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王城の裏手にある厩舎は、朝から賑やかだった。騎士たちが忙しなく動き、馬のいななきが空気を震わせている。
『マナカ、遠乗りに行かない?』
殿下にそう誘われたのは3日前の夜のこと。殿下に好きな人がいると告白をされたあの夜だ。
気まずさを紛らわすためかも知れないけれど、殿下に夜以外のお誘いを受けたのは初めてだった。
というか、昼間も会って良かったんだな。そりゃそうか。
積雪は続いているものの麗らかな晴天。
絶好の遠乗り日和であるけど、私は少しだけ浮かない気持ちで。
異世界に来てからというもの、いや、今世において私は馬に乗った経験が無い。
だってランバルドでは基本的に、王宮の敷地内で政務となむなむ聖女業務の行ったり来たりが基本で、遠方へ出かけたことなんてなかったから。移動は基本馬車だったし、直接馬の背に乗ったことがない。
乗馬なんてアクティブな嗜み、強要されねば経験することなどない。
「訓練の時間を取れればよかったんだけどな。……俺が支えるから」
当然のように同行するカインに言われるものの、私は及び腰になるのを隠すことができない。
支える、なんて軽く言うけれど。落ちたら死ぬんじゃなかろうか。この高さ。
「あの、今回は私以外の皆さんでどうぞ」
「いやお前が行かなくてどうする」
ぴしゃりとした口調に、反論の余地なし。そりゃそうだ。私の悪あがきも虚しく終わり、仕方なく手を取られ、鞍の上へ引き上げられた。
ぐらりと体が傾いだ瞬間、腰に回った彼の手が支える。
「……っ」
「しっかり掴まっていていろ」
耳元で震えたカインの声に、不覚にも心臓が跳ねたのを無視して、私はしっかりと目の前の馬具を握りしめる。
「マナカ様~ファイトです」
「ミーニャ~」
カインと同じく同行してくれたミーニャの声援に、私は情けない声をあげてしまう。
ミーニャも生家は男爵家の令嬢であるのに、乗馬の嗜みもあって立派だなぁ。
キルベルト殿下は白馬にまたがり、柔らかな笑みを浮かべていた。ザ・白馬のプリンスである。そして彼の後ろに私とカイン。その後ろにミーニャ。列の最後には数人の護衛が続く。
「それじゃあ、行こうか」
殿下の声で、馬たちが一斉に動き出す。朝の光が木々の隙間からこぼれ、雪原をきらきらと照らし出す。
……正直、とっても楽しかった。
最初は怖くて仕方なかったけど、風に頬を撫でられているうちに、心が少し軽くなっていくのがわかった。
「楽しそうだな」
後ろから声がして、振り向くとカインが微笑んでいた。
「まあ、これくらいならなんとか」
「無理をしていないなら良かったよ」
「してないよ。カインはいつも私のことばかりだなぁ」
「お前の一の護衛だからな。気にもするよ」
当然のように言われ、くすぐったくなった私は、視線を正面に戻した。
キルベルト殿下は振り返り、私たちに穏やかな視線を向けた。
「マナカ、調子はどう?」
「はい。何とか、落ちずに……」
「はは、無理しないでね。もう少ししたら休憩にしよう」
優しい声。その響きに、胸の奥が少し痛む。あの人は、誰にでもああなんだろうか。
考え掛けたとき、不意に風が変わり、雪が降ってきた。森の入り口に差し掛かり、太陽の光が木々に遮られる。
「この辺りは道が入り組んでいます。殿下、少しお気を付けください」
「ああ、問題ないよ。カイン、君はマナカを頼む」
そう言い残すと、殿下と数人の護衛は先に進んだ。馬の足音が遠ざかり、森の奥へと消えていく。
「わっ!?」
「……っ」
雪が強くなり、視界が悪くなってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけど、こんなにすぐ変わるものなのか。
カインが慌てて手綱を引き、馬を止める。
突如森の中には静寂が流れた。鳥の声も聞こえず、空気が冷たい。
振り返ると、ミーニャや、護衛の兵士も見当たらない。
