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21 アルバート視点
しおりを挟む『初めまして。シャロン=ロットバレンです』
初めて会った彼女は表情一つ変える事なく言った。
(ロットバレン公爵令嬢……知ってる、学校の男子たちがいつも騒いでた)
可愛くて頭がものすごく良い。そして公爵家のお嬢様なのに偉そうじゃなくて誰にでも優しいって評判だ。
そんな彼女と、僕はどうやら結婚するらしい。
(かわいいけど、エマのがずっとかわいい)
幼馴染のエマ。
親同士が仲良くていつも屋敷で遊んでいた彼女は、体が弱くて学校に行けていない。でもきっと通っていたら間違いなくロットバレン公爵令嬢よりも有名になっていたはずだ。
エマは好き。いつもニコニコしてて可愛いから。
でもこの女は好きじゃない。無表情で怖いから。
『この女と結婚するんですか』
ため息まじりにそう言えば公爵令嬢は一瞬目を丸くし困ったように笑う。
何故あんな風に彼女は笑ったのか。
何故大人たちの口元がピクピク引き攣っていたのか。
それが僕の、愚かさの第一歩だ。
*****
婚約破棄を言い渡されたあの日。
あれからもう半年が経っただろうか。
あの後、ロットバレン家とキュレッド家の婚約はすぐに破棄された。婚約を結ぶのとは違い破棄するにはいくつもの審査や手続きが必要になる、だがシャロンは事前に準備を進めていたのか破棄までに1週間もかからなかった。
原因は僕の不貞行為。
そのため、キュレッド家は多額の慰謝料をロットバレン家に支払った。おかげでキュレッド家は破産、父さんも母さんも今はどこかの領地で働きに出ているだろう。
そして僕は……
「アル……アル、どこにいるの?」
薄暗く埃っぽいアパートの一室。
ノックをして部屋に入ろうとした時、中から弱々しく僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ガチャっとノブを回し入れば、ベッドだけが置いてある小さな部屋にいた彼女はパァッと満面の笑みを向けた。
「アルっ!」
嬉しそうに微笑むエマは僕を見るなりベッドから起きあがろうとする。だが、痩せ細った彼女は立ち上がろうとした時にグラっと体をふらつかせる。
急いでその体を支えれば、手に骨の感触が伝わってしまった。
エマは変わってしまった。
輝かしい金髪はバサバサになり、ふっくらとした唇もかさついている。栄養が行き届いていない体は今にも折れてしまいそうなくらい細い。
そして何より、彼女は以前にも増して僕に依存するようになった。
「どこに行ってたの?」
「ああ、買い物に行ってただけだよ。ほら、パンと水を買ってきたから食べな」
「食べ物なんてどうでもいいの。お願いだから私を置いていかないで」
僕は今、この部屋に通ってエマの世話をしている。あの婚約破棄で全部を失ったのは僕たちだけではなかった。
結局エマは病気にかかっていなかった。
貧しかったラングレー家は幼少のエマを病気と偽り、周りから医療援助費や見舞金を騙し取っていた。そんなエマは両親から「病気だ」と言われ続けていたため、自分は体が弱くて可哀想だと思い込んでいたらしい。最終的にエマは両親に捨てられて、今はこのボロアパートで引きこもりの日々を続けている。
「ねぇエマ、働きに出てみないか」
「私が?」
「ああ。お金が尽きればいずれここも追い出されてしまう、そうならないために働かないと」
「嫌よ。それじゃアルと一緒にいられなくなるもの」
「そんな事を言ってる場合じゃないだろ?」
こんな状況になってもエマは頑なに外に出ようとしない。ただ今までと大きく違うのは、あの頃よりもずっと病人らしいという事だ。
「アル、そんな事よりずっとここにいて?」
「……ダメだよ、ちゃんと帰らないと」
「嫌よ。アルバート、側にいて。なんなら私と結婚してよ」
縋るように寄ってくるエマの体を引き離し再びベッドの上に寝かせた。
「僕は……一生、結婚出来ないんだよ」
そう。それがシャロンを裏切った代償。
婚約者がいるのに不貞行為を行った者は一生結婚が出来ない。あの頃は気にもしなかったが今ようやくそれが辛い罰だと実感する。
(僕は一生、大好きな人と笑い合って幸せになれない。苦しい時も、死ぬ時も僕は一人だ)
「エマ、明日も来るよ。ちゃんと来る」
「嫌よ、行かないで」
昔は可愛いと思えたエマの我儘も、今では何とも思えない。
(エマにとって僕は……兄さんの代わりだ)
あの日、エマは兄さんに捨てられた。
いや、元々二人はそういう関係じゃなかったけど、もう兄さんにとってはエマ=ラングレーという人物自体がいないものとされた。
エマは多分、兄さんが大好きだった。
特に寂しがり屋なエマのことだ、兄さんに相手にされなかった寂しさを紛らわせたかったんだろう。
何度も僕に愛してると言わせたのも、自分を抱かせたのも、結局は兄さんに相手にされない自分を慰めるため。
エマの心は想像以上に壊れていたんだ。
「アル……好き、好きよ」
壊れたオモチャのように何度も好きと言うエマに、僕は小さく笑ってやる。
本当の愛はもうない
でも、彼女を捨てずに最後まで面倒を見ることが僕が出来るシャロンへの唯一の贖罪。幸せにならず、僕はずっとエマと一緒にいよう。浮気相手ではなく、今度こそちゃんとした幼馴染として。
「……僕も好きだよ、エマ」
依存しているのはエマなのか、僕なのか。
今となってはどうにもならない関係だ。
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