凪の潮騒

水戸けい

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「っ、は――あっはは。威勢がいいな。よし、気に入った。全部、買い取ろう。いくらだ」

 懐に手を入れた幸正は、私の言い値で全てを買い上げ、後ろに控えていた侍にそれを押し付けるように渡すと、人懐こい顔をして言った。

「それじゃあ、言う事を聞いてもらおうか。アンタの家は、どこだ」

「なんで、そんなことを知りたがるのさ」

「ちゃんと体をあたためるかどうかを、確認するんだよ。言う事を聞かせたきゃ、全部買い上げろっつったろ? 条件を飲んだんなら、相手が約束を守るかどうかを確認するのは、当然じゃねぇか」

 村の人々が、買い付けに来た人々が、はらはらとして成り行きを見守っている。やせっぽちの小娘と、着物の上からでもわかるほどの隆々とした体躯の武士。どう見ても、私に勝ち目はないし、幸正の言うことは道理にかなっているので頷きながら「わかった」と告げた。

「ついてきな」

 幸正は、先に帰っていろと背後の二人に声をかけ、私についてきた。ちらりと腰を盗み見て、刀が無いことを確認する。生意気な小娘を、人気のないところまで行って手打ちにする、ということは無さそうだと思いながらも、あの体躯では簡単に私をくびり殺すこともできるだろうと、考え直した。

 吹けば飛ぶようなボロ家の扉を開けて、足を拭って火打石を手に囲炉裏端に行き、炭に火をつける。土間に入った幸正は口を開けて家の中を身回し、招いても無いのに足をすすいで上がりこんだ。

「もう、十分だろ。こうやって家に帰って、囲炉裏に火を熾したんだ」

 早く帰ってくれと言外に含んで言えば、幸正は手を伸ばして鍋のふたを開けた。

「まだまだ、あったまるにゃ十分じゃ無ぇだろう。この汁は、昨日の残りか」

「私が、あたたまり終えるまで帰らないつもり?」

 鍋の汁を眺め、部屋の中を見回した幸正は私の顔で視線を止めた。

「ひとりか」

「見たら、わかるだろう」

 炭が十分に熾ったところで、枯れ木をくべる。鍋の底に火が触れて、湯気が上がり始めた。

「ふうん」

 再び、汁に目を向けた幸正は少し考えるようにしてから、妙案が浮かんだと言いたげな顔を持ち上げた。

「よし、これからは俺が火を熾して待っていてやろう」
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