吹き荒び始める、白雪たちが視界を横切っているのみだった。
「……殿下たちは……」
「……逸れたようだな」
遠くで、風がざわめいた。森の中に残されたのは、私とカインの二人だけだった。
* * *
日が沈むにつれ、吹雪は強まり、森の影が濃くなっていった。どれだけ進んでも、見慣れた道に戻れない。冷たく鋭い風が頬を掠め、馬の吐く息が白く揺れる。
「……完全に迷った、ね」
「……悪い。俺の判断が遅れた」
カインの声はいつも通り落ち着いているけど、その瞳の奥には僅かに焦りが見えた。こんな彼、初めて見る。
「謝らないでよ。私だって道なんてわからなかったし」
私がそう言うと、彼は一瞬だけ目を伏せて、小さく頷いた。
やがて、幸いなことに小さな洞が見つかった。岩肌の奥に、風の入り込まない場所がある。馬を連れ、二人で中に入る。
馬を適当な岩へ繋ぐと、カインが火打ち石を擦って火を起こし始めた。暗闇の中に、ぽっと小さな火が灯る。炎が揺れ、橙色の光が彼の横顔を照らした。
「……よく、こんなにすぐ火を起こせるね」
「訓練で慣れてるんだよ。お前の護衛になる前は、野営の任務も多かったから」
「さすが、頼りになる護衛は違うや」
「……お前を危険に晒した時点で、頼りには程遠いけどな」
自嘲のように言って、火の向こうで視線を逸らす。その姿が、なんだか寂しそうに見えた。
「ねぇ、カイン」
「なんだ」
「なんでも自分のせいにしすぎ」
一瞬、彼の瞳が揺れた。
「だいたい真面目すぎるんだよ、いつも。こう言う時こそ、私に小言言ったら? 『お前には注意力が足りない。どうせ誰かが目的地へ連れて行ってくれると思って、ぼーっとしてたんだろ』とかなんとか」
「お前の中の俺ってそんなに感じが悪いのか……」
「最初期の頃はね」
「……」
バツが悪そうに視線をそらと、真面目そうな表情で今度は俯いた。
「そうしなければ、守れないものだってあったんだ」
「……伯爵家のこと?」
燃え盛った枝がぱちりと弾ける。その音に紛れるように、彼は視線を伏せた。
気になってはいたのだ。
以前ナターシャ嬢が言っていた、カインの生家の話。確かお兄さんと血縁関係が無いとか。
その時話していたカインの様子が、なんだか仄暗い気がして。
「私、今まで自分のことばかりで、カインのこと知ろうとして来なかったよね。それに少しばかり反省しておりまして……」
「ほう」
「カインのこと、嫌じゃなかかったら聞かせて欲しい。知りたいの」
隣に座るカインを見上げると、彼はぐっと何かを堪えるような表情になった。しばらく思案した表情を見せると、やがて話し始めた。
「俺、捨て子なんだよ」
「へ」
「幼い頃、今の家に引き取られたんだ。だから、父上とも血縁関係は無い」
なんと返せば良いのか分からず、とりあえず彼の次の言葉を待つ。
「とにかくレイフィールド家の恥にならないよう、努力したよ。教養も、勉学も、剣術も、血縁関係が無いからこそ、成果を出して家族に認められようと必死だった」
「そうだったんだ……」
「それで、どうなったと思う?」
カインに横目で見下ろされ、私はごくりと唾を飲み込む。
「成果を出せば出すほど、父上には褒められた。努力が報われたようで嬉しかったよ。だが、兄からは反比例するように、冷たく当たられるようになった。兄よりも、領主としての才能があったんだ、俺は」
カインの言葉に、胸の奥がざわついた。
「次期領主としての座を明け渡したくなかった兄は、父上に頼んで、俺を王宮騎士団へ入れた。騎士になった以上は王宮務めとなり、領地での政とは疎遠となるからな。幸にも不幸にも、剣の腕にも長けていた俺は、難なく王宮騎士団へ入団することができたよ。
俺は、努力することでしか居場所を保てなかった。俺を迎え入れてくれた父上には感謝しているよ。だから、父上の跡を継いで、政務にも携わりたいと思っていた。……今となっては、騎士になったのも悪くなかったと思うけどな」
何故か頭を撫でられ、私は首を傾げる。
