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プロローグ

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 初めはただ、この世にありふれている不可思議なものを、蟻の行列を眺める幼子のようにぼーっと観察するかのような、そんな純粋なだった。

 観察対象たる彼は、恋の相手がころころころころとよく変わる、色恋がとっても大好きなオタク仲間兼幼馴染である、高梨優奈たかなし ゆうなの、珍しく長く続いている淡くて甘い『恋』の相手。可もなく不可もない比較的普通な、けれども不思議と人を磁石のようにぐんぐん惹きつける魅力のある彼に、どうしてそんなにも優奈の恋心を独占できるのか、興味を持つなと言う方が難しい。だから、久遠心菜くおん ここなは彼に興味を持った。
 そんな摩訶不思議な彼のセーターの裾を、放課後の誰もいない寂しい教室で、心菜は、ぎゅっと握っていた。まるで行かないでとでも言うように、縋るようにぎゅっと握っている。

「どうした?久遠」
「………………」

 泣きじゃくった所為で真っ赤になった瞳でうるうると見上げると、比較的整った顔立ちの彼の、いつもに増して穏やかで甘やかすような表情がぼやぼやと見えた。いつもは意地悪ばっかりの彼の、このような優しい表情に、心菜はめっぽう弱い。彼は心菜の弱い表情で、心菜のきゅっと握ったセーターの裾を離させるでも掴むでもなく、心菜に優しい声で言葉を促してくる。

「久遠、俺、言わないと分かんないよ」

 彼は困ったように笑う。眉を下げて肩をすくめる仕草は、彼が本当に困り果てている時にのみ見せる、レアな仕草だ。心菜はすっと息を吸って作り笑いを作った。彼を心配させない為に、心菜は自分の弱い心を押し殺して、泣きたい衝動を抑え込んで、花が綻ぶように淡く、美しく、優然と微笑む。

(そう、これでいいの。これが正解。そうなんでしょう?ゆーなちゃん)

 彼は一瞬驚いた表情をしたが、優しく続きを促してくれている。
 心菜は優しい彼に甘えて、心の中の比較的綺麗な感情の部分だけをゆっくり吐露するように曝け出す。最後の最後に、憧れている彼に嫌われるなんて、心菜は死んでもごめんだ。

「………立花。あのね、私ね、ずっとずっと、貴方のことが、ーーーーー………………」

 心菜は真っ直ぐと初恋の相手、立花颯たちばな そうに意志の強い瞳を向けた。

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

最後まで楽しんでしいただけると幸いです。
次の更新は朝の9時です。

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