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第二章 決行
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食堂に集まった烏有たちは、このあたりを大きく記した地図をながめていた。
「どのくらいの規模の船着場を造るかで、国を建設するときに運べる資材の量が変わってくる。ただ、船着場を大きく計画しすぎると、それに時間を取られすぎて、肝心の国造りが遅れてしまう」
烏有が川と陸の境目を指でなぞった。
「とりあえず、どんぐれぇの船が着けるようにすりゃあいいんだ?」
蕪雑の質問に、剛袁が答えた。
「最低でも、この船が停まれる程度のものにはしたいですね。この規模の船なら、馬も運べるでしょう。馬がいれば、荷運びに使えますから」
「馬が船に乗ってくるなんて、面白いなぁ」
想像しているのか、袁燕が首を縮めて笑った。
「たしかに。これから家や畑を作るんなら、馬は必要だよな。なら、この船が停まれる船着場を造るとしようぜ。どんぐらい、かかるんだ?」
「昨日、工夫に聞いてみたけれど、そう長くはかからなさそうだと言っていたよ。具体的な日数は、適当なことは言えないから、今日の調査の後に説明をしてくれるそうだ。船着場が大きければ、物資の流入も多くなるから、なるべくしっかりとした、無理のない大きさのものを造りたいんだけれど」
烏有が玄晶を見る。
「船着場も大切だけれど、いずれ府にする国造りなら、土地の縄張りも重要だ。船着場の位置が決まってから、細かな計画を立てるとして、ざっくりと大きさだけを決めるのならば、このくらいの広さは必要だな」
筆を手に、玄晶が地図上に四角を描く。それを見ながら、烏有が思案気につぶやいた。
「甲柄との関係を考えれば、山に道は作らずに、上下の府から街道を伸ばすのが、上策だよね。こちらの計画を知った甲柄の豪族が、面白くないと判断し、牢破りをした罪人狩りだと兵を出してくると、めんどうだ」
「そんな相手、やっつけてやればいいんだ」
袁燕が勇ましく拳を上げる。
「そうだな。やっつけてしまえればいいのだが、争いはなるべくしないほうがいい。時間が無駄になるし、怪我人を出したくはないだろう?」
やんわりとした玄晶の物言いに、袁燕は不服そうに拳を下ろした。それをなぐさめるためか、剛袁が袁燕の頭の上に手を乗せる。
「府にするのなら、治世を行う者の住まいと、商いの区画、工夫の区画、農夫の区画などを、どこにするのか定めておかなければならないが」
玄晶が意見を求めるように、皆を見回す。
「そんなら、家はえれぇ遠くに作りあうことになるじゃねぇか」
「そうなるな」
「スッカスカの村ってことか」
ふうむと蕪雑が腕を組んだ。
「大きくなってから作りなおす、というのは非効率だ。はじめから、府にすると決めているのだからな」
玄晶の言葉に、烏有が続く。
「だから、家を建てると同時に、道も整備する。そうすれば建物同士の間隔が広くても、問題はないだろう。これから人や家が増えていくんだという、目標の空白として見られるはずだよ」
「目標の空白、ですか。なるほど、それならば人々の気持ちも前に向きそうですね」
剛袁の同意に、そういうもんかと蕪雑が頭を掻く。
「しかし、烏有。それなら綿密に区画を決めておかなければなりませんよ。どこをどう使うのか、土地の特性を知ってから定めなければ」
剛袁が地図上に視線を走らせる。
「ここで生産し、外へ売りに出せるものが作れるかどうかも、重要になるな。立派な船着場を持つのだから、交易を視野に入れて考えてみてはどうだろう」
剛袁と玄晶の意見を受けて、烏有は蕪雑に声をかけた。
「猿酒のようなものを作れる人がいたね。あれを特産にすればどうだろう。船着場の傍に食堂を作り、旅人や船人が宿泊できる施設も整備する。そうすれば、早い段階で人の流入が見込めるだろう。にぎわっていると見れば、行商人が集まる。儲かると思われれば品が入り、人がさらに増える」
「ああ、あの酒なぁ。たしかに、あれなら材料は山にたんとあるから、難しくはねぇな。けどよぉ、店に出すぐれぇのぶんは問題ねぇが、よそに売りに出せるほど、できるかどうかはわかんねぇぜ」
ふたりの会話を聞いた玄晶が、顎に手を当て考える。
