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父様は、このような場所で生活をしていたのかと、庭を歩き見た景色を思い出す。――どこまで続くかわからない屋敷と、手入れの行き届いた庭。林と、その奥にあった庵。村を一つまるごと屋敷の中へ入れても余るのではないかと思えるほどに、広かった。それらすべてを捨ててまで、父様は母様を愛し求めたというのか。
考えるごとに胸に溜まった息を吐き出す。――自分で作る必要のない、時間になれば用意をされる繊細な食事。用向きは命じれば整うであろう生活。それと比べれば、何もかもを自分たちで行わなければいけない村の生活は、父様にとって苦痛では無かったのか。それを乗り越えられるほどに、母様を愛していたのか。母様は、どんな方なのだろう。
ひとりで考えても同じところを巡るだけだとわかっているのに、他にすることもないので思考をなぞり続ける。そして、幸正はどうしているのだろうと思いながら、体を丸めた。恋しいわけでは無く、ただ自分が帰ってこないことをどう思い、どうしているのかが気になっている。ここの人間と、幸正が仕えている相手とは交流があるのだろうか。あるとすれば、私がここに連れてこられたことを聞き、私の素性を聞かされているかもしれない。――驚くだろうか。……驚くだろう。ただの漁村の貧相な娘が、これほど大きな屋敷を持つ家の血筋だったのだから。
そうではなく、幸正は何も知らされずに、私が帰らぬことを不思議に思って待ち続けているのかもしれない。それとも、諦めて帰ったのだろうか。――探すなんてことはしていないだろうと思う矢先に、つきっきりで看護をしてくれたことを思いだした。
「幸正――」
強く、会いたいと思った。その気持ちが湧き上がるままに体を起し、襖を見る。幸正はどうしているのか。それだけでも、知りたかった。
襖に近づき開ければ、左右から槍が下り目の前で重ねられた。
「どこに行かれるおつもりですか」
言葉こそ丁寧だが鋭く詰問する口調に、片方だけ口の端を皮肉に持ち上げる。屋敷の主の血筋らしい私は、監視をするものにとって、罪人と同じようなものなのかと。
「奥村の爺様は、何処に居る」
少し考えるように、男たちは目を合わせて互いの表情を見つめ、ややあって頷いた。
「奥村様をお呼びいたしますので、姫様は中でお待ちください」
主の血筋とはいえ、今朝まで漁村の娘であった相手を姫と呼ぶのは、どんな気分なんだろう。
「私は、姫様じゃない。伊佐という名の、漁村の娘だ」
鼻白んだ男たちは、咳払いをして中でお待ちくださいと繰り返し、襖を閉めた。鼻先でぴしゃりと閉じられた襖を見つめ、そのまま爺様が来るのを待った。足音が遠ざかる。男の一人が、爺様を呼びに行ったか誰かに爺様を呼んで来るよう告げに行ったのだろう。
考えるごとに胸に溜まった息を吐き出す。――自分で作る必要のない、時間になれば用意をされる繊細な食事。用向きは命じれば整うであろう生活。それと比べれば、何もかもを自分たちで行わなければいけない村の生活は、父様にとって苦痛では無かったのか。それを乗り越えられるほどに、母様を愛していたのか。母様は、どんな方なのだろう。
ひとりで考えても同じところを巡るだけだとわかっているのに、他にすることもないので思考をなぞり続ける。そして、幸正はどうしているのだろうと思いながら、体を丸めた。恋しいわけでは無く、ただ自分が帰ってこないことをどう思い、どうしているのかが気になっている。ここの人間と、幸正が仕えている相手とは交流があるのだろうか。あるとすれば、私がここに連れてこられたことを聞き、私の素性を聞かされているかもしれない。――驚くだろうか。……驚くだろう。ただの漁村の貧相な娘が、これほど大きな屋敷を持つ家の血筋だったのだから。
そうではなく、幸正は何も知らされずに、私が帰らぬことを不思議に思って待ち続けているのかもしれない。それとも、諦めて帰ったのだろうか。――探すなんてことはしていないだろうと思う矢先に、つきっきりで看護をしてくれたことを思いだした。
「幸正――」
強く、会いたいと思った。その気持ちが湧き上がるままに体を起し、襖を見る。幸正はどうしているのか。それだけでも、知りたかった。
襖に近づき開ければ、左右から槍が下り目の前で重ねられた。
「どこに行かれるおつもりですか」
言葉こそ丁寧だが鋭く詰問する口調に、片方だけ口の端を皮肉に持ち上げる。屋敷の主の血筋らしい私は、監視をするものにとって、罪人と同じようなものなのかと。
「奥村の爺様は、何処に居る」
少し考えるように、男たちは目を合わせて互いの表情を見つめ、ややあって頷いた。
「奥村様をお呼びいたしますので、姫様は中でお待ちください」
主の血筋とはいえ、今朝まで漁村の娘であった相手を姫と呼ぶのは、どんな気分なんだろう。
「私は、姫様じゃない。伊佐という名の、漁村の娘だ」
鼻白んだ男たちは、咳払いをして中でお待ちくださいと繰り返し、襖を閉めた。鼻先でぴしゃりと閉じられた襖を見つめ、そのまま爺様が来るのを待った。足音が遠ざかる。男の一人が、爺様を呼びに行ったか誰かに爺様を呼んで来るよう告げに行ったのだろう。
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