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しおりを挟む「あれって……アイゼル=ストラーダだよな?」
「王国最強の矛が、何で」
「ま、まさか副兵団長と……?」
「んなわけねぇだろ?!確かに美人だが、嫁に行き遅れたあの人にはもう団長しか貰い手いねぇよ!」
「だ、だよなぁ」
(……悪かったわね、行き遅れで)
確かにこの国じゃ24の女は行き遅れ扱いされるけど、何もみんなして同調しなくたっていいのに!なんて言い返せず、口端をひくひくさせ平然を装ってみる。
部下たちは後で説教するとして、問題は……
「この間の討伐作戦以来ですね、ストラーダ団長」
「ああ。少し話をしようと思って」
だからといって突然やって来るなんて……この人、自分がどれだけ有名人なのか分かっていない。
(そもそもオーラが普通と違うんだよなぁ)
騎士服の上からでも分かるがっちりと鍛えられた身体、隙のない所作、そして見つめられただけで動けなくなってしまう鋭い眼光。この貫禄が出るまでどれだけ戦ってきたんだろう。
彼がちょっと動くだけで周りの空気がピリッとする。でも………
「甘いもの、お好きなんですね……」
テーブルの上には生クリームたっぷりのシュガードーナッツやメロンパン、チョコデニッシュなどなど。
甘い物好きな少女も胃もたれしそうなスイーツやパンが、どんどん団長の口の中に消えていった。
「まぁ、普通に」
「普通に……?!」
「好きなものを手に取ってくれ」
「え……あ、じゃあこのいちごタルトを」
お昼にスパゲッティを5皿平らげたけど、正直少し足りないと思ってた。貰ったいちごタルトをもぐもぐ食べていると、周りの兵士たちがドン引きした顔で私たちを見比べている。
(な、何か変なことしてるかな?)
「それで、えっと……話とは」
「ああ。この間の返事、聞きに来たんだ」
ぷはっと吹き出しそうになりながら、何とか残っていたタルトを胃に流し込む。
「へ、返事って……ま、まさか」
「「「「こ、告白とかっ?!」」」」
黙っていられなくなった兵士たちがガタンと立ち上がるのを見て、すぐに団長の腕を引っ張り食堂を飛び出した。
「い、いつも貴方は突然すぎますっ!」
あのまま大勢の前で話を続けられなくて近場の資材倉庫へと逃げ込む。ここなら滅多に人は来ない、内緒の話にはうってつけだ。
はぁはぁと呼吸を落ち着かせていると、ストラーダ団長はこてんと首を傾げる。
(意味分かってないみたいだけど……ちょうどいっか)
守護力のこと、トーマとの関係、いっぱいあるけど……一番最初に話さなきゃならないことは、
「その……結婚って、本気ですか」
「もちろん」
(そ、即答っ!)
むしろ食い気味な回答に目を丸くしてしまった。
「で、でもっ!私は孤児だったんですよ?モートル家だって貴族ではないし、表舞台に出たとき団長に恥をかかせてしまいます!」
魔法騎士団長の妻という立場であれば、頻繁でなくとも社交界に出向く機会もあるだろう。作法、ダンス、教養……ゼロから覚えるにはもう年を取りすぎている。
何より批判を受けるのはストラーダ団長だ。何であんな女を、と団長が周りにバカにされるなんて耐えられない。
『君に近付いたのはある人のご命令だから。じゃなきゃ孤児のガキに優しくなんかしない』
脳裏にこびりついた嫌な記憶を思い出してしまう。
それに団長には破壊の力がある、守護の力なんかに頼らなくてもこの人は強い。私なんかが守らなくても……
「だからどうかもっと若くて立派な女性を……」
「結婚は、」
ぐっと距離が近付き、すぐそばに息づかいを感じた。
正面に立つストラーダ団長が真っ直ぐ私を見つめている。あの赤褐色に私の表情が映る、それが分かるほど近い距離まで身を寄せられた。
(っ……またこの目)
心の中を見透かされているみたい。
「俺が一生添い遂げたいと思える女性とする。そう思えたのは昔も今もヴァネッサ=モートルだけだ」
トンと背中に壁の感触が伝わった。
正面には団長、後ろは壁。逃げ場のない状態で団長の真っ直ぐすぎる言葉は呼吸すらも許してくれない。
「む、昔って……?」
「……本当に覚えてないのか」
「……この間言ってた、剣術大会のことですよね」
(確か8年前って言ってた。その時団長と私は会ってるの……?)
正面からハァと深いため息が聞こえ、さっきまで近くにいた大きな体が離れていく。
「まぁこれからゆっくり思い出せばいい」
「えっ!教えてくれないんですか?」
「人の初恋をそんな簡単に扱うのか」
………………ん?は、初恋?
「えっと、誰が……誰の?」
「貴女が、俺の初恋」
ぶわっと顔面に熱が集中する。
ドストレートな告白を今された気がする!え、そうだよね?こ、これ告白されてるんだよね?!
(ど、どうしよう……っ急に恥ずかしくなった!)
さっきまで緊張するほどの相手が、今は別の意味でまともに顔を見れない。こんな時どう答えるのが正しいんだろう。
「ヴァネッサ」
ぎゅっと手を握られビクッと肩が跳ねる。
「卑怯なことをしている自覚はある。君の果たすべき目的を利用して結婚を迫るのは、男としてかなりずるいだろうな」
「っ……そこまで、考えてませんよ」
「ああ、君ならそう言ってくれる。だから期限を決めよう。ヴァネッサの目的が達成されて身の安全が保証されるまで、それまで君の夫として全てを守らせて欲しい」
長い指が絡み、そのまま手の甲に団長の唇が優しく触れる。
誓いの口づけのように優しく甘いキス。触れたのは一瞬だけなのに心臓がバクバクとうるさく鳴った。
森で会ったとき、団長を利用するためにあの話をした。でも今はもっと別の、温かい気持ちが芽生えている。それが恋愛感情なのか、単なる信頼なのかは……まだ分からない。
(一緒に過ごせば……その答え、分かるのかな)
「……分かりました。期限付きなら」
「ありがとう」
ふわりと優しい笑顔にまた胸が鳴った。
「ならすぐに準備を始めよう」
「準備ですか?」
「ああ。この間の魔法石紛失の件で第一騎士団の動きが怪しくなってきた。君の魔力の存在に気付くのも時間の問題だ」
ふわついていた感情がきゅっと引き締まった。
そうだ、あの魔法石が効力を失う日も近い。もたもたしていればすぐにニュートロン家が居場所を突き止めてくる。
「公爵家といえど破壊の力を持つ男に喧嘩を売るような真似はしないはずだが、念のため入籍だけはすぐに済ませておこう」
「……何から何までごめんなさい」
本当にめんどくさい女だ、私は。
「あとは君のご両親に経緯を話し、職場に報告。……あぁそうだ、一番面倒なことを忘れていた」
やらなきゃいけないことを指折り数える団長が、途端に苦い顔をする。
「国王陛下とクヴェンに挨拶しないと」
「クヴェンって……」
「クヴェン=フィブライト。王太子であり次期国王であり、俺の数少ない友人だ」
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