けれど、カインの怠惰な私に対する、これまでの辛辣な態度の理由が分かった気がした。
自分の居場所を守るために努力を続けてきたカインにとって、居場所が用意され、努力する意志の感じられなかった私が目障りだったのだ。
「……あのね、私にも妹がいるの」
「俺も詳しく聞いたことがなかったな」
「うん。話したくなかったからね。なんでもできて、可愛くて。みんな彼女のことを好きになった。だから私、自分のことを“足りない”って思ってた。何をしても、彼女には敵わないって」
カインがこちらを見た。炎がその瞳に映り込み、ゆらゆらと揺れている。
「それで、どうしたんだ」
「……何もしなかった。だって、頑張っても無駄だと思ったから。手に入らないものは、最初から見ないって決めてた」
火の粉が舞い上がり、洞の天井に消えていく。その瞬間、カインが少しだけ近づいた。
「でも、今は違うんじゃないか」
「……さぁ、どうだろう」
答えを濁したけど、自分の胸の奥では、何かが小さく動いていた。
「お前はとんだ怠け者だと思っていたが」
「ひどい言いよう」
「でも……もしかしたら、諦め方が上手いだけなのかもしれないな。俺も諦めが良かったら、もう少し楽な人生だったのかもな」
不器用に笑うその顔が、いつもより柔らかい。思わず、その顔に見入ってしまう。
ついでになんだか鼻の辺りがこそばゆい。
「はっっっくしゅん!」
「あ、気付かなくて悪い。寒いよな」
外は吹雪。ここは洞の中。ついでに雪で服も湿っている。
自覚したら全身ブルブルと震えが止まらなくなってきた。
幸いにもここは寒冷地。馬に積んでいた、遠乗りの目的地で広げるために持っていた防水性の布と、小さめの毛布などの防寒具があったので、それを慌てて下ろす。
「よし。これに包まれば、多少マシになるだろ」
「でもさ、カイン。私たちの服濡れてるよ?」
「あ、ああ」
「このまま着てたら凍死したりしないかな……」
「いや、流石にそれは……」
ピュウウウウと、遠くにある洞の出口の方から吹雪の音が聞こえる。
カインは閉口した。
「服、脱いだほうがいいんじゃない?」
『マナカ、遠乗りに行かない?』
殿下にそう誘われたのは3日前の夜のこと。殿下に好きな人がいると告白をされたあの夜だ。
気まずさを紛らわすためかも知れないけれど、殿下に夜以外のお誘いを受けたのは初めてだった。
というか、昼間も会って良かったんだな。そりゃそうか。
積雪は続いているものの麗らかな晴天。
絶好の遠乗り日和であるけど、私は少しだけ浮かない気持ちで。
異世界に来てからというもの、いや、今世において私は馬に乗った経験が無い。
だってランバルドでは基本的に、王宮の敷地内で政務となむなむ聖女業務の行ったり来たりが基本で、遠方へ出かけたことなんてなかったから。移動は基本馬車だったし、直接馬の背に乗ったことがない。
乗馬なんてアクティブな嗜み、強要されねば経験することなどない。
「訓練の時間を取れればよかったんだけどな。……俺が支えるから」
当然のように同行するカインに言われるものの、私は及び腰になるのを隠すことができない。
支える、なんて軽く言うけれど。落ちたら死ぬんじゃなかろうか。この高さ。
「あの、今回は私以外の皆さんでどうぞ」
「いやお前が行かなくてどうする」
ぴしゃりとした口調に、反論の余地なし。そりゃそうだ。私の悪あがきも虚しく終わり、仕方なく手を取られ、鞍の上へ引き上げられた。
ぐらりと体が傾いだ瞬間、腰に回った彼の手が支える。
「……っ」
「しっかり掴まっていていろ」
耳元で震えたカインの声に、不覚にも心臓が跳ねたのを無視して、私はしっかりと目の前の馬具を握りしめる。
「マナカ様~ファイトです」
「ミーニャ~」
カインと同じく同行してくれたミーニャの声援に、私は情けない声をあげてしまう。
ミーニャも生家は男爵家の令嬢であるのに、乗馬の嗜みもあって立派だなぁ。
キルベルト殿下は白馬にまたがり、柔らかな笑みを浮かべていた。ザ・白馬のプリンスである。そして彼の後ろに私とカイン。その後ろにミーニャ。列の最後には数人の護衛が続く。
