流浪の興国ー託しきれない夢を、相棒と呼んでくれる君とー

水戸けい

文字の大きさ
6 / 31
第一章 決起

しおりを挟む
 夕暮れ前の森の広場で、大勢の人間がざわめいている。その前に立って、蕪雑は移住の説明をおこなっていた。

「このまま、ここで一生を終えるより、いっそのこと移住しちまったほうがいいだろう」

 聞いている全員が、蕪雑が移住先を見て来たことを知っている。その土地のことを、戻ってすぐに袁燕が、自慢げに身振り手振りを交えて語っていたので、どういう場所なのかは把握はあくしていた。

「たしかに兄ぃの言うとおり、このまま山の中に隠れ住むよりかは、いいかもしれねぇ。けどよぉ」

 発言者がうさんくさそうに、蕪雑の横に立っている烏有を見た。にごして終わった言葉の先に共感した視線が、烏有に集まる。それに気づいた蕪雑が、烏有の肩に腕をまわした。

「烏有がいなけりゃあ、俺ぁ移住なんて、ちっとも思いつかなかったんだぜ」

「それは、わかっているさ。けどな、兄ぃ。俺等が府を造るなんざぁ、お天道様てんとさまを掴むぐれぇに、とんでもねぇんじゃねぇのかい」

 いくつかうなずく顔があり、それらを蕪雑が情けなさそうに見回した。

「なんでぇ、なんでぇ。やる前から、あきらめちまってんのかよ」

「そのぐらい、現実味のない話ってことなんですよ。蕪雑の兄さん」

 妙齢の女性が、おずおずと発言する。すると蕪雑が「ふうむ」と腕を組んだ。

「現実味ってのが、そんなに大事なモンとは思えねぇけどな。……オメェらは見てねぇから、そう思うのかもしんねぇが、この山を下った先に、見たこともねぇような、でっけぇ川と、だだっぴろい土地があるんだぜ。しかもそこには、誰も住んじゃあいねぇんだ。そこに俺等が、まっさらな国を興すってんだから、奮えるじゃねぇかよ」

 歯をむき出して笑う蕪雑に、人々が顔を見合わせ、何事かをささやき交わす。

「そうだそうだ。奮えるじゃねぇか。なあ、俺っちは見たんだよ。こぉんな、でっけぇ川がさ、あったんだよ。魚もいてさ! 捕まえそこねたけど、釣竿がありゃあ、きっと大漁だったろうぜ。そんで朝、こっちに帰ろうとしたら、家よりデッケェ船が、流れてきたんだよ。手を振ったら、振り返してくれてさぁ……。あんなのを毎日、見られるなんて面白いだろうなぁ」

 煮え切らない態度の皆に発破をかけるためか、袁燕が立ち上がり、幾度も話した光景を、うっとりと語った。

「それはようっくわかったけどよ、袁燕。そんなにいい土地だってんなら、ほかにそう考えて、住みつく連中がいそうじゃねぇか。それがないってことは、なんか理由があるんじゃねぇのか」

「そうだ。恐ろしい獣が出るとか、川にはとんでもねぇバケモノが住んでいるとか。人が住まない原因が、あるに決まってらぁな」

 袁燕はフンッと鼻を鳴らした。

「そんなのがいたら俺っちたちは、無事に帰ってこられなかったぞ。ひと晩グッスリ眠っていたけど、なぁんの危険もなかったんだから、大丈夫さ」

「その、でっかい船ってのは、どこからどこへ行く船なんだ。あの土地を管理している豪族が、調査のために動かしていたらどうする」

「それは……」

 袁燕が目線で烏有に助けを求める。

「あの船は、上流の府から下流の府へと、人や荷物を運んでいるんだ。流通の便を考えれば、あの場所は未来の展望を描きやすくて、便利な土地だよ」

「だから、どうしてそんな場所に、誰も住んでいないんだ。そんな場所なら、とっくにどこかの豪族が、自分の土地にしていてもいいんじゃないか」

 そうだそうだと声が上がる。不安と不満にさざめく人々に、蕪雑があきれた。

「おいおいおいおい。なんだよ、オメェら。そんなら、死ぬまでここで、こっそり生きてくつもりかよ」

「それは……」

「いつか甲柄に戻れるとでも、考えてんのか? そっちのほうが、よっぽど夢物語だろうよ。――なあ、オメェら。おなじ現実味のねぇ話をするんなら、後戻りをしてぇと望むより、前に進む道を行こうじゃねぇか」

 満面の笑みを浮かべて、蕪雑は皆の顔をひとりずつ、確認するように見た。

亜月あがつよぉ。ここに来たとき家なんざなくってよぉ、デッケェ木の下で雨露をしのいでいたよな。そん時のことを、覚えているか。オメェが小枝を集めてきて、でっけぇ枝に乗せて屋根を作ったのにゃあ、感心したぜ」

「そんな、兄ぃ。あの程度のことは、誰だって思いつくぜ」

「思いついたって、しねぇ奴がたんといるもんだ。その上、オメェは草に詳しい。薬になるモンや食えるモンを見つけては、教えてくれたよな。――箕搗きとう。オメェが器用に、あれこれ道具を作ってくれたから、ずいぶんと暮らしやすくなった」

