超有名歌い手の私は静かに暮らしたい

サラダ菜

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3.はじめてだったのに

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私は最低限の荷物だけをかばんに詰めて急いで教室を飛び出す。
廊下に先生がいなくて助かった。
下駄箱まで全力疾走したけど、獅童の姿は見当たらない。
靴を履き替えて運動場に目を向けると、太陽に照らされてきらきらと光るオレンジ色の髪の毛が目に入ってほっとした。
あんなに目立つ髪色をしているのは校内で彼だけだから、一瞬で判別がつく。

それからはまさにドラマのワンシーンだった。
慣れない全力疾走をして上がった息をどうにか整えながら、獅童グループと一定の距離を保ち慎重に後をつける。
けど何やら話し込んでいるのか全然進まない。
私も同じスピードで歩いていてはバレてしまうかもしれないので、電信柱や道路脇の壁などをうまく駆使してなんとか着いていった。



グループからひとりひとりと人が抜けていって、残り二人というところまできた。
彼らと同じく私も徒歩で登下校しているけどこちらの方面にはあまり来たことがないから、新鮮な景色に思わず辺りの様子を見渡す。
つい意識がそれてしまい、慌てて視線を戻すとなんと獅童が一人になっていた。
私はとっさに「ここしかない!」と思って、何の考えも無しに獅童の目の前に飛び出してしまった。

「お、『ラギ』」

「あ、えと」

そしてあまりの格の違いに私は固まった。
これはゲームの主人公が序盤に圧倒的戦力差を持つラスボスと対峙するようなものだ。

完全に忘れていたけど、獅童は顔がいい。
顔のパーツがちょうどよく配置されていて、鼻がすらっと高いのが特徴だ。
それだけなら普通のイケメンという印象なのだけど、薄い唇から何とも形容しがたい色気のようなものが漂ってきているせいでまともに獅童の顔を見ることができない。
オレンジ色の派手髪も、前髪を結ってピンで後ろに留めているヘアスタイルも、すべて彼に似合っていると思う。

つまりどういうことかというと、獅童の圧倒的顔面とオーラで何を話すか忘れてしまったということだ。南無三。

分かりやすく狼狽している私を目の前にして、獅童は何やら面白いことが始まったぞと言わんばかりにニヤニヤしている。

「アンタ歌ってるときと全然雰囲気違うな」

「えと、いや、それちがうんですっ!」

「ふーん?」

獅童と目を合わせないようにすることで、ようやくまともに話せるようになってきた。

「あの、わ、私、ラギじゃないです!」

シミュレーションのときに考えていた台詞が思い出せなくて、とにかく大事なことだけは伝えようと話した結果、めちゃめちゃ嘘をつくのが下手な人間になってしまった。
ちらっと獅童の顔を見上げると、口を押さえて笑いをこらえている。
そうだよね。ばれてるよね。
顔がかーっと熱くなる。

「はあー笑った。こんなに嘘つくの下手なやつ中々いねーよ」

「う、うそじゃ…」

「俺、まあまあ記憶力いいから一回聞いた声とか忘れないタイプなんだよな。だからアンタの声とラギの声が一致してるのもわかるわけ」

自分も聞こえた音を敏感に聞き分けることができるから、獅童が言っていることはありえないことではない。
しかしそう言われてしまったらもう弁解のしようがない。

「なあ、俺のこと口止めしたいんだろ?」

「そ、そうです!あの、もし私がラギだってバレちゃったら、みんなきっとガッカリするから…」

「アンタの事情は知らないけどさ、口止めするならそれなりに払わないとな」

払わないと、と言われて現金のことが頭に浮かんだ。
良かった、体で支払えとか言われなくて!
急いでかばんから財布を探そうとすると、視界が何かの影に隠れて見えづらくなった。

…影?

おそるおそる影の正体に目を動かしていくと、それはやっぱり獅童だった。
ひいっと悲鳴を上げ、飛びのいて逃げる前に腰を掴まれ身動きが取れなくなる。
完全にパニックに陥って暴れまわったけど、私と獅童とでは頭一つ分の身長差があるせいでびくともしない。

「やめ、やめてっ」

「アンタが叫ぶと俺が不審者みたいだからやめてくれ…とにかく、俺の口を塞ぎたいなら大人しくしろよ」

「っ」

そうだった、と思い直して抵抗をやめる。
だけど男の人とこんなに至近距離でくっついたことなんて一回もないから、そわそわしてしまう。
いつまでこの状態でいればいいのか聞こうと思って獅童の顔を見上げたら、不意に唇に柔らかい感触があった。

「………んー!!!」

目を見開いたまま静止して数秒後、やっと自分がキスされていることに気が付いた。
「もう体でも何でも売って口止めするしかないんじゃない?」といった唯の言葉が頭に浮かぶ。

そもそも体どころかキスだってしたことなかったのに、と考えていると唇にぬるりとした感触があり全身に悪寒が走る。
あまりの気色悪さに獅童の胸元を叩いて抵抗したけど気にも留められず、私はただ獅童がその行為に満足するまで目をつむって耐えるしかなかった。

「ぶは、はあ、はっ」

「色気がないな」

獅童の唇が離れた瞬間、何かを言おうと思って口を開いたけれど、結局何も言えなかった。

はじめてだったのに、とか、強引にしてきて最低、とか、こんな道端でキスするなんて、とか…色々言いたいことはあったけど、感情がぐちゃぐちゃになってしまって、視界がじわりと滲む。

「…もしかしてはじめてだった?」

「さわら、ないで」

流石の獅童も焦ったのか私の涙を指で拭う。
その手を叩き落とすと、獅童は迷うような素振りを見せた後、ぎゅっと抱きしめてきた。

「ごめん、ちょっとやり過ぎた。ごめん」

獅童は何度もごめんと繰り返しながら私の背中をさする。
そんなに謝るなら最初からやらなきゃいいのに、と思いながらも私は大人しく獅童の腕の中にいた。
少し落ち着いたので獅童の胸元を押すと、今度はおとなしく離れてくれる。

「あ、おい!」

獅童が離れた瞬間、私は走ってその場から逃げた。
後ろで獅童が何か叫んでいたが、これ以上獅童の声を耳に入れたくなくて耳を塞ぎながら走った。
腰に回された獅童の腕の感触や、獅童の体温、唇の柔らかさを思い出しては記憶から消し去りたくて首を振った。
獅童は自分が全力で抵抗しても全くびくともしていなかった。
怖かった。



「あ」

結局口止めできなかったな、ということに気付いたのは夜ベッドに潜りこんでからのことだった。
けど、あんな怖い思いをしてまで再び獅童に接近しようとはどうしても思えない。
考えても仕方ないから、目をぎゅっとつむって夢の中に逃げようと決めた。
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