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ヴィンセント=キュレッド

彼の魅力は何か。
そう聞くと、大抵の令嬢たちは口を揃えてこう言う。

『たまに見せる冷たい目がゾクゾクするのよ!』

最初はその意味を全く理解していなかった。
だってヴィンセントはいつも優しくて、ニコニコ笑ってくれる印象しか私にはないから。でも……

のことか……)

目の前で実際見るヴィンセントは表情は笑ってはいるものの、目の奥は凍るように冷たく鋭い。

「分かっていないようだから俺が教えてあげるよ。まずは父さん、母さん」
「!」
「昔から貴方たちは誰かに頼ってばかりで自身の努力を怠ってきた。金策はロットバレン家に、老後は俺に。何でもかんでも欲しがって甘えてきた貴方たちを好んで誰が助けようとするんだい?」
「ゔ、ヴィンセント……」
「そんなっ私たちは……」
「まだ過ちを認めないの?本当に愚かだな」

ハァと大きくため息をついてみせる。

「貴方たちがキュレッド家を衰退させた、何でその尻拭いを血が繋がってるという理由だけで俺が立て直さなきゃならないんだ」

吐き捨てる彼に夫妻はただ黙って聞いているしかなかった。

「だが……一番の愚か者はお前だよ、アルバート」

床に座り込むアルバートの胸ぐらを掴みグッと顔を寄せる。どこか似たような顔をしている二人だが、その表情は天と地ほどの差があった。

「お前、シャロンに謝罪したのか?」
「っ……にいさん」
「この場で一番可哀想なのは自分だと思ってるのか?違うだろ。一番可哀想なのは、お前という貧乏くじを引かされながらも必死に向き合おうとしてくれたシャロンじゃないのか」

それを聞いてアルバートは私を見た。

(久しぶりにちゃんと目が合った)

いつもアルバートは私を見ているようで見ていなかったのに、今初めて私という人間を認識してくれたような気がした。

「シャロン」

泣き声にも似た声で私の名前を呼ぶアルバート。
その顔はようやく現実に帰ってきたように見える。

「シャロン……ごめんなさい」
「アルバート」
「ごめんっ……君に相応しい婚約者になれなくて、何度も君を傷つけてごめん!」

今までのように口先だけの謝罪ではない。
心の底からの謝罪に、今まで胸に引っかかっていた何かがストンと取れたような気がした。

(そんな言葉だけで許すなんて出来ない。けど)

私はアルバートに背を向ける。

「私も、貴方という男にちゃんと目を向けていなかったかも知れない。最後まで愛せなくてごめんなさい」
「シャロン」
「……もう二度と、私たちやヴィンセントの前に現れないで」

これが、私がアルバートにかけてあげられる最後の言葉だった。


「……だめよ、」


小さな声が聞こえた。

放置していた彼女に目をやると肩を小刻みに震わせ、何やらぶつぶつと呟いていた。

「エマ……」
「ヴィジーが家を出て行くのも、アルが公爵になれないのも全部ダメよ!」

大声で叫ぶ彼女に全員が目を丸くする。

(一番の部外者である彼女がどうしてここまで怒れるのかしら)

ラングレー嬢は力なく座り込むアルバートへ駆け寄り、腕をぐいぐい引っ張りながら叫ぶ。

「アルっ、何とかしてよ!」
「エマ……もうやめよう、これ以上は」
「何で?!だって私たち悪くないでしょ?」

悪くない?
その言葉に私やヴィンセントは眉を顰める。

「アルは体が弱い私のために全部してくれた事じゃない!ちょっとでも喜ばせようと、色んなものをプレゼントしてくれただけよ」
「……それなら身体の関係は?」
「それだって慰めてくれただけよ!全部友達としてしてくれたことなのに!」

無茶苦茶な理由を叫ぶ彼女に周りは呆れるしか出来なかった。
常識が通用しない。
彼女を一言で言い表すならまさしくこれだ。

私はラングレー嬢の前に立ち、キッと睨みつけてくる彼女を見下ろした。

「な、何よ?!」
「……貴女、可哀想ね」

私の言葉にピタッと動きを止める。

「……なんですって、」
「可哀想だと言ったの。いい加減、悲劇のヒロインを気取るのはやめたらどうかしら」
「ハァ?!」

激昂する彼女を見下ろすと、そんな私の態度が気に入らないのかますます顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

(癇癪を起こした子供よりもタチが悪い……しょうがないわね)

私は胸元からもう一度紙を取り出す。

「エマ=ラングレー男爵令嬢」
「な、何よ」
「貴女が幼少期に患ったとされる病名は何かしら」
「病名?……そんなの、体が弱いとしか」

急に口ごもる彼女にハァとため息をつく。

「これは昔、貴女を診察した医師が書いた診断結果。ここにはちゃんとした病名がかかれているわ」
「っ!」
「さぁ答えて、貴女がずっと言い続けている体が弱いという証拠を」

分かりやすく顔色が変わるラングレー嬢。

「わ、私は……そうよ、心臓が悪いの!心臓が人一倍弱ってて、今でもその時の後遺症が」
「あら?おかしいわね、ここには血液が通常の人よりも極端に生成されない為、すぐ酸欠状態になると書いてあるわよ?」
「っ!」
「心臓だなんて一文字も書いていないわ」

ぺらっと紙を彼女に見せる。
ラングレー嬢が自分の症状をよく知らないのには訳があった。

「ねぇ教えて?いくらでこの偽の診断書は書いてもらったの?」
「「「!!!」」」

そう、彼女の病気は嘘。
ヤブ医者とも名高い医師の名前が書かれたこの診断書を見た瞬間ピンときた。彼女が診察を受けた記録は後にも先にもこの一回だけ。

(血液の生成に関わるような難病にかかっておきながら医師の診断が一回だけなんてどう考えてもおかしい)

足がつかないとでも思っていたんだろう。こんな見え見えの嘘、ちょっと調べればすぐにバレるのに。

さっきのヴィンセントを思い出す。
そして彼の真似をするように満面の笑みでラングレー嬢にぐっと顔を近づけた。

「アルバートはあげるわ。良かったわね」
「……」
「それと彼に買ってもらったであろうドレスも宝石も全部あげる。そのくらい私にとってはどうでもいいけど、貴女は病気だなんて最低な嘘までついて欲しかったんでしょ?」

ふふっと鼻で笑うと、彼女の怒りの沸点がどんどん上がっていくのが目に見えて分かる。

「さよなら、もう会う事はないでしょうけど」

ニコッと笑い彼女から離れる。
ちょっとは彼女のプライドを傷つけられたかしら?
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