フェロ紋なんてクソくらえ

水戸けい

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第三章 想いと契約

(残してぇんだ、俺は。リアノの全部に、俺を)

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 特に考えたわけでもない発言だったが、欲しがる箇所に代用品を埋め込むのはアリではないかと、情欲をたっぷりと吐き出して満たされた表情で眠るカヒトを見つめて思う。己の欲を突き立てたいが、子どもを孕む可能性があるのだから、いくらカヒトに望まれてもするわけにはいかない。

 いまは、紋の影響で欲しがってはいるが、抱かれる側になるというのは多少なりとも屈辱を伴うのではないか。兵団長にまでなった男が、自分より力の劣る魔導士に犯されて平気でいられるはずもない。

(道具の方がまだましだと、紋が取れれば考えるのではないか)

 彼の繊細な部分に己以外を入れるなど、愉快ではないが致し方ない。

(となると、どうするか)

 淫具の存在は知っている。それをそのまま使用するのは気が引けた。購入した量産型でカヒトを犯したくはない。彼に快楽を与えるものは、自分の手で生み出したい。

 研究室内にあるもので作れないかと、リアノは薬草や薬木、魔力を含んでいる鉱石などを手にとっては考えた。

(これらを組み合わせて、陰茎の形に近づけ……紋の魔力を抑えられるもの)

 考えながら手を動かして、リアノは試行錯誤をはじめた。

 ぐっすりと眠って目覚めたカヒトは、うーんとうなりながら伸びをした。カタカタと音が聞こえて顔を向ければ、手元に顔を近づけて作業をしているリアノがいた。起き上がれば空腹を覚えた。腹に手を置いて、体がすっかりきれいに拭われていることを知る。しかし服は着ていない。

(さすがに、服を着せるのは大変だったか)

 ひと回りも体の大きな男の世話は大変だよなと、カヒトはクックッと笑いながらベッドから下りた。

「なにやってんだ?」

「欲しい欲しいと言われても、対処できるようにな」

「うん?」

 近づいて机上を見たカヒトは目を丸くした。

「なんでぇ、こりゃあ」

「指で届かないのであれば、こうするしかあるまい」

「剣の柄を入れろっつってたけど……まさか、半分本気だったとはなぁ」

 目をクルクルさせながら、カヒトはリアノの手の中にある奇妙な物体に顔をしかめた。

「嫌か」

「リアノを入れりゃあ、手っ取り早いだろ」

「できないと何度も言ったはずだ」

「ガキができるかもしんねぇからだろ? 俺はかまわねぇっつってんじゃねぇか」

「私がかまう」

(そんなに、俺とガキを作るのが嫌かよ)

 下唇を突き出して不機嫌になったカヒトは、リアノの作った道具を手にした。大きさは陰茎とおなじだが、当然のことながら質感はまるで違う。黒々としたそれはしっとりと肌になじむが、ぬくもりのかけらもなかった。なめらかな手触りだが、ところどころに爪ほどの大きさの石が埋め込まれていてデコボコしている。陰茎の張り出しを模した傘の部分は、色とりどりの石で囲まれていた。

「薬草と木片を砕いて練り合わせ、樹液を使って固めたものだ。人体に影響はない」

「この石はなんでぇ」

「魔力を制御するもの、吸い取るものを配置した」

「紋の力を抑えるためってか」

「そうだ」

「ふうん? どれ」

 いきなり尻にあてがったカヒトに、リアノは慌てた。

「なにをしている」

「突っ込んでみて、使い心地を確かめるんだよ。具合が悪けりゃ、改良してくれんだろ?」

「ためらいや羞恥はないのか」

「グズグズしたって、腹の足しにもなんねぇだろ。あ、そうだ。腹が減ってんだった。リアノは?」

 問われて、リアノはうなずいた。集中していて、食事を忘れていた。カヒトを運び込んでから、かなりの時間が経っている。食欲はあまりないが、彼の意識が手製の淫具から外れたことにホッとして、リアノは立ち上がった。

「なにか、食べに出るか」

「おう。あっ、リアノのズボン、俺が破いちまったんだったな。ちょっくら着替えを取ってくるから、待っててくれ」

「それなら、ついでに食料を運んでくれるとありがたい」

「なんだよ。一緒に飯食いに出かけようぜ」

「まだ、完成していないからな」

 視線をカヒトの手に向けたリアノは、手のひらを差し出した。ふうんと鼻を鳴らしたカヒトは、リアノの手に淫具を乗せる。

「抜き差しすんのに持つ部分がないからさ、持ち手を追加するか、もっと長くしといてくれよ。奥に届かなかったら、意味ねぇからさ」

 剣の注文とおなじトーンで希望を伝えたカヒトは、手早く服を着てリアノの部屋の鍵を受け取った。

「じゃ、行ってくる。改良、よろしくな」

 注文内容に困った顔をするリアノに笑顔を向けて、カヒトは扉をくぐった。

(俺もずいぶん、大胆になったもんだ)

