私の番の香り

まめ太郎

文字の大きさ
上 下
44 / 60

44

しおりを挟む
 過去に起こった出来事を知っている俺は、そんなことはないと気軽には言えなかった。
 車がゆっくりと走り始める。
 車内には重い沈黙が流れた。
 ふいに膝に置いていた手を貴一さんに握られる。

「瑞樹。今日は驚いたし、疲れただろ。ごめんな」
「貴一さんのせいじゃないだろ」
「それでもお前のこと、ちゃんと守れなかったのは俺の責任だ」
 貴一さんが俺の手を握る手に力をこめた。

 その手に少し血痕が付いているのに気づき、先ほど起こったことを思い出してしまったが、俺は無理矢理笑顔を作った。
「誰が悪いわけでもないよ。そうでしょ?」
 俺がそう言うと、貴一さんは片手で俺の肩を抱き寄せた。

「本当にごめんな。家に帰ったら、ゆっくり温めの風呂に浸かろう。お気に入りのラベンダーの入浴剤を入れて」
「ラベンダーの入浴剤が好きなのは、貴一さんだろ?」
 笑ってそう言うと、信号待ちで止まった瞬間、貴一さんに軽く口づけられた。
「そうだった」
 くすりと笑って貴一さんが言う。

「早く家に帰りたいな」
「うん」
 俺は頷くと、貴一さんの肩に頭を乗せた。
 その瞬間、貴一さんのスーツから甘いお義母さんの匂いがした。
 俺は涙が零れるのを我慢するようぎゅっと膝に置いた手を握る。

 優しい旦那様がいて、お腹にはその旦那様の子供が宿っていて、俺は幸せなはずなのに。
 なんでこんなに泣きたいんだろう。

 お義母さんを抱き上げる貴一さんの姿が脳裏に浮かんだ。
 俺はその映像を吹き消す様に、大きく息を吐いた。

 絶対に勝てない相手に嫉妬するなんて、無意味だ。
 分かっているのに、俺の胸はいつまでもずきずきと痛んだ。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

理科準備室のお狐様

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

断捨離オメガは運命に拾われる

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:645

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,160pt お気に入り:138

処理中です...