「それじゃあ、行こうか」
殿下の声で、馬たちが一斉に動き出す。朝の光が木々の隙間からこぼれ、雪原をきらきらと照らし出す。
……正直、とっても楽しかった。
最初は怖くて仕方なかったけど、風に頬を撫でられているうちに、心が少し軽くなっていくのがわかった。
「楽しそうだな」
後ろから声がして、振り向くとカインが微笑んでいた。
「まあ、これくらいならなんとか」
「無理をしていないなら良かったよ」
「してないよ。カインはいつも私のことばかりだなぁ」
「お前の一の護衛だからな。気にもするよ」
当然のように言われ、くすぐったくなった私は、視線を正面に戻した。
キルベルト殿下は振り返り、私たちに穏やかな視線を向けた。
「マナカ、調子はどう?」
「はい。何とか、落ちずに……」
「はは、無理しないでね。もう少ししたら休憩にしよう」
優しい声。その響きに、胸の奥が少し痛む。あの人は、誰にでもああなんだろうか。
考え掛けたとき、不意に風が変わり、雪が降ってきた。森の入り口に差し掛かり、太陽の光が木々に遮られる。
「この辺りは道が入り組んでいます。殿下、少しお気を付けください」
「ああ、問題ないよ。カイン、君はマナカを頼む」
そう言い残すと、殿下と数人の護衛は先に進んだ。馬の足音が遠ざかり、森の奥へと消えていく。
「わっ!?」
「……っ」
雪が強くなり、視界が悪くなってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけど、こんなにすぐ変わるものなのか。
カインが慌てて手綱を引き、馬を止める。
突如森の中には静寂が流れた。鳥の声も聞こえず、空気が冷たい。
振り返ると、ミーニャや、護衛の兵士も見当たらない。
吹き荒び始める、白雪たちが視界を横切っているのみだった。
「……殿下たちは……」
「……逸れたようだな」
遠くで、風がざわめいた。森の中に残されたのは、私とカインの二人だけだった。
* * *
日が沈むにつれ、吹雪は強まり、森の影が濃くなっていった。どれだけ進んでも、見慣れた道に戻れない。冷たく鋭い風が頬を掠め、馬の吐く息が白く揺れる。
「……完全に迷った、ね」
「……悪い。俺の判断が遅れた」
カインの声はいつも通り落ち着いているけど、その瞳の奥には僅かに焦りが見えた。こんな彼、初めて見る。
「謝らないでよ。私だって道なんてわからなかったし」
私がそう言うと、彼は一瞬だけ目を伏せて、小さく頷いた。
やがて、幸いなことに小さな洞が見つかった。岩肌の奥に、風の入り込まない場所がある。馬を連れ、二人で中に入る。
馬を適当な岩へ繋ぐと、カインが火打ち石を擦って火を起こし始めた。暗闇の中に、ぽっと小さな火が灯る。炎が揺れ、橙色の光が彼の横顔を照らした。
「……よく、こんなにすぐ火を起こせるね」
「訓練で慣れてるんだよ。お前の護衛になる前は、野営の任務も多かったから」
「さすが、頼りになる護衛は違うや」
「……お前を危険に晒した時点で、頼りには程遠いけどな」
自嘲のように言って、火の向こうで視線を逸らす。その姿が、なんだか寂しそうに見えた。
「ねぇ、カイン」
「なんだ」
「なんでも自分のせいにしすぎ」
一瞬、彼の瞳が揺れた。
「だいたい真面目すぎるんだよ、いつも。こう言う時こそ、私に小言言ったら? 『お前には注意力が足りない。どうせ誰かが目的地へ連れて行ってくれると思って、ぼーっとしてたんだろ』とかなんとか」
「お前の中の俺ってそんなに感じが悪いのか……」
「最初期の頃はね」
「……」
バツが悪そうに視線をそらと、真面目そうな表情で今度は俯いた。
「そうしなければ、守れないものだってあったんだ」
「……伯爵家のこと?」
燃え盛った枝がぱちりと弾ける。その音に紛れるように、彼は視線を伏せた。
気になってはいたのだ。
以前ナターシャ嬢が言っていた、カインの生家の話。確かお兄さんと血縁関係が無いとか。