「だって俺ぁ、道具師だからよぉ。ほかにできるこたぁ、なんもねぇんだもんさ」

翌毘よくひ苔珂たいか。なんもねぇ山ん中に、家をこさえてくれたよな。笈燵きゅうたつは、獣を仕留める罠を作った。それから――」

 蕪雑は次々と名を挙げて、それぞれが得意とし、ここに住んでから成したことを端的に、思い出のように語った。それが進むごとに、疑心と不安に満ちていた空気が、ゆったりとしたやわらかなものに変わっていく。烏有は蕪雑がなぜ、彼等の中心にあるのかを悟った。

「なあ、オメェら。そんだけ、いろいろなことができる奴等が集まってるんだ。新しい国を造るなんざ、わけねぇだろう? そうなりゃあ、こっそり夜中に甲柄に戻って、残っている家族なんかとコソコソ会うなんてこたぁ、しなくてよくなる。そいつらを呼びよせちまえば、いいんだからな。どうでぇ、この話、乗ってみねぇか。なぁんもねぇ山ん中に、こうして住処すみかを造れたんだからよぉ。できるに決まってんじゃねぇか」

 楽観すぎると非難が起きそうなほど、明快な調子で移住の説得をする蕪雑に、剛袁がポツリと後押しの言葉を加えた。

「国を造るとなれば大げさですが、ここの集落のように、もっと住みよく畑も作れる土地に行くと考えてみれば、いいのではありませんか。そこで村を作って、甲柄にいる者たちと共に、堂々と暮らすと思えばどうでしょう」

「なるほど、村か。それなら、まあ、できそうな気がするな」

「ここだって、はじめは何もなかったんだっけ」

 否定的な雰囲気が肯定的なものとなり、あちらこちらで、かつてここにはなかったものを、誰がどのようにして作ったのかという話が起こる。

「なあ、オメェ等。ここで隠れ住むよりも、お天道様の下で、甲柄にいたころのように暮らそうじゃねぇか」

 明るい顔が満ちたところで、蕪雑が声をかけた。

「俺ぁ、乗ったぜ」

「俺も」

「私もだ」

「そういうことなら、賛成だ」

「オイラも」

 次々に賛同の声が上がり、どんな暮らしをしてみたいかの言い合いになる。その光景に、蕪雑が満足そうな顔をして、烏有を見た。

「どうでぇ。心配なかったろう?」

「正直、驚いているよ。もっと揉めるかと思っていたんだけれどね」

 フフンと得意げに鼻を鳴らした蕪雑が、これからどうするかは、後日に決めようと皆に声をかけると、未来への展望に顔を輝かせた人々が、三々五々と散っていく。

「さぁて。明日からなにをどうするか、飲みながら作戦会議といこうじゃねぇか」

 烏有の肩を上機嫌に叩いて、自分の小屋へと戻る蕪雑を袁燕が追う。烏有は振り向き、剛袁に笑いかけた。

「後押しをしてくれるとは、思ってもみなかったよ」

「俺は、貴方の後押しをしたわけではありません。蕪雑兄ぃがヤル気になっていますし、ここで集落を広げるよりも、あの場所で生活をするほうが、畑もできるし住み心地もよさそうだと、現実的に判断したまでです」

「現実的、か。なるほどね」

「なんです?」

 憮然とした剛袁に、なんでもないよと烏有は首を振る。

「たしかに、国を造ると言えば途方もないけど、この集落のような村を造るとなれば、現実味が増すね」

「からかっているんですか」

「感心しているんだよ。彼等に伝わりやすく、蕪雑が説得のしやすいように、さりげなく言葉を差し挟んだ手腕にね」

「すこしも、うれしくはありませんね」

「そうか。それは残念だ」

 剛袁がにらむと、烏有は怒りを制するように片手を挙げた。

「僕はどうやら、うかれているらしい」

「うかれている?」

「どだい無理だと思っていた夢が、かなうかもしれないからね」

「……そのために、蕪雑兄ぃを利用するんですね」

「人聞きが悪いな。まあ、見方によっては、そうなるんだろうけれど。利害が一致したと、言ってほしいな」

「どちらにせよ、遊びではすまされないんです。貴方の持てるもの、すべてを蕪雑兄ぃに捧げていただきますよ」

 念押しをするように、剛袁が目に力を込める。

「おおい、早く来いよぉ。話をすんなら、中でやろうぜ」

「兄さん、烏有。早く早く」

 烏有は剛袁の視線を、軽い笑顔で受け止めた。

「呼んでいるよ」

「わかっています」

 剛袁が大股で歩きだす。その背に向かって、烏有はつぶやいた。

「もちろん、持てるすべてを差し出すさ。夢物語だと思っていた国を、この目で見るためなら、なんだってするつもりだよ。父さんや母さんの理想が、間違っていなかったと証明をするために」

 その声を聞いたのは、烏有の傍にある草木のみだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛

タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。 しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。 前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。 魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...