凪の潮騒

水戸けい

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 それから、幸正は私を求めるようになった。私は、幸正に抱かれることを多分、喜んでいる。――心地よい激しさとぬくもりに、求められていると感じることに、悦びを感じている。だから、礼の為だったと言えないでいる。失うことを、惜しいと感じている。

 ふ、と自嘲に唇がゆがんだ。私は、私の為だけに幸正の情を利用しているのか、と。

 あの時、本当に私は礼の為に幸正に腕を伸ばしたのか。

 いつ死んでも構わないと思っていたくせに、死ぬことを惜しいと思って、幸正に見捨てられれば困るからと、腕を伸ばしたんじゃないのか。

 あの時の感情が何だったのか、反芻はんすうをしてもわからない。幸正が何を思って私の看護に親身になり、私の誘いに応じ、私を求め続けているのかも。

 なんとなく、父の形見であり武士であったことを示す唯一のもの――小刀をしまっている、部屋の隅でほこりをかぶっている箱を手に取りふたを開けた。立派な布にくるまれているそれは、どんな形をしているのかわからない。見たことも無い。

 生まれて初めて、それに手を伸ばして持ち上げ、ズシリとした重さに吐息が漏れた。

「父様…………」

 私が武家の血筋であることを示す、小刀。村のむすめではなく、幸正と同じ場所に立てるかもしれない血筋であることを示す、父様の形見。幸正の周囲にいるであろう身分の女と同じように、傍にいることが出来るようになるかもしれない――出来るようにすることが可能になるかもしれない、もの。

 私は何を考え何を感じ、何を思っているのか。――幸正は、私をどう思っているのか。

 さざなみのように落ち着かない心を、小刀の重みが鎮めてくれるような気がして、それを胸に抱きしめた。


 いつもの時間に起きだして、いつものように支度を整え海へ向かう。海も空も境界が見えぬほどに暗い、夜明け前。

 手に松明を持って岩場へ行き、それを消す。いつもなら、海水に手を入れて温度を確かめ、小袖を脱いで少しずつ体を慣らして潜るのに、私は銛を手にして岩場のきわで漆黒の海を見つめた。そっと銛を海に入れて脳裏にある地形を思い描きながら、獲物の手ごたえを探る。私の銛は細工がしてあり、銛の柄に細い棒が付いていた。それを動かせば、銛の先に網が被さることになっている。銛で貝などを持ち上げ、網をかぶせてすくい上げられるようになっていた。

 銛の先に岩とは違う柔らかな感触を得て、岩とそれの間に銛をもぐらせて細い棒の留め具を外す。ぱち、と音がして棒が前に進み、私は銛を引き寄せた。ゆっくりと持ち上げれば銛の先にかぶさる網の中に、アワビの姿がある。それを取り、再び海に銛を沈めて進めた。
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