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しおりを挟むアシュレイ様と婚約関係になったこの3年間、彼は仏頂面ではあるものの一度だって私に厳しい言葉をかけた事はない。婚約者として不器用なりに私を大事にはしてくれていたんだと思う。
そんな彼の、こんなに怒った顔は初めてだ。
「俺の聞き間違いか?今、婚約破棄という言葉が聞こえたんだが」
「あ……その、」
「グラシャ」
グッと顔が近付く。
アシュレイ様はいつも遠慮がちに私をグラシャ嬢と呼ぶ。でも今は違う……食べられてしまいそうな雰囲気に、私は目を逸らす事すら出来ない。
「何故そんな事を言うんだ、俺に不満があるならはっきりそう言ってくれ」
「違っ、そうじゃなくて!ただ……」
「ただ?」
「ば、バレイン嬢のことは」
「?何故、今シルビアの名前が出てくるんだ」
さっきまでの表情とは一転、きょとんとしたアシュレイ様に私の緊張の糸も切れてしまう。
(なんかちょっと可愛い)
「え、だって……両想いだって」
「誰と誰が?」
「あ、アシュレイ様とシルビア嬢です」
「は?」
「へ?」
間抜けなやり取りがしばらく続いた。何だか話がいまいち噛み合わない。
彼女は言っていた。自分とアシュレイ様は両想いで……あれ?そもそもシルビア嬢ははっきりそう言ったのかしら。私は取り巻きの一人がそう言っていたのを聞いただけ。
「シルビアは幼馴染だ。恋愛感情はない」
……って事は、全部勘違い?
「で、でも!お二人はとてもよくお似合いで!周りも皆お二人の仲を応援しております!」
「お似合い?そう言われても彼女は昔馴染みなだけだ。それに君と婚約を結んだ日からシルビアとは距離を置くようにしている」
「そうなんですか?」
「当たり前だ、婚約者がいるのに他の女性と仲良くする訳ないだろ」
当然とばかりに言い切るアシュレイ様。
(そっか、勘違いか……)
内心ホッとしている自分がいる。
(どうしてかしら、さっきまでアシュレイ様のことよく分からない人だと思ってたのに)
自分への配慮を感じ胸が熱くなる。
それが分かった途端に自分が彼を信じ切れなかったことが恥ずかしくなった。
「グラシャ」
「……こちらを見ないで下さい。私はアシュレイ様をほんの少し疑ってしまったのです、もしかしたら浮気をしてるんじゃないかと思って」
テーブルの下で拳をぎゅっと握る。
噂話に踊らされてしまうなんて……
「……いや、俺も悪い」
「そんなことありませんっ!私が、」
「誤解させた俺が悪いんだ」
「違います!私です!」
「俺だ」
「私です!」
しばらくそんな言い合いが続き、アシュレイ様も負けじと言い返してくる。
(アシュレイ様ってこんな頑固なの?!)
全然私に非を認めさせてくれない!
気付けばお互いにハァハァと息を荒くしていた。
「……ふふっ!あははっ!アシュレイ様ったら強情ですね!」
「君こそ、こんなに頑固とは思わなかった」
「こちらのセリフですよ」
遠慮がちだった空気が和らいでいく。アシュレイ様も口元に小さく笑みを浮かべていた。こんな柔らかい表情今まで見た事がない。
(こんなに大声で笑ったのは久しぶり。何だかスッキリしちゃった)
「グラシャ……嬢」
「ふふっ、グラシャとお呼び下さい。先程からずっとそう呼んで下さったじゃないですか」
「あ、ああ…」
ぷいっと顔を背けるアシュレイ様。しかしこちらからはその真っ赤な耳が丸見えで、私はまた小さく笑ってしまった。
「私たち、お互いにちょっと誤解があったのかもしれませんね」
「そうだな……もっと、ちゃんも話すべきだった」
「はい。……これから沢山知っていきましょう」
この人はただ不器用なだけだったのかも知れない。
それまで怖いと思っていた印象がどんどんと薄れていく。
私は冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「明日、今度は俺が迎えに行く」
「え?ああ、学校にですか?でもお忙しいのですから無理をなさっては」
「構わない。これからはこうして、訓練までの時間は一緒に過ごさないか?」
それって、デートのお誘い?
アシュレイ様を見れば照れたように視線を逸らしている。こっちまで恥ずかしくなってしまう彼の態度にコクンと頷いた。
「ええ、ではお待ちしております」
「ああ」
「ではその次は私がお迎えに行きます。来て頂くばっかりでは嫌なのでこれからは交互にしましょう」
「……君がそう望むなら」
ニコッと微笑めば一瞬驚いた表情をするが、また合わせるように笑ってくれた。
これも全てあの噂話のおかげね。
呑気にそんなことを思いながらその日初めてのデートを終えるのだった。
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