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第1章/

第24話:ことり's side③東山動植物園

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 市営地下鉄東山線の東山公園駅出口の階段を上がって地上に出た私を、暖かな日差しが包み込んだ。
 少し息の荒い風が、私が被っているつば広のブリーズフレンチハットを持って行こうとしたので、両手で押さえて、それに抗う。
 あ、スカートも押さえなくちゃ。普段はこんなにヒラヒラの服を着ていないから、思っていた以上に風に持って行かれて、少し焦った。
 その風の余韻が更に、顔の左側で三つ編みにした髪を弄んで、頬を擽る。
「もう!」
 私は左手の中指で、度の入っていない眼鏡を押し上げた。
 つまり、何が言いたいのかって言うと……。

 ……私、来ちゃいました……。
 それも、変装までして。
 ま、守は、私以外の女の子と2人切りで出掛けるのは初めての筈だし、変な事をしないか、ちゃんと見守ってあげないとね。
 ……そうだよね?

 正門の方に歩いて行くと直ぐに、9時の開園待ちのお客さん達の中に、守とミモちゃんの姿を発見した。
 守は流石に新しい服は買って来られなかった様で、先週の土曜日に私が大須で買ってあげた服を着て来ている。
 ミモちゃんの服は、オレンジのストライプのタンクトップに、デニムのショートパンツ。懐かしいな、当時と変わらない。
 2人はもうチケットを買ってあるらしく、園内マップを広げながら、楽しそうに先ずどこから回ろうかと話し合っている。
 再会してからまだ一週間も経っていないのにすっかり打ち解けて楽しそうに話をしている2人を遠目に見ていると、何だか、少し寂しくなった。
 ……何をしているんだろう、私。

 私の今日の服装は、胸元に黒のリボンが付いた白いシャツに、黒い膝上のティアードフリルスカート。
 このスカートは、普段の私は履かない様な、お母さんに借りた物。
 喫茶店に行っているお母さんに連絡して貸して貰ったんだけど、まさか、みなみさんに言ったりしないよね?
 回り回って守に伝わりでもしたら、私、死んじゃう。

 ……それにしても。
 2人に気付かれない様にと、普段の私とは違う格好をと思ってお母さんに借りてまで頑張ったのだけれど……。
 この格好、確かに最近の私とは違うけれど、2人と遊んでいた当時の格好に似ている様な気もして来た。
 バレちゃうかな……。
 ……やっぱり、帰ろうかな……。


 悩んでいる内に門が開いて人が流れ出したので、私も吸い込まれる様に、財布から取り出した年間パスポートを係の人に見せて、動物園に入った。
 こうなったら、頼みの綱は帽子と眼鏡。
 ならいざ知らず、は気付かないでしょ、うん。
 変装すると考えた時にサングラスやマスクなんかも浮かんだけれど、こんな所では却って目立ちそうなので、止めておいた。

 園内を進んだ2人が先ず足を止めたのは、フクロテナガザルの檻だった。
 楽しそうに話しながら、スマートフォンを取り出して、檻に向かって構えている。
 ここの中の一頭のケイジ君が、“おじさんみたいな鳴き声を上げる”と全国ネットのテレビで紹介されて以来、人集ひとだかりと共にお馴染みの光景だ。
 いつもなら私も、檻の周りで撮るのだけれども。
 私はそんな2人を、後ろの短い階段を上がった所から見守る。
 ちょっと遠いけど私もケイジ君を撮ろうかなと思った時、バッグの中でスマホが震えた。
 お母さんから届いたそのメッセージを、プッシュ通知をタップして確認する。

『ことり、東山に行っているのよね? まあくんが東山に居るってみなみから聞いた麻実ちゃんが『私も行く!』って言っていたから、よろしくね』

 ……なんでよ。

 お母さんにスカートを貸してって言った時も、どこに行くとか言っていない筈だけれど、何でバレているの。
 ……そんなに私、分かり易いのかな。

 それに麻実ちゃんと合流したら、一発で守に見付かっちゃうじゃない。どうしろってのよ。
 ……これから家を出るとして、麻実ちゃんが着くのは、40分くらい後になるかな。
 心の中の悪態とは別に、楽しみにしている自分も居る。
 麻実ちゃんと一緒にここを歩けるのなら、それも悪い話では無い。

 アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!

