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第1章/

第10話:ことりとのデート(仮)①大須観音駅

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「行ってらっしゃい! 頑張ってね!」
「うん、行って来るよ」
 夜の内にタグやサイズのシールなんかを剥がして準備しておいた買ったばかりの服を着込んで、麻実に見送られて家を出た。
 取り敢えず今日のミッションは、ことりには彼氏が居るって藤枝先輩に見せつけて諦めて貰う事だから、そんなに頑張る事も無いとは思うけど。
 ……よもや、バトル展開にはなるまいし。

 犬山家を横目に、駅への道を急ぐ。
 待ち合わせは大須観音駅。
 現地集合にした理由は、ことりが『そんなに隠す必要も無いとは思うけど、家が近くだと先輩に知られて万が一面倒臭い事になるといけないから』と言ったから。
 尤も、僕がその面倒臭い事を引き受ける事でことりが解放されるならそうなる事にやぶさかで……いや、それは違うか。
 また繰り返す心算か、守。
 抑々、先ずは今日のカモフラージュデートが有るのだし、それはこの後や他の手段が巧く行かなかった時の最終手段として取っておこう。
 ……我ながら翻意が早過ぎるけど、今日は目一杯頑張ろうと思う。

   〇〇〇

 地下鉄に乗って十数分で、目的の大須観音駅に到着した。
「あっ、おはよ!」
 改札を出た僕に、既にそこに居たことりが、大きく手を振りながら声を掛けて来た。
 待ち合わせよりも十分は前に到着する電車で来たけど、ことりはそれよりも前の電車に乗っていたという事か。
「……え、あ、おはよ……」
 ことりが素直に元気良く挨拶して来た事に驚いて、不自然にどもってしまった。
 ツカツカと近付いて来たことりは、そのまま僕の身体をグッと引き寄せる。
 ……な、何を……。
(ちょっと、しっかりしてよ。柱の陰から先輩が見ているんだから! ちゃんとカレカノの振りをしないといけないでしょ!)
 狼狽える僕の耳元で、ことりはボソッと怒鳴った。
 成る程、視線だけを動かしてチラリとみると、柱の陰にこちらを伺う男の姿が見える。
 アレが、藤枝先輩なのだろう。
 そうなると、ことりは僕と合流する前に先輩と話をする為、早く来ていたと云う事かな。
(今日の私達を見て納得出来たら、諦めるって約束してくれたから)
 ……へえ、約束を。
(…………だからさ。……だから、これも全部その為なんだから!)
(これ? ……って、うわ!)
 訊き返すのを待たずに、ことりは「えいっ!」と僕の左腕にしがみ付いて来た。
「まあくん、先ずは何処に行く?!」
 間近から発せられるのは、普段のことりとは違う、甘えた様な声。
 誰だ、これ――と思う迄も無く浮かんだのは、以前の、……いつも一緒に居た頃の、小学生迄のことり。
 あの頃は男女とか気にせずにくっ付いたりして、気侭に遊んでいたよな。おしくらまんじゅうとか。
 ……でも今は、当時とは違って気になる部分が……。

(ことり! 胸、胸が! 腕に当たってる!!)
(……何よ。……結局、守もそんな事言うの?)
(そうじゃなくて! ことり、男子からそこを見られるのとか厭だろ?!)
(えっ?! ……う、うん……)
(くっ付いてて大丈夫か? なんなら、無理せずに手を繋ぐだけとかでも……)
(…………何か、大丈夫みたい。……ありがと)

