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しおりを挟む突然聞こえた声にその場にいた全員の動きがピタッと止まる。ゆっくり声のする方を向けば、少し怒った様子のアシュレイ様が立っていた。
「あ、アシュレイ様……」
「アッシュ!」
呆気に取られたままの私を置いてシルビア嬢はすかさずアシュレイ様に駆け寄っていった。
「久しぶりじゃないかアッシュ!随分見ない間に男らしくなったんだな!」
「……久しいな。シルビア」
「お前がなかなか会ってくれないから。私はずっと心配してたんだぞ?ミハエルとケインは元気か?」
「……2人とも婚約者がいる、特にミハエルは近々挙式予定だ」
「そうなのか?アイツ、私にはまだ招待状が届いてないが……まぁいいや、じゃあ独身最後の日にまたみんなで集まってポーカーでも」
「その必要はない」
マシンガントークを続けるシルビア嬢を無視してアシュレイ様はこっちに歩いて来た。
「グラシャ、迎えに来た」
「えっ……はい」
「何だか揉めている様だったが、俺の気のせいか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアシュレイ様にちょっとキュンとしてしまう。
私はふるふると首を小さく振った。
「大丈夫です、少し誤解がありまして」
「なら良いが」
「ご心配おかけしてごめんなさい」
そんなやり取りをしていれば、アシュレイ様越しにシルビア嬢の背中が見える。その肩は小さく震えているみたいだ。
(華麗にスルーされてあれはちょっと傷つくかも)
案の定、シルビア嬢は余裕のない笑顔でこちらに寄って来た。
「おいおい無視するなよアッシュ!久しぶりに会ったんだ、ゆっくり話そう!」
そう言ってポンとシルビア嬢の手がアシュレイ様の肩に触れる。が、すぐさまその手は振り払われた。
「え?」
「シルビア、ここは大勢の人間が見ている公の場だ。気安く接してくれるな」
「なっ!何言って……私たちは幼馴染で、」
「だが侯爵家と男爵家の人間でもある。口の聞き方と態度を改めてくれ」
アシュレイ様の言っていることは正論だ。
2人が例え仲のいい友人関係だとしても身分の差は縮まらない。内輪だけならいい、でもここは沢山の生徒が通っている学校だ。ここでの噂話は必ずその親たちがいる社交界に流れてしまうんだから。
アシュレイ様は私の肩をそっと抱き寄せる。
「悪いがこれから彼女と用がある。また機会があれば会おうシルビア」
それだけを言い残し私たちはこの場を離れようとした。その光景を眺めていた取り巻きや他の生徒たちは、私やシルビア嬢に聞こえる程度の声で噂を始める。
「ねぇ、誰かスプラウト様とシル様は密かに想い合う仲だって言ってなかった?」
「私も聞いたわ。……でもあれじゃあねぇ」
「完全に眼中にないのはシル様じゃない」
「まぁ……どんなに素敵でも、所詮男爵令嬢だし」
「ノーストス嬢ったらお可哀想」
たった1日で形成が逆転。
学校の王子様だったシルビア嬢は、今は「振られた可哀想な女」になってしまう。周りからの陰口に耐えるように俯く彼女を見ていられなくなった。
(一声かけるべきかしら。……いや、それこそ彼女のプライドを刺激しちゃうか)
私はアシュレイ様に促されるまま学校を出た。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですってば!」
馬車に着くなりアシュレイ様は私の顔を覗き込んでいた。ちなみにこのやり取りは既に5回目を迎えている。
「学校に着いたのは君がシルビアから暴言を受けている時だった。……もっと早く迎えに来れれば」
「いえいえ助かりましたから。本当にご心配なさらないで下さい」
「しかし」
こうなったアシュレイ様はしつこい。というのは昨日のカフェでのやり取りで学習済みだ。
「アシュレイ様に早くお会いできたのでもう忘れてしまいました。それよりも本日はどこに参りましょう」
ぎゅっとアシュレイ様の手を握る。これで少しは安心してくれれば良いんだけど……。チラッと顔を見ればアシュレイ様は目を丸くし固まっていた。
(急に手を握るなんて軽率だったかしら)
そっと手を離そうとしたが、今度はアシュレイ様からぎゅっと握り返された。
「今日は……美術館はどうだろう」
「えっ!は、はいっ!」
手を握りながら話し続けるこの状態に顔が熱くなっていく。というか、アシュレイ様は恥ずかしくなってないのかしら。
馬車という二人きりの空間、バクバクとうるさい心臓の音がアシュレイ様に聞こえてなければ良いのだが。少しずつ縮まる距離に私も思わず微笑んでしまう。
「何だ?」
「いえ、何でもありません」
「?」
明日はどこに行こうか。
もっと彼を知るために、もっと私を知ってもらうために。
美術館に到着する頃には、私の心からさっきまでのモヤモヤは綺麗さっぱりなくなっていた。
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