 鼻歌まじりに王城を抜けて城下町に入ったカヒトは、リアノの作った淫具で犯される想像をして浮かれた。自分のためを思って、リアノが作ってくれた淫具の曲線に、きっと満足するだろう。彼は、どんな表情であれを自分に埋めるのか。本当はリアノ自身を奥に欲しいが、紋の匂いにも屈しない彼がしてくれる可能性は限りなくゼロに近い。

(なんか、うまいことリアノを納得させられる理由がありゃあ、いいんだけどな)

 たとえば子どもを設ければ、紋が消えるとか。

(ああでも、そうしたら一回こっきりで終わりになっちまうか。それはイヤだな。性奴隷にするための紋に似ているつってたから、いっそのことリアノ専用の性奴隷になってもいいんだけどよぉ)

 きっと納得されないなと、角を曲がってリアノが部屋を借りている食堂の二階に上がった。王城に務めている魔導士といっても、誰もが一軒家を持っているわけではない。かくいうカヒトも兵団長という地位に着いてはいるが、城に近い居酒屋の二階に部屋を借りている。城下町にある大きな飲食店はたいていが、王城勤務者の寮に似た性質を持っていた。

(リアノの部屋か)

 共に王城に上がるようになってから、互いの部屋に行き来することはなくなった。はじめて訪れる恋しい相手の部屋にドキドキしながら、鍵を差し込む。カチリと音がして、緊張気味に扉を開けた。

「なんでぇ、こりゃあ」

 予想以上に物が無い部屋の様子に、カヒトは目をしばたたかせた。ベッドと机、あとは備えつけのクローゼットしかない。本や書類が机の上に、ベッドの傍にあるちいさな出窓に水差しがあるほかは、なにもなかった。生活感がおよそ感じられないここは、文字どおり眠るためだけの場所なのだろう。

(リアノのことだから、研究室のベッドで寝起きしているってこともありうるな)

 ここは着替えを置いておく場所としか、考えていないのかもしれない。

(勤勉なこった)

 よほど魔術やそれに関することが好きなのか。仕事に嫉妬をする日が来るとは思わなかった。

「こんなんじゃ、誰も嫁に来てくれねぇぞ」

 クローゼットを開けて、ズボンを探す。見合い結婚ができたとしても、リアノの妻になる女はさみしい日々を過ごすだろう。結婚をすれば仕事の虫ではなくなるなんて、リアノに関してはあり得ないなと、ズボンを見つけて取り出して、ふたたび室内に視線を投げた。

「俺なら」

 仕事の邪魔にはならないどころか、協力ができる。役に立てる。ベッドに近づき、寝転がったカヒトは枕に顔を伏せた。

(少しだけ、リアノの匂いがする)

 さっさとズボンと食料を持って、研究室に戻ればいい。そうすれば、リアノそのものを感じられる。けれど顔を上げる気にはなれなかった。こうして間接的に感じなくとも、紋が疼いたから助けてくれと頼めば、リアノの指や唇で快感を与えてもらえる。わかっているのに、ベッドから離れたくない。

 この部屋に来た痕跡を、自分の存在を残しておきたくなった。

(あ、ヤベェ)

 体が熱くなってきた。リアノをもっと感じたい。さっさと起き上がって戻ればいい。なのに、ベッドから離れたくない。

「リアノ」

 切なくうめいて、カヒトは尻を持ち上げるとズボンをずらし、陰茎を握りしめた。汚してはいけないとわかっていても、手が止まらない。

「は、ぁ、っ、ん……はぁ……はっ、あ……リアノ、リアノ」

 枕に顔を押しつけて、リアノの残り香を追いかけていると、ヘソの下が熱くなった。目を閉じれば、脳裏にリアノの姿が浮かぶ。

「リアノ」

 彼は手製の淫具を改良していた。根元を握り、突き出た長さを確かめて、薬草となにかをすり鉢に入れて練り合わせている。

(さっそく、俺の注文通りに作り直してくれてんのか)

 犯すための道具を、作ってくれているのか。そんな、真剣な顔をして。

「ああ、リアノ……っあ、はぁ、そんなんじゃなくって、リアノがいいんだよ……俺ぁ、リアノが欲しいんだ……なあ、リアノ……道具じゃなくて、リアノをくれよ、なぁ、リアノ」

 聞こえないからこそ言える本音を吐露して、カヒトは自慰の手を早めた。したたる液でリアノのシーツを汚してしまう。彼のベッドに自分の匂いをつけてしまう。

(残してぇんだ、俺は。リアノの全部に、俺を)

