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08 ジュライア視点
しおりを挟む「何なんだあの女は!」
自室に戻った後力いっぱい扉を閉める。
あまりに苛つきすぎて呼吸が荒れ汗も吹き出る。
私が稼いだ金?
プレジット家の当主は僕だ!
なのに久々に帰ってみれば食事の用意もしていないし、使用人達は完全にクロエの言いなりになっていて僕に気を遣おうとしない。それどころか若い侍女なんかは睨み付けてくる始末だ。
「くそっ!」
今思えば出会った時から気に食わない女だった。
結婚を申し込む為あいつの家に行った時、クロエは人ごとのように今後の話を聞いていた。
まるで僕の事なんか最初から興味がないとでもいった態度で、淡々と両親からの話に頷いているだけ。
「こんな筈じゃ……っ!」
正直、彼女は貴族令嬢の中でも美しい方だ。
人形のようにバランスの良い顔と身体、没落寸前の子爵令嬢にしておくには勿体ないと思った。
僕に尽くせばそれなりに愛してやらないでもない。
もちろんヘレンの次に、だが。
デスクの上を見れば下らない書類が山積みになっている。
これはクロエが寄越した仕事のほんの一部、こんなもの使用人がやればいいのに……。
『旦那様、これを終わらせれば給金をお出しします。愛する人に会う為にしっかり働いて下さいね』
悪魔のような笑みで言うクロエにゾッとした。
金のため……そう、彼女に会う為だから仕方なく言うことを聞いてやってるだけだ!
「ジュライア様、ようやくお会いできました!」
ヘレンがいる娼館を訪れたのは僕が屋敷に出戻ってから3ヶ月経った後だった。
「すまないヘレン……ちょっと仕事がね」
「あたしすっごく寂しかったんですよぉ?今まで毎日会いに来てくれたのにぃ」
そう言ってぎゅっと僕の腕に抱き付く。
貴族令嬢には考えられない薄手の洋服のせいでダイレクトに肌の柔らかさが伝わる。
上目遣いも可愛い。
拗ねた顔も全部可愛い。
「今日はお泊まりしますよねぇー?」
「いっいや、家に帰るよ」
「えぇー?!一緒に居てくれないのぉ?!」
流石に1日彼女を拘束なんて出来ない。
少なくとも今日持ってきた3ヶ月分の賃金では無理だ。
「……じゃあ今度街にお買い物に行きたぁい」
「すまない、仕事があるんだ」
「美味しいもの食べにデートしよ!」
「……ヘレン、ごめん」
ただ謝る事しか出来ない。
ヘレンと会う時は基本レストランに行った後にショッピングして、その後甘い夜を過ごすのが定番だった。
それも当分出来ないだろう……。
「……ジュライア様、もしかしてヘレンの事嫌いになっちゃったの?」
うるうると大きな瞳で見つめられる。
ああ、そんな顔をさせたくないのに……!
僕はヘレンの身体を力いっぱい抱き締めた、なかなか会えない分彼女のぬくもりが凄く温かい。
「そんな事ない!ヘレン、君としたあの約束だって忘れてないよ」
そう、これは2人だけの大切な約束。
3年後ヘレンは娼館での借金を払い終え自由の身になる。
そしたら彼女をプレジット家に迎え入れるつもりだ。
可哀想なヘレン、両親が亡くなり一人ぼっちの彼女は仕方なくここで働いているんだ。本当はこんな仕事嫌だろうに……。
「嬉しい!私、早くジュライア様の正妻になりたい」
ぎゅうっと抱き付く彼女に愛しさが込み上げる。
今すぐにでも彼女を妻にしたかった。
でもその障害は思った以上で、まず父上はヘレンの存在を認めなかった。娼婦は貴族に向かないと言って首を縦には振らない。
だが、今やプレジット家の当主はこの僕だ。
流石の父上も認めざるを得ないだろう。
「ねぇジュライア様」
甘い声が聞こえ顔を向ければ軽いキスを落とされる。
見上げる顔はさっきまでの可愛さから一変、頬を赤らめ色っぽく映る。
「久しぶりに会えたから、今日はいっぱい愛してねぇ?」
まるで発情した雌のように媚びる彼女にゾクっとする。
彼女は僕がいないとダメなんだ。
失いかけていた男としての自信が彼女によって復活する。
「愛してるよ、ヘレン」
彼女に愛を囁けば天使のような笑顔が見れる。
あの女とは……クロエとは大違い。
そのままベッドに彼女を押し倒し柔らかい肌に口付ける。
ふと今日庭先での出来事が脳裏を過ぎる。
若い男相手に笑顔を見せる妻、何故このタイミングで彼女を思い出してしまうのか分からない。
「ジュライア、さまぁ」
甘いヘレンの声と匂い。
なのに僕の頭にはあの高飛車な妻の顔がチラつく。僕には見せた事のない笑顔で、今日も彼女はあの男と話しているのだろうか。
「……くそっ」
何もかも消してやる。
僕は再び目の前の快楽に身を預けた。
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