「その、猿酒のようなものの材料は、果物なのだろう。材料となる実のなる木を栽培することは、可能なのかな」
「木を栽培? まあ、できねぇこたぁ、ねぇだろうぜ。種を植えて育てりゃあ、いいんだからな」
「その酒を味わってはいないから、どうとも言えないが。猿酒は珍重がられたりもするからね。それを特産品にできれば、国造りの資金調達にもなるはずだ。だけど、栽培が可能な木なのかどうか、実が成るまでに、どのくらいかかるのかが、知りたいな」
「そういうことなら、そういうモンに詳しい奴がいるからよぉ。そいつに聞いてくらぁ」
「それなら、俺っちが行くよ。俺っちなら、誰より早く戻れるからさ」
任せてほしいと、袁燕が胸を叩いた。
「袁燕。その人物を、こちらに連れてくることは、可能かな。年配の方で、山を下るのが辛いというのであれば、迎えを送らなければならないが」
玄晶の問いに、蕪雑が答える。
「酒をつくるために、ヒョイヒョイと木を登っちまうような奴だから、問題ねぇよ。どんぐらい酒ができるのか、相談してぇのか」
「それもあるが、ここの土を見て、その木を栽培できるかどうかを、判断してもらいたい」
「そういうことなら、畑の相談もしなくちゃなんねぇし、葛咋と瀬昧も連れてきてくれ」
「わかった」
力強くうなずいた袁燕が扉に向かう。その背に玄晶が声をかけた。
「酒の味も確かめたいから、すこし持ってきてくれないか」
「おー!」
ぶんぶんと片手を振り回しながら走り去っていく袁燕の後姿に、皆の目元がなごんだ。
「栽培をはじめても、すぐに果実ができるわけではないから、輸出ができる、できないの話は置いておこう。だが、酒造りはおこなう。となると、酒造所は材料を確保しに行きやすい、山のふもとに配置するのがよさそうだな」
玄晶が地図上の山すそを示す。
「食堂は、船着場の近くにするんだろ? なら、宿と食堂は川のそばだよな」
蕪雑の無骨な指が、川と陸の隔たりを示す線をなぞった。
「そうなると、人や物の流れを考えて、そのあたりに商家が並ぶよう、配置をするのが合理的でしょう。すると工夫や細工師の区画は、その隣と決めておけば便利ですね」
ざっくりと、剛袁が地図上に指先で円を描く。
「となると、畑はこのあたりに作ると仮定して、僕たちが治世や外交の話し合いを持つ屋敷を置くのは、こちらかな」
烏有は川下に大きな円を描いてから、川上を軽く叩いた。
「なんだ。もっと悩むのかと思ったけどよぉ、案外あっさりと決まったな」
蕪雑がほがらかに地図をながめる。
「まだ確定ではありませんよ、蕪雑兄ぃ。作物を育てる水や土の問題がありますからね。烏有の示した場所では、十分な水が確保できないとなれば、建設場所を変更しなければなりません」
「剛袁。その心配なら、川から水を引けるようにすれば、解消するんじゃないかな。――玄晶、土木に詳しい工夫を、こちらに呼び寄せる手配を頼めるかい」
「そんなに性急にことを進めて、大丈夫なんですか」
剛袁が烏有に、心配顔を向ける。
「さっさと決めちまおうぜ。皆がやる気になっているうちによぉ」
蕪雑が、何を心配しているんだと顔に書いて、剛袁を見た。玄晶が剛袁の心配の理由を説明する。
「剛袁は、府となる国を想定した縄張りと建設計画を、申皇から許可を得ないままに、推し進めてしまっても問題ないかが、気になっているのだよな」
「資金の問題もあります」
玄晶の説明に、剛袁が補足した。
「ああ、金かぁ」
腕を組んだ蕪雑に、烏有はほほえんだ。
「それは問題ないよ。昨夜、工夫と話したけれど、船着場の工事費は、僕の私財でまかなえる」
「そんじゃあ、烏有が素寒貧になっちまうんじゃねぇか?」
「いいんだよ。僕は夢を叶えたいんだ。そのためなら、すべてを投じる覚悟でいると、前に言わなかったかい」
うーん、と蕪雑が唇をゆがめる。
「そうだけどよぉ。なんつうか」
うまく言えない蕪雑が、剛袁を見た。
「それでは皆が甘えてしまうのではありませんか。自分たちが造りあげた国、という意識と、人に言われて造ったもの、という認識では、気持ちに雲泥の差が出ます」
剛袁の指摘に蕪雑が「そうそれだ」と言い、玄晶が答える。
