春に落ちる恋

まめ太郎

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 家に帰ると、母親はまだ仕事から帰っていなかった。
 この村で一つしかない医院で働いている母は、急患となったら、おじいさん先生と二人ですっとんで行って、朝まで看病することも少なくない。
 俺は助かったと思いながら、風呂に入り、布団を敷いた。

「また来てもいいって言ってくれたよなあ」
 もしかしたら単なる社交辞令なのかもしれない。
 それでももう一度真司さんに会いたいと思う俺は、その言葉に縋って、またきっとあそこに行くだろう。
 今度はちゃんとお金払わなきゃ。
 俺は一つあくびをすると、深い眠りについた。

 それから俺は母親の帰宅が遅い日を見計らって、あのカフェにちょくちょく顔を出すようになった。
 昔から貯めてあったお年玉が、けっこうな額残っていたから、交通費は問題なかったし、飲み物代もマスターが子供から金はうけとれないとほとんどおごってくれた。

「春。来てくれたんだー」
 俺がカフェに行くと、いつもキミは喜んで迎えてくれた。
「ったく、また来たのかよ」
 真司さんはそう言いながらも、自分の隣に置いてあった荷物をどけて席を作ってくれる。
「お邪魔します」
 そう言って俺は腰かけた。
「春。何飲む?ビール?」
 海がふざけて言う。
「馬鹿野郎。マスター、こいつにホットミルクね」
 真司さんの言葉にホットミルクなんて猫の子じゃあるまいし、と思いながら、俺は気にかけてくれたことが嬉しくてついつい微笑んでしまう。

「春君、来たんだあ」
「あっ、どうも」
 後ろから声を掛けられ、俺は慌てて振り返ると頭を下げた。
 そこにいたのは、努(ツトム)さんと葛見(クズミ)さんだった。
 二人ともこの近所の大学に通っているらしく、ここの常連だった。
「春ちゃん、俺ともお話ししようよ」
 奥のソファから叫んだのは野間(ノマ)さんだった。彼も常連で、昔、ラクビーをやっていたらしく屈強な体つきをしていた。
 野間さんは話をしながらやたらと体を触ってくるタイプで正直苦手だった。
「野間がうるせえから、お前たち戻れよ」
 どうやら真司さんも野間さんが苦手なようで、そう努さんと葛見さんに言った。
 ソファに二人が戻ると、飲み物を片手に、海もそちらに行った。
 海は社交的な性格らしく、誰とでも仲が良かった。

 その時キミの携帯が鳴り、キミが通話しながら外に出て行く。
 図らずしもカウンターで真司さんと二人きりになった俺は緊張して、ホットミルクを一気に飲み、舌を火傷しそうになった。
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