春に落ちる恋

まめ太郎

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 木曽さんが俺に向きなおり、ぺこりと頭を下げる。
「えっと、よろしくお願いします?」
「俺の方が年下なので、敬語じゃなくていいですよ」
 苦笑しながら言うと、木曽さんがほっとしたように笑った。
「だよね、良かったあ。今年入社?」
「はい」
「若いー」
「木曽さんだって十分若いと思いますけど。野々原って言います。よろしくお願いします」
「ありがとう。よろしくね」
 二人で話しているとちょうど神谷さんが出社してきたので、木曽さんがすかさず挨拶に行った。
 俺は木曽さんが話しやすいタイプで良かったと思いながら、自分の席につき、仕事の準備を始めた。

 それから一週間で、支店に積みあがっていた未処理書類の束が魔法のように消えた。 
 もちろんそれは魔法使いの仕業ではなく、木曽さんのおかげだった。
 彼女の事務処理は早く正確で、入社4年目とは思えないほど知識も豊富だった。

「本当にいい子が来てくれて助かったわ」
 神谷さんが自席でコーヒーを飲みながら、そう言った。
「そんな、私なんてまだまだです。もっとがんばらなきゃ」
 木曽さんがふざけてガッツポーズする。
「おい、野々原。コーヒー」
 一緒に笑っていた俺は京極さんの命令に慌てて立ち上がった。
「たっ、ただいま」
「あっ、野々原君。コーヒーなら私やるよ」
「えっ、でも……」
 木曽さんの申し出に俺が逡巡していると、京極さんが言った。
「木曽さん、いいんだよ。コーヒー淹れんのは下っ端の仕事って決まってんだ」
「なら余計私の仕事です。私がこの支店では一番の下っ端ですから」
 木曽さんは自分の胸をとんと叩いて言うと、給湯室に消えて行った。
 すぐカップを二つお盆に載せ戻ってくる。
「はい、京極さんのマグこれでしたよね」
「おう、サンキュ」
 俺には礼なんて言ったことないくせにと思いながら見つめていると、京極さんがおもむろにカップに口をつけた。
「う、美味い」
 思わずという感じで京極さんが呟く。
「本当ですか?良かったー。以前の支店で先輩に美味しいインスタントコーヒーの淹れ方教わったんです。気に入ってくれたなら、またお淹れします」
 木曽さんはそう言うと、俺の前にもコーヒーを置いた。
 礼を言って飲むと確かにいつもより香ばしく、美味かった。

「お茶も上手に淹れられるなんて、いいお嫁さんになりそうだと思いません?ねっ、京極さん」
 神谷さんがそう言うと京極さんはパソコンの画面から目を離さず、「まあ、そうかもな」と相槌をうった。
「やめてくださいよー」
 そう言いながらも、木曽さんも満更ではなさそうだ。
 何となく俺は居心地の悪さを感じて、トイレに立った。
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