「ならば、ひとまずの資金を借り受けたと言えばいい。烏有のツテで、官僚である私が保証人になり、無利息で貸しつけてもらえたと説明すれば、なるほどそうかと納得をされるだろう。烏有には、食堂や宿などの売上げから返済すればいい」
「忘れていませんか、玄晶。我等は豪族や官僚の横暴のために、山に住まざるを得なくなったんですよ。無利息での貸しつけなんて、誰も信用するはずがない」
厳しい声の剛袁に、玄晶はニヤリとした。
「それならば、領主となりたい官僚が、懇意にしている楽士の望みを知り、これは好機と先導をする気になった、とでも説明をしようか。自分たちが平穏に暮らせる土地が欲しい君たちと、領主という地位を求めている私の利害が一致したとなれば、文句は出ないのではないかな」
剛袁が険しい顔になる。
「ああ、勘違いをしないでくれ。あくまでも、納得をしてもらうための方便だからな。私は領主になるつもりはないよ。けれど、府となるには、中枢の情勢を把握し、活用できる者がいる。それにふさわしい人物が見えているのといないのとでは、現実味が変わるだろう。実質的な治世は蕪雑が豪族となっておこなうと言えばいい。そして、領主と豪族の間を取り持つ役に、剛袁がなると伝えれば、反対はされないと思うのだがな」
どうだろう、と玄晶がほほえむ。
「君が役人になるために勉強をしていたことは、皆が知っているのだろう。ならば、蕪雑を支持しながら、それを実現させるのだと言えばいいのではないか。そのための勉学の手伝いは、私がしよう」
剛袁の目が丸くなる。
「むろん、烏有にもつきあってもらうよ。交渉などに関する仕事を担える人間は、ひとりより、ふたりのほうがいい。多すぎても困りものだけれどね」
言いながら玄晶が蕪雑を見れば、蕪雑は片頬をひきつらせた。
「俺ぁ、そういうのには向いてねぇと思うぜ」
「私も、そう思うよ。外交は私たち3人にまかせて、君は民のことだけを考えていてくれ」
ほっとしながら、蕪雑はうなずいた。
「それなら、まかせておけ。今までどおりでいいんだろ」
「そういう流れで、問題ないかな」
玄晶が烏有と剛袁に確認をする。
「異論はありません」
「僕もだよ」
「では、川原の調査結果を待つ間、散歩でもしようか。これから、ここに国を造るんだという、感慨を深めるための散歩をね」
玄晶の提案に、皆が賛成を示した。
「どのくらいの規模の船着場を造るかで、国を建設するときに運べる資材の量が変わってくる。ただ、船着場を大きく計画しすぎると、それに時間を取られすぎて、肝心の国造りが遅れてしまう」
烏有が川と陸の境目を指でなぞった。
「とりあえず、どんぐれぇの船が着けるようにすりゃあいいんだ?」
蕪雑の質問に、剛袁が答えた。
「最低でも、この船が停まれる程度のものにはしたいですね。この規模の船なら、馬も運べるでしょう。馬がいれば、荷運びに使えますから」
「馬が船に乗ってくるなんて、面白いなぁ」
想像しているのか、袁燕が首を縮めて笑った。
「たしかに。これから家や畑を作るんなら、馬は必要だよな。なら、この船が停まれる船着場を造るとしようぜ。どんぐらい、かかるんだ?」
「昨日、工夫に聞いてみたけれど、そう長くはかからなさそうだと言っていたよ。具体的な日数は、適当なことは言えないから、今日の調査の後に説明をしてくれるそうだ。船着場が大きければ、物資の流入も多くなるから、なるべくしっかりとした、無理のない大きさのものを造りたいんだけれど」
烏有が玄晶を見る。
「船着場も大切だけれど、いずれ府にする国造りなら、土地の縄張りも重要だ。船着場の位置が決まってから、細かな計画を立てるとして、ざっくりと大きさだけを決めるのならば、このくらいの広さは必要だな」
筆を手に、玄晶が地図上に四角を描く。それを見ながら、烏有が思案気につぶやいた。
「甲柄との関係を考えれば、山に道は作らずに、上下の府から街道を伸ばすのが、上策だよね。こちらの計画を知った甲柄の豪族が、面白くないと判断し、牢破りをした罪人狩りだと兵を出してくると、めんどうだ」
「そんな相手、やっつけてやればいいんだ」
袁燕が勇ましく拳を上げる。
「そうだな。やっつけてしまえればいいのだが、争いはなるべくしないほうがいい。時間が無駄になるし、怪我人を出したくはないだろう?」
やんわりとした玄晶の物言いに、袁燕は不服そうに拳を下ろした。それをなぐさめるためか、剛袁が袁燕の頭の上に手を乗せる。