 ……以上が、2人共笑顔を貼り付けた上での耳元での囁き合い。
 実際の内容には色気が無いけど、遠目に見る分には、仲良しカップルのイチャイチャに見えたに違いない。
 まあこの辺は、昔取った杵柄って云うやつだろう。
 先輩が居るとはいえ、久し振りのことりとの2人での外出でどうなるかと不安が無かったと言えば嘘になるけど、今の感じから言って、あの頃の感覚でやれば変に緊張しなくて済みそうだ。
 視界の端に、柱の陰の人影が地団駄を踏んでいるのが見える。
「えーっと、何処にしようか。……と、その前に」
「その前に?」
「今日の格好、大人っぽくて、素敵だよ」
 言い終わるや否や、背中にダンッと衝撃が走った。
「ありがと! 悩んで来た甲斐が有ったよ!」
 向けられているのは笑顔の筈なのに、何だか背中がジンジンする……。
(……どう云う事だよ……子供の頃は褒めないと怒っただろ……)
(うん。だから、ありがとって)
(じゃあ何で今、僕は背中が痛いのかな?)
(…………悔しいから?)
 イチャイチャイチャイチャ。
「でもさ! 今日のまあくんのカッコも素敵だよ! 好みが変わった?!」
 コロッと声色を変えて、僕の格好を誉めて来ることり。
 ……家が近いから最近だって私服で何度もすれ違っているし、解って言っているだろコンニャロメ。
「いや、家族にダメ出しされてさ。最近のことりとは釣り合わないだろうなって思って、昨夜ゆうべ、麻実に見繕って貰ったんだよ」
「へええ、麻実ちゃんに?! それなら納得!!」
 昔のノリでツッコミのチョップとかしたいけど、それは普通に怒るよな。
 ……と思ったら、ことりは何だか両手で頭を守る様なポーズをしている。
 あれ……?
(チョップして良かったの?)
(いっそ何も考えずに、前のノリの方が楽じゃない?)
(怒らない?)
(今日だけ。特別だよ。変にギクシャクして先輩に疑われても、詰まらないから)
(じゃあ、さっき背中を叩かれたのは……)
「あ! ユズが昨日の帰りに校門の所で中学の制服を着た子が男子に囲まれていたってメッセージくれたけど、ひょっとして?!」
 …………盛大に話を逸らして来たな。
 こちらのイチャイチャに当てられたのか、地団駄に加えて柱の陰から呻き声まで聞こえて来る。
 もういっそ、諦めて帰ってくれたら話は早いのに。
 …………個人的には、最後まで見届けて欲しいけど。この状態が続けられるから。
 因みに今名前が挙がった“ユズ”とは、ことりがいつも教室で話している内の一人の、飛島柚葵とびしまゆずきの事。
 中学が同じだったから、一目で中学の制服だと分かったんだろう。
「うん、麻実だよ。近所のイオンに行くからって、学校帰りに迎えに来て貰ったんだ」
 顔は動かさずに、目だけで先輩の方を見る。
 こっちの話を聞いて一気に気配を消して来たのか、先輩が居る筈の柱の辺りはひっそりとしている。
 ……昨日のその囲いの中に居た事を僕がバラすのも違うと思うし、黙っているので安心して下さい、先輩。

 でも。
 若しかして藤枝先輩がことりの事を真剣に思ってくれていて、それでことりが幸せになれるのかも知れなかったら、それも良いのかなと思わなかった事も無かった。
 でも。
 昨日麻実を囲んでいた中に先輩が居たのを見て、万が一にも譲る気は無くなった。

 ……安心して下さい、先輩。
 今日で引導を渡して見せます。
「へへっ、今日の為に、ありがと! でも、普段のまあくんの服も私、好きだよ!」
「えぇえっ?!」
(これは本当だよ)
 思わず変な声が出た僕の顔を引き寄せて、ことりがボソッと呟いた。
「あ、ありがとう、ことり」
 不意を突かれて、クリティカルヒット。
 ……やっぱり、誰にも渡したくない。
「で、でも、今日着ていたら、ことりの大人っぽい雰囲気の服装とは、ちぐはぐになっていたよね」
 動揺が抑え切れず、吃ってしまう。
 心を落ち着ける為に、いつもの服で今のことりの横に並ぶ僕を想像してみる。
 怖気が身体を震わせて、或る意味冷静になれた自分がここに居る。
「んー、まあ、それは否めないかな。次は、私が合わせても良いよ!」
 ……え、つ、次? ……と言ってしまいそうになったのを、すんでのところで飲み込んだ。
 今は恋人の振り、恋人の振り、恋人の振り……。
 そんな僕の内心を感じ取ったのか、ことりは嬉しそうにニヤニヤとしている。
 ……僕の気持ちを知っている癖に、この小悪魔は……。
 …………と、思った事が1つ。
 小学校の時にことりと居ても服に関して何も感じなかったのは、ひょっとして合わせてくれていたからだったのだろうか。
「でもさ、高校生男子に囲まれるなんて、麻実ちゃんも隅に置けないね!」
 ことりは、自分の事の様に嬉しそうに言った。
 ……少なくともあの頃は、ことりも、麻実を本当の妹の様に扱ってくれていたからな。
「まあね。でも、中身は変わらず子供のままだから心配だよ」
「あれ? それはお兄ちゃんに構って欲しくて、子供っぽく振る舞っているだけかも知れないよ?」
 そう言われると、考えてしまう。
 最近になって見せた、あの嬉しそうな顔。
 ずっと我慢していた分、精一杯甘えようとしてくれている可能性は否めない。
「あ! ねえ、今日の帰り、寄っても良い? 麻実ちゃんとも、久し振りにお話ししたいな!」
「ああ、それは麻実も喜ぶと思うから、是非」
「わ、嬉しい! じゃあ、寄り道させて貰おうかな!!」
 弾んだ声を出した処で、ことりはバッグの中からスマホを取り出した。
 その画面を確認したことりの顔が歪む。
(……どうしたの?)
(……これ、先輩から)
 訊いてみると、先輩の方からは見えない様に画面を見せてくれた。
 画面には、メッセージアプリでもキャリアメールでも無く、ことりが使っている事を僕も知らなかったウェブ上のフリーメールで、
『いつまで駅でイチャイチャしているんだよ。早くデートに行けよ!!』
と表示されている。
 ……なんだ、話しているだけでも結構楽しかったのに、無粋だな。
 と言うか、それよりも何よりも。
(ことり、このフリーメールって……)
(てへっ)
 小声で訊くと、そう言ったことりはゲンコツを頭に当てて可愛く舌を出した。

 ……先輩、ご愁傷様です……。
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