 その時、ケイジ君が上げたおじさんみたいな叫びが、園内に響き渡った。 

   ●●●

 それから守とミモちゃんは、イケメンゴリラやオランウータン、コビトカバ等を見てからゾウ舎に入って行った。
 鉢合わせをしない様にと外から運動場に居るちゃんを眺めていると、その内に麻実ちゃんからメッセージが届いた。
『ことりちゃん! 正門に着いたよ! どこにいる?!』
 スタンプとかが無くても、その文字だけで麻実ちゃんの笑顔が浮かんで来て、私を笑顔にさせる。
『象を眺めているよ。迎えに行くから、入って真っ直ぐ向かって来て』
『はーい!』
 麻実ちゃんからの元気な返事を確認して、スマホは一旦バッグに仕舞って、正門に向かって歩き出す。
 ゾウ舎から正門までは一直線で、視界を遮る物も殆ど無い。
 程無くして、こちらに向かって歩いてくる麻実ちゃんを見付けた。
 私に気付いて、笑顔を浮かべて駆け寄ってくる麻実ちゃん。
 そのまま飛び付いて来たので、その身体をふわりと受け止めた。
「おはよ、麻実ちゃん。今日は眼鏡?」
「おはよ、ことりちゃん! ことりちゃんこそ!!」
 挨拶を交わして、2人で笑い合う。
 麻実ちゃんもいつもとは違う装いで、サファリハットを被り、いつも後ろで三つ編みにしているのを、今日は両側で結わいている。
 考えている事が同じで嬉しくなって、麻実ちゃんの身体を引き寄せてギュッとした。
「えへへへへへ」
 幸せそうに笑う麻実ちゃんを見ていて、私の心も幸せで満ちた。
「今日はずっと、って云う動物を観察する事になるけど、良い?」
「勿論だよ! それで、っていう動物はどこ?」
「ゾウ舎の中だよ」
 そう言いながら振り返ってゾウ舎の入り口を見ると、丁度2人が出て来た処だった。
「麻実ちゃん、行くよ!」
「ラジャー! ……それで、お兄ちゃんと一緒に居るのは誰?」
 2人の後を遠巻きに追いながら、麻実ちゃんが訊いて来た。
「扶桑魅森ちゃん。小さい時、夏休みに何回か遊んでいた子なんだけど、“ミモちゃん”って、憶えてない?」
「んー、……ミモちゃん……。……あ、ミモちゃん! 憶えてる!! ここに来たよ……ムグッ」
 暫く顔を上げて考えた末に思い当たった麻実ちゃんが嬉しそうに大声で報告してくれたから、慌ててその口を手で塞いだ。
「……ほほひふぁん?」
「しーっ! 大声を出したら、気付かれちゃうでしょ?」
 少しだけ振り返って2人の様子を伺うと、守もミモちゃんもこっちを見て、小首を傾げていた。
(……えへへ、そうだよね、ごめんなさい……)
「そこまでボソボソと小さな声で喋らなくても良いけどね?」
 頭を掻きながら悪戯に笑う麻実ちゃんを見て、もう一度抱き寄せた。
 もう、この子、可愛らし過ぎる! 本当に天使!
 麻実ちゃんの頬にスリスリしている処に、バッグの中のスマホの振動が水を差した。
「……誰だろ」
 麻実ちゃんから一旦手を放してスマホを見ると、守からのメッセージが届いていると通知が出ていた。
「守?!」
 思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。
「お兄ちゃん? 何て?」
「ちょっと待ってね……」
 私の身体にギュッてくっ付きながら訊いて来た麻実ちゃんを落ち着かせながら、その内容を確認する。
『ことりって、今、どこに居る?』
 えっ……、バレたのかな……。
 そう思った途端、まるで悪戯がバレた子供の頃の様に、心臓の鼓動のドキドキが速く、大きくなって、私の中で響いた。
「ね、返事、返事。私と一緒に遊んでいるって送ったら?」
 耳元で囁かれた麻実ちゃんの言葉に我を取り戻した私は、麻実ちゃんと正門の方に向いて、守達に背を向けながら返事を打って送信した。
 確かに、お母さん達とモーニングに行っていた麻実ちゃんが、既にここに来ているとは思わないかも知れない。
 それに、一緒に遊んでいるのは確かなのだから、嘘を吐いている訳でも無いのだし。

「あ、お兄ちゃん達、もうこっち見てないよ」
 そのままゆっくりと正門に向かって歩いている内に、ちらりと後ろを振り返った麻実ちゃんが教えてくれた。
 私も足を止めてゆっくりと向き直ると、確かに、守もミモちゃんももうこっちを気にしていない様子で、カンガルーの方に向かっている。
「……もう、麻実ちゃん、気を付けてね?」
「えへへへへ、ごめんなさい」
 はにかみながら素直に謝った麻実ちゃんの頭を、優しく撫でる。

 大丈夫、大丈夫、落ち着け私。
 ちゃんと考えれば、何とかなるよ。
 それに、まあくんなら兎も角、守には私が私だとは分からないって。

 ……自分を落ち着かせる為に、心の中でもう一度、そう、繰り返した。
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