動事件だった。
「全く、どこぞの男爵令嬢に唆されるなんて」
「……ミュアはどうなった?」
「今は貴族牢に入れられておりますわ。噂によると処遇は王妃殿下がお決めになるとか……妃殿下は厳しいお方ですから、水責めの刑あたりが妥当かもしれませんね」
「っ貴様!!」
叫ぶがドリーはふっと鼻で笑い、再び大量の書類をデスクの上に置いた。
「それよりもご自身の心配をなさった方が宜しいのでは?今日は寝かせませんわよ?」
「っ……少し出かける」
持っていたペンをデスクに叩き付ける。
「そんな暇はございませんよっ!」
「うるさい。あの方に謁見だ、すぐに離宮に出向く」
「っ?!」
離宮という単語を出せば、あのドリーの表情が強張っていった。
当たり前だ、あの方の名前を出して黙らない人間などこの王国にはいない。あれほどピーチクパーチクうるさかった女がこうも黙り込むのは愉快だ。
(やはり、あの方に助けてもらおう……!)
■□■□■□■□■□
重い扉をゆっくりと押し開ける。
この離宮はごく一部の限られた侍女と王族しか入ることを許されていない。センスのいい調度品が最低限に備えられ、壁には何枚もの絵が飾られている。その中には僕の肖像画も飾ってあり、愛情の深さが感じられ思わず苦笑してしまった。
(ミュアのことはひとまず忘れよう。……あの人だってさすがにそこまで酷いことはしないだろ)
母上は美しく、それでいて厳しい人だった。
一人息子である僕を甘やかすことなく、常に王妃と王太子という関係で接する。愛されていないんじゃないかと錯覚するほどの距離感に寂しさを感じることもあったが……
「あら、どうしたのルシアン」
部屋の奥から心地のいい声が聞こえ僕はそっと微笑んだ。
いつもの優しい笑顔に心がホッとする。ゆっくりと側まで近寄り深々と頭を下げた。
「突然来てしまい申し訳ありません。その……少し、助けて頂きたくて」
伏し目がちに呟けば、想像通り、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「最近サラとの関係が良くないのです」
「サラ……?」
「はい。今までは従順に言うことを聞いてきたのですが、最近は公務もサボるようになり、生意気で……少し前までと性格がまるで違うのです!」
あぁ、話していたらまた苛立ってきた。
柔らかかった表情からだんだんと笑みが消えていく。
「あの女は次期王妃に相応しくありません!今すぐ婚約破棄を……」
「ダメよ」
凛とした声にぐっと言葉を飲み込んだ。
いつもは優しいのに、サラのこととなると厳しくなる。僕を大切に想っているなら何故婚約破棄をさせてくれないんだ。
「きっと仕事で疲れているのね。貴方は頑張り屋さんだから身体を壊してしまうんじゃないか心配だわ」
「………はい」
優しく頭を撫でられる。こうされてしまうと反抗心が収まってしまうんだから本当にすごい。
「大丈夫。サラは心から貴方を愛している、そうである限り、貴方が困ることなんて何もないでしょう?」
「っ……しかし、」
「全部私に任せておきなさい。ちょっとだけ拗ねているだけ、女の心は傷付きやすいけど決して割れないの。案外しぶといのよ?」
「………貴女が言うなら」
「そうねぇ……近々またみんなでお茶会でもしましょう?ほら、5年前にやって以来じゃない」
「……分かりました」
不本意だが。
心の中でそう呟きながら部屋を後にする。
だが、僕は最後まで気付かない。
部屋を出る僕が背中を向けた瞬間、すっと無表情になったことに。
その瞳が、氷のように冷たく光っていたことに。
「あらあら……ついに魅了が解けちゃったのね」
ルシアン=ブルーディアが部屋を出た瞬間ぽつりと呟いた。
「さてと、」
重い腰を上げ、皺が増えた口元はまるで少女のように無邪気に笑っている。
「本当に、手のかかる孫だこと」
彼女が指をパチンと鳴らすと、小さな魔法の光が火花のように弾け飛ぶ。
そして、前王妃マリアン=ブルーディアは5年ぶりに自身の魔術を試したのだった。
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