その時話していたカインの様子が、なんだか仄暗い気がして。
「私、今まで自分のことばかりで、カインのこと知ろうとして来なかったよね。それに少しばかり反省しておりまして……」
「ほう」
「カインのこと、嫌じゃなかかったら聞かせて欲しい。知りたいの」
隣に座るカインを見上げると、彼はぐっと何かを堪えるような表情になった。しばらく思案した表情を見せると、やがて話し始めた。
「俺、捨て子なんだよ」
「へ」
「幼い頃、今の家に引き取られたんだ。だから、父上とも血縁関係は無い」
なんと返せば良いのか分からず、とりあえず彼の次の言葉を待つ。
「とにかくレイフィールド家の恥にならないよう、努力したよ。教養も、勉学も、剣術も、血縁関係が無いからこそ、成果を出して家族に認められようと必死だった」
「そうだったんだ……」
「それで、どうなったと思う?」
カインに横目で見下ろされ、私はごくりと唾を飲み込む。
「成果を出せば出すほど、父上には褒められた。努力が報われたようで嬉しかったよ。だが、兄からは反比例するように、冷たく当たられるようになった。兄よりも、領主としての才能があったんだ、俺は」
カインの言葉に、胸の奥がざわついた。
「次期領主としての座を明け渡したくなかった兄は、父上に頼んで、俺を王宮騎士団へ入れた。騎士になった以上は王宮務めとなり、領地での政とは疎遠となるからな。幸にも不幸にも、剣の腕にも長けていた俺は、難なく王宮騎士団へ入団することができたよ。
俺は、努力することでしか居場所を保てなかった。俺を迎え入れてくれた父上には感謝しているよ。だから、父上の跡を継いで、政務にも携わりたいと思っていた。……今となっては、騎士になったのも悪くなかったと思うけどな」
何故か頭を撫でられ、私は首を傾げる。
けれど、カインの怠惰な私に対する、これまでの辛辣な態度の理由が分かった気がした。
自分の居場所を守るために努力を続けてきたカインにとって、居場所が用意され、努力する意志の感じられなかった私が目障りだったのだ。
「……あのね、私にも妹がいるの」
「俺も詳しく聞いたことがなかったな」
「うん。話したくなかったからね。なんでもできて、可愛くて。みんな彼女のことを好きになった。だから私、自分のことを“足りない”って思ってた。何をしても、彼女には敵わないって」
カインがこちらを見た。炎がその瞳に映り込み、ゆらゆらと揺れている。
「それで、どうしたんだ」
「……何もしなかった。だって、頑張っても無駄だと思ったから。手に入らないものは、最初から見ないって決めてた」
火の粉が舞い上がり、洞の天井に消えていく。その瞬間、カインが少しだけ近づいた。
「でも、今は違うんじゃないか」
「……さぁ、どうだろう」
答えを濁したけど、自分の胸の奥では、何かが小さく動いていた。
「お前はとんだ怠け者だと思っていたが」
「ひどい言いよう」
「でも……もしかしたら、諦め方が上手いだけなのかもしれないな。俺も諦めが良かったら、もう少し楽な人生だったのかもな」
不器用に笑うその顔が、いつもより柔らかい。思わず、その顔に見入ってしまう。
ついでになんだか鼻の辺りがこそばゆい。
「はっっっくしゅん!」
「あ、気付かなくて悪い。寒いよな」
外は吹雪。ここは洞の中。ついでに雪で服も湿っている。
自覚したら全身ブルブルと震えが止まらなくなってきた。
幸いにもここは寒冷地。馬に積んでいた、遠乗りの目的地で広げるために持っていた防水性の布と、小さめの毛布などの防寒具があったので、それを慌てて下ろす。
「よし。これに包まれば、多少マシになるだろ」
「でもさ、カイン。私たちの服濡れてるよ?」
「あ、ああ」
「このまま着てたら凍死したりしないかな……」
「いや、流石にそれは……」
ピュウウウウと、遠くにある洞の出口の方から吹雪の音が聞こえる。
カインは閉口した。
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