「府にするのなら、治世を行う者の住まいと、商いの区画、工夫の区画、農夫の区画などを、どこにするのか定めておかなければならないが」
玄晶が意見を求めるように、皆を見回す。
「そんなら、家はえれぇ遠くに作りあうことになるじゃねぇか」
「そうなるな」
「スッカスカの村ってことか」
ふうむと蕪雑が腕を組んだ。
「大きくなってから作りなおす、というのは非効率だ。はじめから、府にすると決めているのだからな」
玄晶の言葉に、烏有が続く。
「だから、家を建てると同時に、道も整備する。そうすれば建物同士の間隔が広くても、問題はないだろう。これから人や家が増えていくんだという、目標の空白として見られるはずだよ」
「目標の空白、ですか。なるほど、それならば人々の気持ちも前に向きそうですね」
剛袁の同意に、そういうもんかと蕪雑が頭を掻く。
「しかし、烏有。それなら綿密に区画を決めておかなければなりませんよ。どこをどう使うのか、土地の特性を知ってから定めなければ」
剛袁が地図上に視線を走らせる。
「ここで生産し、外へ売りに出せるものが作れるかどうかも、重要になるな。立派な船着場を持つのだから、交易を視野に入れて考えてみてはどうだろう」
剛袁と玄晶の意見を受けて、烏有は蕪雑に声をかけた。
「猿酒のようなものを作れる人がいたね。あれを特産にすればどうだろう。船着場の傍に食堂を作り、旅人や船人が宿泊できる施設も整備する。そうすれば、早い段階で人の流入が見込めるだろう。にぎわっていると見れば、行商人が集まる。儲かると思われれば品が入り、人がさらに増える」
「ああ、あの酒なぁ。たしかに、あれなら材料は山にたんとあるから、難しくはねぇな。けどよぉ、店に出すぐれぇのぶんは問題ねぇが、よそに売りに出せるほど、できるかどうかはわかんねぇぜ」
ふたりの会話を聞いた玄晶が、顎に手を当て考える。
「その、猿酒のようなものの材料は、果物なのだろう。材料となる実のなる木を栽培することは、可能なのかな」
「木を栽培? まあ、できねぇこたぁ、ねぇだろうぜ。種を植えて育てりゃあ、いいんだからな」
「その酒を味わってはいないから、どうとも言えないが。猿酒は珍重がられたりもするからね。それを特産品にできれば、国造りの資金調達にもなるはずだ。だけど、栽培が可能な木なのかどうか、実が成るまでに、どのくらいかかるのかが、知りたいな」
「そういうことなら、そういうモンに詳しい奴がいるからよぉ。そいつに聞いてくらぁ」
「それなら、俺っちが行くよ。俺っちなら、誰より早く戻れるからさ」
任せてほしいと、袁燕が胸を叩いた。
「袁燕。その人物を、こちらに連れてくることは、可能かな。年配の方で、山を下るのが辛いというのであれば、迎えを送らなければならないが」
玄晶の問いに、蕪雑が答える。
「酒をつくるために、ヒョイヒョイと木を登っちまうような奴だから、問題ねぇよ。どんぐらい酒ができるのか、相談してぇのか」
「それもあるが、ここの土を見て、その木を栽培できるかどうかを、判断してもらいたい」
「そういうことなら、畑の相談もしなくちゃなんねぇし、葛咋と瀬昧も連れてきてくれ」
「わかった」
力強くうなずいた袁燕が扉に向かう。その背に玄晶が声をかけた。
「酒の味も確かめたいから、すこし持ってきてくれないか」
「おー!」
ぶんぶんと片手を振り回しながら走り去っていく袁燕の後姿に、皆の目元がなごんだ。
「栽培をはじめても、すぐに果実ができるわけではないから、輸出ができる、できないの話は置いておこう。だが、酒造りはおこなう。となると、酒造所は材料を確保しに行きやすい、山のふもとに配置するのがよさそうだな」
玄晶が地図上の山すそを示す。
「食堂は、船着場の近くにするんだろ? なら、宿と食堂は川のそばだよな」
蕪雑の無骨な指が、川と陸の隔たりを示す線をなぞった。
「そうなると、人や物の流れを考えて、そのあたりに商家が並ぶよう、配置をするのが合理的でしょう。すると工夫や細工師の区画は、その隣と決めておけば便利ですね」
ざっくりと、剛袁が地図上に指先で円を描く。
「となると、畑はこのあたりに作ると仮定して、僕たちが治世や外交の話し合いを持つ屋敷を置くのは、こちらかな」
