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しおりを挟むフィブライト王国の歴史とは、長きに渡る魔物との戦いの歴史と言っても過言ではない。
その土地は古来より磁場が強く負のエネルギーが滞留し、魔物たちが住まうには絶好の場所だった。しかしそれは人間たちにとっても同様で、豊富な資源と安定した気候に目を付けた冒険者とその仲間たちが定住し国を作る。何度魔物たちが襲ってきても、リーダー格である一人の冒険者が必ず仕留めていた。その時の冒険者こそがフィブライトだ。
勇敢なフィブライトを王に選び、仲間たちは彼の血筋を国王にし続けることを決めた。しかし代替わりしていくうちにフィブライト家は王であることを理由に前線に立たなくなった。人に任せ、命令する。いつの間にか勇敢だった王の記憶は廃れ、『腑抜けの王』を作り出してしまった。
これは孤児でも知っている常識。
落ちぶれてしまったフィブライトの物語だ。
「け、結婚するだとっ?!」
さっきまでゆらりとくつろいでいたフィブライト国王は、結婚という単語を聞くとものすごい勢いで立ち上がった。
「これまで儂がすすめた縁談をことごとく断ってきたお前が……どういう心境の変化だ?」
取り乱す国王陛下にも動揺せず、ストラーダ団長はただ頭を下げ淡々と説明する。
「陛下、私はかねてより添い遂げたい相手がいると申し上げておりました。それが彼女でございます」
「こ、この娘が?……見たところ貴族ではなさそうだ。他国の生まれか?」
「ヴァネッサ=モートル、この国出身です。彼女の両親であるモートル夫妻は街で食堂を営んでおります」
(……まぁ、間違いではないけれど)
多くを語らない団長に苦笑してしまう。
孤児だったことを隠しているわけじゃないから伝えても良い、だが陛下の表情からしてあまりいい反応は返ってこないのだろう。
案の定、陛下は戸惑いながら小さく笑った。
「ま、まぁ他国の女じゃないなら平民だろうが何だっていい。この国から出ていくことはないんだな?!」
「はい」
「そ、そうか!ははっ!最強の矛が居続けてくれるのならば、このフィブライト王国も安泰だなっ!」
陛下はあからさまに安心した顔で笑っている。
(何それ……)
結婚を祝うよりも破壊の力が国外に出ないことを心配するの?……なんて王なの、まさかここまで常識がないとは。
チラッと見ると、こんな扱いに慣れているのか団長は表情一つ崩さずに頭を下げている。余計なことをしないように黙って真似をしていると、ふと正面から視線を感じた。
それは国王陛下の隣に座る、王太子クヴェン=フィブライト殿下のもので……思わず声を出してしまいそうになった。
(な、なんかめちゃめちゃ見られてる……?)
無表情すぎて感情が読み取れない。私、何か粗相をしてたかな……?!
「そうとなれば祝いの席を設けなくては。クヴェン、パーティーの段取りは全てお前に任せるぞ?」
「承知いたしました父上」
「アイゼルよ、王宮の中庭に立ち寄れ。奥方に似合いの花でも見繕ってやるといい」
「有り難き幸せでございます」
陛下はそれだけを伝え、すぐに謁見の間から出ていった。
呆気ないやり取りだった。もっと深く突っ込まれるかと思ってたけど……これは結婚を許して貰ったってことかな?
ちゃんとしたお祝いの言葉があったわけでも、反対されたわけでもないからいまいちピンと来ない。
「ヴァネッサ、顔を上げてもいいぞ」
「え………で、でも」
まだ太子殿下が居るんじゃ……
「こいつならいい」
「こいつって……ひどいなぁアイゼルは!」
玉座のある場所からトンとジャンプした王太子殿下は、さっきまでのかしこまった雰囲気ではなくふわっと優しい笑顔を向けてくれた。
(さっきと同一人物とは思えないくらい素敵な笑顔)
「さっきはちゃんと話せなくてすまなかったね。えっと……ヴァネッサと呼んでもいいかな?」
「は、はい!こちらこそご挨拶出来なくて申し訳ございませんでした」
「ははっ!かしこまらないで、友人の奥さんなんだから気安くクヴェンと呼んで」
しどろもどろになる私にもこの気遣い……噂に聞いていた通り、クヴェン殿下は本当にお優しい方だ。
(とはいえ気安く呼べないし、…ど、どうすれば)
「……クヴェン、あまり困らせるな。ヴァネッサは貴族じゃないんだから冗談かどうか判断できない」
「えー?別にいいのに」
「……早く中庭へ案内しろ。通い慣れた場所とはいえ、俺たち2人でうろつくのはあまりいい顔をされない」
初めてみる団長の呆れ顔。なんというか……
(友人と言っていたから気心は知れているんでしょうけど……性格は正反対みたい)
「分かったよ。そうだね、美しい花でも見ながら話を聞こうじゃないか。どんな女にもなびかなかったお前を落とした、ヴァネッサのテクニックを!」
晴れやかなクヴェン殿下のお言葉に、団長はまた盛大にため息をついた。
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案内された中庭には、沢山の美しい花たちが咲き誇っている。静かで安らぐこの場所に……
「はぁっ?!彼女が守護力の持ち主だって?!」
クヴェン殿下の大きな声が響いた。
「声が大きい」
「いやっすまない。 だがこれは……驚かずにはいられないだろ。ほ、本当か?」
一瞬、近くにいた衛兵がぴくんと反応したがすぐに平然を装いながら歩き出す。
プライベートな空間とはいえ人の目があるから、私たちは花を鑑賞しながら経緯を伝える。
「ドラゴンに襲われたとき彼女の防御結界で助かった。それにトーマ=ニュートロンと同じ魔力を感じるのが何よりの証拠だ」
「そんなのお前にしか分かんないだろ?……守護の力ってのは同時に2人に与えられる可能性はないのか?」
「あり得ない、俺の力と一緒だ」
“破壊の力”と“守護の力”
その正体は未だ謎に包まれている。神の加護という説もあるし、魔物による呪いという説もある。最強の攻撃魔法と、最強の防御魔法……もしぶつけ合ったとしたら一体どちらの魔法が勝つのだろうか。
「トーマ=ニュートロンはヴァネッサの魔力を盗み、魔法石にして使っている。それが事実なら奴は大罪人だ」
「魔力を盗むか……ははっ、あの女が考えそうなことだ」
あの女と聞いて無意識に息をのむ。
シャルロッテ=ニュートロン。当時公爵令嬢だった彼女と当然面識のある殿下は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「そうまでして見返してやりたいのかね。あー……ほんと、女の執着ってのは恐ろしいもんだ」
「執着?何にだ」
「お前だよ」
殿下はポンと団長の肩を小突いた。
「フられた男を見返すために、そいつと正反対の力を持つ男を作り出して結婚したんだろ?プライドが高いってのは難儀すぎるよな」
振られたって、まさか……
「まぁまぁ!王太子殿下ではありませんか」
突然声をかけられ私たちはそちらを向く。
この12年一度だって忘れたことはない。
あのヘーゼル色の髪がさらりと風に靡いている。まさか、こんな場所で再会するなんて……
「あら、久しぶりね。アイゼル」
宿敵でもあるシャルロッテ=ニュートロンは、あの日と変わらぬ声で……団長の名前を呼んだのだった。
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