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しおりを挟むそれからは怒涛の毎日だった。
毎日のようにメイエル家に行きドレスや宝石商を交えて衣装の打ち合わせをし、そのままお抱えのエステティシャンさんに何時間も体のメンテナンスをされる。
屋敷に戻ってくる頃にはもうクタクタなんだけど……
「いらっしゃるなら事前に仰って下さい、皇帝陛下」
屋敷に戻れば当然のように寛ぐ陛下がいらっしゃった。
ついでにノーマンも一緒だわ。
「せっかく会いに来たのに冷たいねー」
「お忙しいんじゃないのですか?」
「忙しい合間を縫って来たのに……ノーマン、お前の姉はこの僕にあんな口の利き方をするよ?」
ぶーぶーと文句を言いながら机の上のお菓子を頬張る。
ここだけ見れば年相応の男の子なんだけどなぁ。
私は陛下の正面に座ればノーマンがお茶を淹れてくれる。お客人なのに何か申し訳ないわ……。
「無事に養子縁組が終わったそうだね」
「ええ……陛下のお心添えで」
「僕は何もしてないよ。でもジェラルドがギャーギャー騒いで報告して来たのはうるさかったけど」
あ、なんか想像出来るわ。
うんざりした表情の陛下だけど、ジェラルドさんの話からすれば言うほど悪い気しなかったんじゃないかしら。そう思うと何だか微笑ましく思いついふふっと笑ってしまう。
「式の準備も滞りなく進めております。ジェラルドさんのお話だと、あと1ヶ月後には準備出来ると仰っておりました」
「ふーん、流石仕事が早いね」
「ええ、それで陛下。一つ宜しいですか?」
のんびりお茶を飲む陛下に声をかければ、それに気付いたノーマンは懐からバサリと紙の束を取り出した。
えっ、これは……
「君が気にしているのは招待客のリストだろ?」
「っ!さすが陛下、お見通しですわね」
「各国の国王と王妃、それから多種多様の要人達だ。どれも今の帝国と付き合いが深く今後も切っては切れない相手だろう」
これでも厳選したんだけどね、と陛下は少し疲れたように仰る。渡されたリストに目を通せば、私でも名前を聞いた事がある貴族や有名騎士の名前ばかり。
何枚もあるページをどんどん捲っていき、そしてあるページの所でその指を止める。
やっぱり……。
「モニータ王国からは、国王陛下と王太子殿下をお呼びになるのですね」
私がそう呟けば陛下はニヤッと笑いコクンと頷いた。
心の何処かで顔を合わせなくて済むと思っていた。
なんだかんだで陛下は優しい人だと……でも、そんなのは私の我儘に過ぎなかった。
「まぁ別に呼ばなくても良いんだけどね、折角なら間近で見たいじゃん?」
「……何をですか」
「君を簡単に手放した愚か者を」
これまでジーク様は面倒な外交公務は一切行わなかった。だから陛下様とジーク様は顔を合わせた事は実は一度もない。
陛下にとっては暇つぶし感覚なんだわ。
「……いい趣味とは言えませんわね」
「堅いこと言うなよー。君のリハビリにもなるだろ?」
「リハビリ?」
怪訝そうな顔で聞き返せば、陛下はふぅと小さくため息をつく。何よ……どういう意味?
「ソフィアさ、誰かにブチ切れた事ある?」
「えっ」
「文句を言ったり、泣き言を言ったり、それこそ感情のままに大声で笑った事はあるの?」
「……」
真っ直ぐ射抜くような視線で見つめられる。
ああ……この人は、どこまで私を見抜いてるんだろう。
何も言い返せなかった。
だって図星だもの。
ずっと我慢してきた私はある時から感情を失くした。
誰かに怒る事も、笑う事も、涙を見せる事も。どうせ誰にも関心を持たれていないなら私の感情なんて意味がない。
それが、私が『人形』と呼ばれる由縁だった。
このままジーク様やフレイア、父上や母上に会わなくて済んだ事に内心ホッとしていたのかも知れない。
このまま存在を消してしまえば、私は新しい未来をロア様と歩めると思った。
でも……
「決着をつけようよ、君の汚い過去に」
「汚い、過去……」
「全部壊せばあとは築くだけだよ」
淀む私の心を切り開く陛下の言葉。
ずっと閉ざされていた心の扉がゆっくりと開き始める。
渡されたリストに一度視線を逸らし、私は勢いよく顔を上げる。
迷うのは、もうこれで最後よ。
「陛下、一つお願いが御座います」
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