烏有は川下に大きな円を描いてから、川上を軽く叩いた。
「なんだ。もっと悩むのかと思ったけどよぉ、案外あっさりと決まったな」
蕪雑がほがらかに地図をながめる。
「まだ確定ではありませんよ、蕪雑兄ぃ。作物を育てる水や土の問題がありますからね。烏有の示した場所では、十分な水が確保できないとなれば、建設場所を変更しなければなりません」
「剛袁。その心配なら、川から水を引けるようにすれば、解消するんじゃないかな。――玄晶、土木に詳しい工夫を、こちらに呼び寄せる手配を頼めるかい」
「そんなに性急にことを進めて、大丈夫なんですか」
剛袁が烏有に、心配顔を向ける。
「さっさと決めちまおうぜ。皆がやる気になっているうちによぉ」
蕪雑が、何を心配しているんだと顔に書いて、剛袁を見た。玄晶が剛袁の心配の理由を説明する。
「剛袁は、府となる国を想定した縄張りと建設計画を、申皇から許可を得ないままに、推し進めてしまっても問題ないかが、気になっているのだよな」
「資金の問題もあります」
玄晶の説明に、剛袁が補足した。
「ああ、金かぁ」
腕を組んだ蕪雑に、烏有はほほえんだ。
「それは問題ないよ。昨夜、工夫と話したけれど、船着場の工事費は、僕の私財でまかなえる」
「そんじゃあ、烏有が素寒貧になっちまうんじゃねぇか?」
「いいんだよ。僕は夢を叶えたいんだ。そのためなら、すべてを投じる覚悟でいると、前に言わなかったかい」
うーん、と蕪雑が唇をゆがめる。
「そうだけどよぉ。なんつうか」
うまく言えない蕪雑が、剛袁を見た。
「それでは皆が甘えてしまうのではありませんか。自分たちが造りあげた国、という意識と、人に言われて造ったもの、という認識では、気持ちに雲泥の差が出ます」
剛袁の指摘に蕪雑が「そうそれだ」と言い、玄晶が答える。
「ならば、ひとまずの資金を借り受けたと言えばいい。烏有のツテで、官僚である私が保証人になり、無利息で貸しつけてもらえたと説明すれば、なるほどそうかと納得をされるだろう。烏有には、食堂や宿などの売上げから返済すればいい」
「忘れていませんか、玄晶。我等は豪族や官僚の横暴のために、山に住まざるを得なくなったんですよ。無利息での貸しつけなんて、誰も信用するはずがない」
厳しい声の剛袁に、玄晶はニヤリとした。
「それならば、領主となりたい官僚が、懇意にしている楽士の望みを知り、これは好機と先導をする気になった、とでも説明をしようか。自分たちが平穏に暮らせる土地が欲しい君たちと、領主という地位を求めている私の利害が一致したとなれば、文句は出ないのではないかな」
剛袁が険しい顔になる。
「ああ、勘違いをしないでくれ。あくまでも、納得をしてもらうための方便だからな。私は領主になるつもりはないよ。けれど、府となるには、中枢の情勢を把握し、活用できる者がいる。それにふさわしい人物が見えているのといないのとでは、現実味が変わるだろう。実質的な治世は蕪雑が豪族となっておこなうと言えばいい。そして、領主と豪族の間を取り持つ役に、剛袁がなると伝えれば、反対はされないと思うのだがな」
どうだろう、と玄晶がほほえむ。
「君が役人になるために勉強をしていたことは、皆が知っているのだろう。ならば、蕪雑を支持しながら、それを実現させるのだと言えばいいのではないか。そのための勉学の手伝いは、私がしよう」
剛袁の目が丸くなる。
「むろん、烏有にもつきあってもらうよ。交渉などに関する仕事を担える人間は、ひとりより、ふたりのほうがいい。多すぎても困りものだけれどね」
言いながら玄晶が蕪雑を見れば、蕪雑は片頬をひきつらせた。
「俺ぁ、そういうのには向いてねぇと思うぜ」
「私も、そう思うよ。外交は私たち3人にまかせて、君は民のことだけを考えていてくれ」
ほっとしながら、蕪雑はうなずいた。
「それなら、まかせておけ。今までどおりでいいんだろ」
「そういう流れで、問題ないかな」
玄晶が烏有と剛袁に確認をする。
「異論はありません」
「僕もだよ」
「では、川原の調査結果を待つ間、散歩でもしようか。これから、ここに国を造るんだという、感慨を深めるための散歩をね」
玄晶の提案に、皆が賛成を示した。
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