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しおりを挟むアシュレイ様の通う騎士学校は私のいる女学校のすぐ隣りにある。だから仲の良い婚約者同士なんかは校門前で待ち合わせをし、デートを兼ねて一緒に帰るのが主流ではあった。
が、私とアシュレイ様はこれまで一度も一緒に帰った事はない。
(仲が良い、とは少し違うのよね)
アシュレイ様はいつも仏頂面で何を考えているか分からない人。顔面の偏差値が高いから余計怖くて迫力がある、そんな印象だった。
彼を騎士学校の校門前で待っていると、すれ違う男子生徒たちがチラチラとこっちを伺っていた。
(んー……やっぱり出直そうかしら)
敷地の外とはいえ女子禁制のこの学校では少し目立ってしまう。こういう時はやっぱり事前に連絡を入れておいた方が良いわね。
校舎に背を向け帰ろうとした時だった、
「グラシャ嬢!」
後ろから声を掛けられて振り返る。
「アシュレイ様……」
さっぱりと切られた黒髪とガタイのいい体が遠くからでも分かってしまう。小走りに駆け寄って来たアシュレイ様はいつもと違って少し余裕のない表情をしている。
私はすかさず深く頭を下げた。
「突然押し掛けてしまい申し訳ありません」
「いや、構わないが……どうしたんだ?」
ものすごく不思議そうな顔をしているアシュレイ様に苦笑する。そうよね、今まで一度も会いに来なかった名ばかりの婚約者が急に来たんだもの。
「少しお話したいことがありまして……その、この後お時間ありますか?」
「話……夜の訓練までなら、」
そう言って気まずそうに視線を逸らされた。
(……シルビア嬢の話、本当なのかも)
彼はいつだって私と話すときに目を離す。
よっぽど私のことが嫌いなのか、それともシルビア嬢への罪悪感からなのか。いずれにせよ良くは思われてないんだろう。
「ここで済むような話ですが、出来れば人気のない場所の方が良いので……差し支えなければ我が家の馬車の中ではいかがですか」
「ああ。……いや、」
「え?」
「どこでも良いなら場所を決めてもいいか?」
「え、ええ」
「ならうちの馬車に乗ってくれ」
「?はい」
訓練で忙しい身なので手っ取り早く話を済ませようとしたが、アシュレイ様は少し悩んだ後そう言った。そして私の返事を待ち、そのままスタスタと馬車が待つ場所へと歩き出してしまった。
(えっと……ついて行けばいいのよね?)
小走りでアシュレイ様の後を追った。
*****
「えっと……」
「………」
辿り着いたのはこじんまりとしたお洒落なカフェ。美味しくて可愛らしいスイーツと外国からも仕入れている茶葉が有名で、令嬢たちの間で流行っていると聞いたことがある。
放課後の時間だというのに誰もいないテラス席で、私とアシュレイ様は無言のまま紅茶を飲んでいた。
「………」
「………」
(気まずい!ものすごく気まずいわ!)
わざわざ貸し切りにしてくれたのだろう、こんな人気店をすぐに貸し切りに出来るところが流石スプラウト家だ。
気まずさから目の前に置かれているケーキをぱくぱくと食べ進めて行く。ちなみにもう3個目だ。
「美味いか?」
「え?あっ、はいとっても!実はここのカフェに来てみたかったので嬉しいです」
「そうか」
「………」
「………」
会話が続かない。
(そもそも何でここ?別に人が居なければどこだって良かったのに)
これじゃまるで放課後デートみたいだ。
そう思えばちょっとだけ恥ずかしくなってきた。
「それで、話とは?」
「あっ……えっと、お聞きしても宜しいですか」
「何だ」
持っていたフォークをテーブルに置き、真っ直ぐにアシュレイ様を見つめる。
「私たちの婚約についてです。単刀直入にお聞きしますが、アシュレイ様は私との婚約を破棄したいのではないですか?」
「……何?」
「もしも心に思っている女性がいるのであれば私は全力でアシュレイ様たちを応援いたします。円満に解決出来るように私からお父様に計らいましょう」
スラスラと話す私とは対照的にアシュレイ様の顔色はどんどん曇っていく。
(あれ、なんだが……怒ってる?)
ただでさえ険しい顔が見る見るうちに不機嫌なものに変わっていく。怯んでしまいそうになるが、これも私が穏便に生活していくため。そして何より、アシュレイ様が望まぬ結婚をしないようにするためなんだから。
「もう一度言ってくれ」
「で、ですから私がお父様に……」
「誰が婚約破棄を望んでいるだと?」
低い声が聞こえた瞬間、ガタンと机が音を立てる。
「俺が君を手放すと、そう思っているのか?」
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