 動物が縄張りを主張するのと変わりない。リアノは俺のものだと主張したい。そして、リアノ所有の証を刻まれたい。

(この紋が、リアノがつけたんなら)

 性奴隷に刻まれたという淫紋に似た効力を発する呪いの紋が、魔物ではなくリアノの手で刻印されたものであったら、心のままにリアノを求め、彼に求められたのに。

「リアノ……リアノ……俺は、ずっと前から、リアノが……っ」

 鼻の奥がツンとして、枕に涙が沁み込んだ。情けない。当人がいない場所でしか、本音を告げられないふがいなさが悔しくて、苦しいほどに好きだからこそ感じてしまう恐怖におびえて、踏み出せないでいる気持ちに紋が反応している。

「ああっ、あ……リアノ、ああ、リアノ」

 手の中の陰茎が張り詰めて、尻の奥がたっぷり濡れる。紋を通じて見えるリアノは、淫具の根元に取っ手となる部分をつけ加えていた。

「そんなもんじゃなくて、リアノをくれよ…………なぁ、俺ぁ、リアノが欲しいんだ……ガキだって、リアノとなら……リアノなら……っ」

 むしろよろこばしいことだと、秘孔をひくつかせながら訴える。研究室で淫具を改良しているリアノに、カヒトの声は届かない。だからこそカヒトは本音が言えた。

「リアノ……リアノ……ああ、は、ぁ、俺は、俺は」

 クッと奥歯を食いしばり、精を吹き出す。シーツにしぶきが飛び散って、独特の香りが薄く枕に沁みていたリアノの匂いを打ち消した。

「リアノ」

 彼の残り香よりも強い自分の欲の匂いに、カヒトはゆるくかぶりを振った。体を起こして、汚したシーツに視線を落とす。尻はまだ疼いたままで、脳裏に見えていたリアノの姿は消えている。紋はわずかに熱を放ってはいるものの、気になるほどではなかった。

 紋に手を乗せて、カヒトは考える。これはだんだん、自分になじんできているのではないか。獲物を引き寄せるために甘い匂いを発し、フェロモンで相手をその気にさせて精を搾り取るのではなく、心に浮かべる相手を求めるために熱くなり、居所を示しているのではないか。

(都合のいい考えかもしんねぇが)

 可能性はゼロではない。強く思えばリアノが見える。見えれば体が熱くなり、抱かれたくなる。

(リアノだけに反応するようになりゃあ、万々歳なんだがなぁ)

 魔物の本能よりも紋の宿主であるカヒトの気持ちに沿う呪になれば、無理に消さなくともいいと言える。悪いが付き合ってくれねぇかと頼めば、内心はどうであれリアノは見捨てない。

(そうなりゃ、俺を気にして結婚もしねぇだろうなぁ)

 妙な義理を感じて、妻をめとらないだろう。むろん、カヒトも結婚をする気はない。断る理由として、紋の存在はちょうどよかった。

「こいつが、もっと俺になじんで、俺のモンになりゃあいいのに」

 フェロモンの濃度がコントロールできて、リアノの理性を突き崩すほどに濃くできればいいのにと、欲を吐いたくせにスッキリとしない下肢をズボンにしまって重たい息をこぼした。

「で、どうすっかなぁ、これ」

 汚したシーツの後始末をしなければ。だが、このまま残して自分の匂いをしみ込ませたい。眠りの縁にいるリアノに、自分を思い出してもらえるように。

「どんだけ女々しいんだよ、俺は」

 呪いの紋をつけられて、リアノに触れられるようになってから、どんどん想いが加速して、貪欲になっていくと同時に、理性は慎重と臆病に取り囲まれた。

 嫌われたくない、負担になりたくない、迷惑をかけたくない。

 独占したい、愛されたい、愛したい。

「ああ、もう! スッキリしねぇな」

 シーツを引き寄せて腕に巻きつけ、研究室に持っていくことに決めた。部屋に入ってしばらくしたら、紋が疼いたから落ち着かせたと言えばいい。帰りが遅いと言われても、紋が熱くなっている間は甘い匂いを発している可能性が高いから、しばらく休ませてもらっていたと、紋のせいにすればいい。

「もう少しだけ、好きだと言わせてくれ」

 部屋に漂うリアノの気配に向かって、カヒトは顔をクシャクシャにしてつぶやいた。

「心臓が潰れちまいそうなぐれぇ、どうしようもなく惚れてんだ……リアノ」

 だからどうか、一度でいいから抱いてくれ。

 目尻から、届けたくとも知られてはいけない想いのかけらがこぼれ落ちた。
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